第338話 注意喚起

 公世子が、こちらに来てから慌ただしく数日が経っていった。

 私が調べてまとめた資料と裸体のお姉さんを大事そうに持って、公世子はエリックと公都へと帰っていく。


 男爵家の捕縛の日も決まったことで、私の今後の日程も決まっていく。

 馬でアンバーまで来た公世子たちが、何ごともなく帰れれば2日で公都に到着する。

 それから、公への報告と同時捕縛のための人選を1週間で整え、実行に移すことになるだろう。


 アンバーからの道中、エリックがついているとはいえ、公世子に何かあれば大変なので、ノクトも一緒に公都へと行ってもらうことにした。

 ノクトには、公都からアンバー方面へととんぼ返りしてもらい途中合流することにしたのだった。

 老体にはキツイのではないかって話になったけど、当の本人が大丈夫だと跳ねのけてしまったのだ。

 クワを持って畑を耕せられるくらいなら、少々馬の遠乗りくらいなら何とでもないだろう。

 本当に元気なおじさんだ。



 いってらっしゃいと送り出せば、上機嫌にレナンテに揺られて行ってしまった。

 あれ……?レナンテ?

 いつの間にかレナンテを乗りこなしているのは見間違いではないだろうか……?と思ったが、見覚えのあるしっぽの付け根の紫の薔薇に見間違いでないことを残念に思ってしまう。

 ちなみに、しっぽの付け根に飾りがついているのは、蹴り飛ばす可能性があるよってことで注意喚起であるのだが……私はじゃじゃ馬の印と勝手に呼んでいる。




 ◆◇◆◇◆




「それで、アンナ様はいつ出発されるのですか?」

「順調にいって10日後に捕縛されることになるから、ちょうど1週間後ね!

 捕縛の翌日に公都につくように行く予定だから!」



 執務室には、ウィル、セバス、ナタリー、イチア、デリア、リリーがいる。

 それぞれに決まった席に座ると左右のバランスが悪くなったので、手前に詰めて座っているのだが、デリアがまず最初にした質問がみんな1番に聞きたかったことだろう。



「それで、今回誰が行くことになるんだ?」

「ノクトとデリアをこちらからは連れていくつもり。

 って言っても、すでにノクトは公都に行ってしまっているから、途中で合流になるわ!

 だから、ここから連れていくのは、デリア一人よ!」



 すると、デリアはホッとしたような、勝ち誇ったような複雑な顔をしている。

 セバスとイチアには話してあったが、ウィルは行くだろうと予想していたのだろう。



「姫さん、俺は?」



 呼ばれなかったウィルは、悲しげにアイスブルーの瞳を私に向けてくる。

 でも、今回は、連れて行かないと決めている。



「こっちでジョーとジョージア様を守ってほしいの!」

「でも……」

「道中は、心配いらないから大丈夫よ!ディルに頼んであるから、何かと手配済み!」



 私は用意周到に話を進めていくと、ウィルは肩を落とした。



「ウィル……そんなに肩を落とさないで!

 ジョーを守ることが、私にとっても、今後の未来にとっても最優先事項だから、

 一番信用の置いているウィルに守ってもらうの!それじゃダメ?」



 悲しげな瞳は、変わらずだったが、ウィルは頷いてくれる。

 ウィルたちには、ジョーが今後、どんなふうになっていくのかは、話してあるのだ。

 だからこそ、しぶしぶでも頷いてくれたのだろう。

 正直、ウィルが、私の側にいてくれると助かる。

 でも、甘えてばかりはいられないし、できることなら、友人たちには人が生き死にするようなことに関わってほしくないのだ。

 だから、せめて、今回だけは……外れてもらうことにした。

 従者となっている、デリアとノクトは仕方なく連れていくことにしている。

 ただ、デリアも屋敷に置いていくつもりではある。アンバー公爵として連れていくのは、筆頭執事のディルをと思っている。



「向こうでは、ディルに私の周りのことをしてもらいます。

 公爵にしてもらうのは、デリアだけど、デリアを城に連れていくことはしないわ!

