第340話 どうなりましたか?

 それにしても、親子ではないはずだが、ジョージは起きてからずっと私から離れなくなってしまった。

 ジョージアが、私と話があるから、しばらく違うところでいてと説得しているのだが、頑なに私のドレスを離そうとしない。



「なぁ、ジョージ?パパは、ママとお話があるから、少し違うお部屋で遊んでいて

 くれないかい?」

「やー!」



 この会話をもう何度聞いただろう。

 もう、諦めた方がいいと私は思う。



「ジョージ、ママはパパとお話しないといけないの。わかるかしら?」



 コクンとジョージは頷いている。

 ぴったりくっついているジョージの頭を撫でると目を細めている。

 愛情に飢えているかのように私へ甘えてくる。



「じゃあ、お話が終わったら、また、抱っこしてあげるからそれまで我慢できる

 かしら?」

「やーなの……」

「私は逃げて行ったりしないわよ!夜になったら、また絵本も読んであげるわ」



 本当に?というふうに私を見上げてくるので、頷くと渋々私のドレスから手を離した。

 それを見て、さっとジョージアが抱きかかえ侍女長へとお願いしている。

 ジョージの部屋は、ジョーの部屋の隣に作ったそうだ。

 なので、特に困ることはないけど、そこは小さい子どもなのだ。

 知らないところへ来れば、不安にもなるだろう。



「またね!」



 手を振ると、寂しそうな顔をこちらに向けてジョージは手を振ってくる。

 後ろ髪をひかれるような思いに何故かなるが、公爵としての仕事をするためにこちらに来たのだからと、目の前のソファに座り直したジョージアを見据える。



「まずは、おかえり、アンナ」

「ただいま戻りましたって、さっきも言いませんでした?」

「あれは、家族としてだ。今からは公爵として……だな。それで、聞きたいことが

 あるんだろ?」

「そうですね……」



 そこにディルが飲みもを用意するために入ってきた。

 ジョージが部屋から出されたことで、仕事の話になるだろうと予測の上で来てくれたのだろう。

 できる執事はやはり違う。



「こちらの状況確認を……」

「あぁ……」



 言いにくそうにしているジョージアは、第二夫人であったソフィアのことを考えているのだろう。

 でも、仕方がない……助けてあげるわけにはいかないし、助けたいとも私は思えない。

 冷たい人間なのだろうか?でも、こちらを助ければ、あちらは助けられない。

 ましてや、自領が苦しんできたし荒んでいた原因でもあるのだ。

 断罪は、免れてはいけない。

 すでに、命を落としている人は数知れずいるのだから……



「言いにくいですか?仮にも第二夫人だった人ですからね」

「いや、そうなんだが……」

「では、僭越ながら、私からお話させていただいてもよろしいでしょうか?」



 筆頭執事であるディルは、この屋敷でのことなら起こった殆どを把握している。

 もちろん、ソフィア捕縛のことも知っているだろう。



「えぇ、お願いできるかしら?」



 では……と、ディルが話始めると、ジョージアがストップをかけた。



「俺から、言うから……」

「失礼しました……」



 二人のやり取りを見ながら、私は黙っている。



「ソフィア捕縛は昨日の早朝に行われた。

 俺は、公世子様が近衛と一緒に来たから、そちらの対応に追われていて最初は

 動けなかったんだけど、ことの顛末は、公世子様から聞いている。

 その後、公世子様と一緒に別宅へ行ったんだけど、部屋はぐちゃぐちゃでね……

 ソフィアだけでなく、男爵家から一緒に来ていた侍従たちが抵抗したらしい。

 可哀そうに、わけもわからず、ジョージは泣いていたよ」



 俯き加減に話をするジョージア。

 向かった先でのことを思い出しながら話している。

 そして、これまでのソフィアとの思い出も共に……



「ソフィアが捕縛され、何人かも抵抗したということで一時捕縛になった。

 冷たい地面に座って、公世子様から罪状を読み上げられ、アンナのでっちあげだ

 と叫んでいたよ。

 では、そなたが公爵家の金で買った宝石類について、どこにあるのか申し開けと

 言ったら黙ってしまった……ここにあると言ってくれれば、それでよかったけど、

 ないものをあるとは言えないだろう……

 その後、リストにある宝石類を探したが、見事に何もなかった。

 アンバー公爵家の家人である証として渡してあったアンバーすらなかったんだ。

 目の前が真っ暗になったよ……」



 頭を抱えて縮こまっていくジョージアは震えている。

 無理もないだろう。

 私が出した証拠と言えど、ただの紙であった。

 長年一緒にいたソフィアを信じたい気持ちもあったのかもしれない。

 実際、公世子が別宅の中を全て捜索した結果と、証拠書類が初めて一致して、ソフィアに落胆したんだ。



「アンナ……」

「なんです?」

「俺は、人を見る目がないのかな?」

「そんなことはないですよ!」



 ゆっくり顔をあげて、ジョージアはこちらを伺っている。



「ジョージア様は、私を選んでくださいました。

 決して、見る目がなかったわけではないですし、ソフィアがジョージア様を

 手放さなかったのには、事情があるのです。

 ダドリー男爵家にアンバーは資金調達のためのカモにされてしまっただけです

 から……この国を乗っ取るためとはいえ、酷いことをしてくれます」

「この国を?」

「まだ、話していなかったですかね……?

 公世子様の第三妃擁立の陰には、そういう陰謀もあったわけです。未然に知れて

 よかった。この国も守られたわけですから……ダドリー男爵も私を敵に回すから

 いけないのです。味方ならもっとうまくできたでしょうに!」



 私はジョージアの座るソファに移動し抱きしめる。

 体を預けてくる。

 ジョージアが、信じていた世界が一変した。


 私という異物が、ジョージアの世界崩壊をもたらしたのだ。

 このままでよかったのだろう。ジョージアにとって、優しい世界であったのだから……

 目に見えている幸せだけを大切にしていれば……減っていく税収入には頭を抱えただろうけど、公都にいれば整えられた生活をでき、それすら感じにくい。


 だが、今回突きつけられた真実は、ジョージアの認識や真実、何もかもを変えてしまう。

 第二夫人としていたソフィアは、ジョージアの側にずっといたわけだ。

 私とハリー程の仲ではないにしろ、存在としては大きいだろう。

 領地改革を急遽押し進めてしまっている私をどう感じているのだろうか?

 ジョージアが義父から託された領地は、受け継いだときよりみるみるうちに変化していっている。

 良くも悪くも、ジョージアの世界は、ソフィア捕縛となったことで、全て崩れ去ってしまったことだろうと私は想像する。



「ジョージア様、今回の捕縛は、ダドリー男爵の血縁や近親だけでも78人を予定

 してます。私は、その人数の命を刈ることになりました」



 腕の中にいたジョージアはこちらを向く。

 どこに驚いているのか、わからないけど、不安が広がっているのはわかる。



「私、後悔はしませんよ!

 必ず、アンバーの領地、領民が苦しんできた分は、償ってもらいます。

 こんな私は、怖いですか?」

「いや、何もしてこなかったからこそ、アンナに負担がかかっているのだろ?

 アンナが俺の……俺たち親子に新しい風を入れてくれたおかげで、領地が

 変わったんだ。全て押し付けてしまっていることが、恥ずかしい。

 大切にするとは、こういうことじゃないはずなのにな」

「いいんです。甘やかしてほしいときに甘やかしてくれれば……

 私は、旦那様にも友人にも恵まれましたから、頑張ります。

 後ろから支えてくれればいいんです。

 私は前しか見えてないですからね……今回のことも、内々で裁可することも可能

 でしたけど、大々的に断罪をするには、いくつか理由もあるのです。

 むしろ、ジョージア様が思い描いていた世界を崩してしまいましたね」



 曖昧に笑いかける。

 ジョージアは、それには応えず、ただ、縋るように先ほどよりきつく抱きついてきた。



「ディル、今回の捕縛で、逃げたものはいますか?」

「はい、ございます。ソフィアの執事です。行先は、ダドリー男爵家だと予想され

 ます」

「そう、男爵家も同じようになっているはずだから……どこにも行き場所がない

 わね」

「こちらには、戻ってはこないでしょう。

 アンナリーゼ様、念のためですが、身辺は気を付けてくださいませ」

「わかったわ!今回は、デリアがいるし、護衛としてノクトを連れてきたから

 大丈夫だと思うわ!それと、ソフィアの部屋から、毒はなかったかしら?」

「毒ですか?」

「そう、特殊な毒なんだけど……」

「そういったものは、なかったです」



 そうと返事をすると、今度はジョージアが聞いてくる。



「毒……って?」

「蟲毒という毒をソフィアが完成させていたんじゃないかって、思っていたのです

 けど……」

「それは、どんな毒?」

「ツボに毒虫やら毒草やらありとあらゆる毒を持つものを入れて最後まで生き

 残ったものの毒を抽出するっていうものです。

 東の国の毒らしいのですがね……そこで言うところの、怨念を入れて作るら

 しく、生き残るものも

 何が残るか出来上がるまでわからないものらしいので……解毒方法がないん

 です」

「そんなものが……?それで、アンナは何故それを?」

「『予知夢』で、アンジェラに盛られたソフィアの蟲毒を代わりに飲んで死ぬの

 です」

「なんだって?」



 私から体を離し、驚いているジョージア。

 私や私の家族は、この事実を知っている。

 他の友人たちには、話していなかったが、ジョージアには話すべきなんだろうと考え、口を開いた。



「ディル!もう一度、別宅を探してくれ!」



 慌ててディルに指示を出すジョージアとその指示に対応しようとするディルを止める。



「いいのよ!ディル。

 まだ、出来ていなかったのかもしれないから……私が予知をしたのは今から9年後

 の未来。

 だから、なかったのかもしれないから」



 二人に笑いかける。



「重い空気になってしまいましたね。

 では、私は、アンバー公爵として、二人に指示を出します。まず、ジョージア様」

「なんだい?」

「ジョージを連れて、領地へ明日の朝、行ってください。

 あちらで、ウィルの指示に従って子どもたちと共に守ってもらってください」

「それは、拒否権はないのかい?」

「ありません。命を狙われる可能性は十分あるのです。大人しくしておいて

 ください」

「アンナに大人しくと言われるとは……わかった。ディル、用意してくれ」

「かしこまりました。護衛と共に手配します」



 私はディルに頷くと、ディルも頷き返してくれる。



「そして、ディル。

 処刑当日、あと罪状の傍聴など、私は城へ向かいます。そのときの共として付いて

 きてほしいのです。どうかしら?」

「仰せのままに」



 ありがとうとお礼をいうと、ディルはニコリと応えてくれる。

 今まで、毒を盛られたり刺客を送られたりとこの屋敷でも好き勝手してきた輩のことをよく思ってはなかったのだろう。

 了承を得たことでとりあえず、私は本日の仕事は終わったのでのんびり過ごすことにした。

 領地の話もしたかったが、さすがに今日は、ジョージアと共にいることがしんどかったため、自室へ帰るよう促す。

 ジョージアも一人でいられる気分でなかったのか、ジョージの元へ行ったようである。



 一人になった私は蟲毒の行方を考える。

 作られていなかったのかもしれないし、作ってあって誰かが……執事が持ち出したこともありえる。

 ここまで、未来が変わるような断罪を前にしても、私が死ぬ未来が変わっていないのだ。

 きっと、どこかに出来上がっていることだろうだけは考えておいたほうがいい。

 寿命が尽きるまで、あと12年。

 今、進めている領地改革がどこまで進められるのか、それだけが心配であった。

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