 それは、ここにいる友人たちと一緒よ!」



 今度はデリアが、そんな……と呟いているがお構いなしだ。



「城に連れていくのは、従者でありアンバー公爵家筆頭執事であるディルと同じく従者で

 ある副官のノクト。

 これは、アンバー公爵として決定したこと。異議申し立ては、受け付けないわ!」



 私は、集まったみんなを一人一人見ていく。

 その度に、頷いてくれる。拒否しているのが、いても、私は無視だ。



「ナタリー、頼んであったものはできているかしら?」

「えぇ、アンナリーゼ様、とっても素敵にできましたよ!」

「ナタリーに何を頼んだの?」

「持ってきますわ!」



 ナタリーはスッと席を立ち、自室へと下がっていく。



「じゃあ、次に……こちらにジョージア様を呼び寄せます。

 ウィル、イチアと協力してジョーとジョージア様を守ってちょうだい」



 ウィルとイチアは、心得たと頷いてくれる。



「あと、リリー」

「はい!」

「あなたは、ウィルとイチアから作戦を聞いて、警備隊の手伝い……警備隊に一時的に

 戻ってほしいの。

 お掃除隊の中でも腕の立つものもいるわよね?」

「えぇ、ウィル様やノクト様に鍛え直してもらってますから……」

「じゃあ、実践と行きましょう!領地では、何が起こるかわからない。

 ウィルとイチアは、この領地の屋敷を守るわ!

 リリー、あなたたちお掃除隊には、警備隊と共にこの領地を守ってほしいのよ!」

「でも、それって……アイツらが、どう思いますか?」

「どう思っても……私、命令するわよ?」

「えっ?」

「リリー、隊長となって、お掃除隊を引き連れ、私が帰るまで領地を守りなさい!」

「…………承りました……しかし、」

「それは、受けない!ウィル、後は、任せるわ!警備隊を使い物にできなかったのだから、

 リリーたちにしっかり頭を下げて、お願いしてちょうだい!」

「任せておけ!と、言うわけだ。リリー、この通り、俺たちに力を貸してくれ!」

「ウィル様!」



 にやっと笑っているウィルに、焦るリリー。

 ここは、ほっといてもまとまるだろう。



「イチア、ウィルとリリーの補佐をお願いね!」

「了解しました」

「セバス」

「はい、アンナリーゼ様」

「何かあったときの物資補給等をやってくれるかしら?ナタリーも一緒に。

 たぶん、後方支援なら、ナタリーのところの女性たちが手伝ってくれるはずよ!」

「わかった。任せておいて!」



 デリアに声をかけようとしたところに、ナタリーが帰ってきた。

 頼んでおいたものを手にして。



「これは……?」

「デリア、それを当日私に着付けるのが、あなたの仕事よ!

 侍女として、私を最高の公爵に見えるようにしてほしいの!」



 ドレスの全容が見えるようナタリーは掲げる。

 夜会にでも行けそうなくらい豪奢な真っ赤なドレス。

 さぞ、夜会のダンスホールに立てば目立つことだろう。



「赤薔薇か……」



 ウィルが呟く。

 この国を象徴する花である赤薔薇は、最高権力者が好むと言われており、なかなかここまで見事に赤薔薇をあしらうことを公国の貴族は嫌う。


 でも、私は、この国で3番目の権力者になっているのだ。

 何を着ても許されるわけで、また、それが似合うのだから、仕方がない。



「処刑場に咲く華が、赤薔薇って……血を吸っているようで、なんかこえぇーな……」

「ウィル……このドレスを纏うことが、アンナリーゼ様にとって正しい選択なんだ。

 アンナリーゼ様が公爵位を持つことは、殆ど知られていない。

 権力者であることを誇示するには、派手に目に見えた方がいいんだ。

 公世子様と今回連名での断罪であるがゆえに、最高の悪女であり、聖母でなければ

 ならないんだよ」



 セバスの話によくわからないと首をかしげるウィル。



「どういうことだ?」

「それは、私から……最高の悪女と聖母とは、この国への印象です。

 隣国出身であるアンナリーゼ様が、貴族の中で第1位の権力者であることの誇示を

 しなくてはいけません。

 それと同時に、アンバー領地へ男爵のようにちょっかいをかけるのであれば、有無を

 言わさず断罪するという意思表示がいるのです。

 そこで、他領の貴族からは悪女として印象がつくでしょう。

 ただ、反対にこういうふうにも取れます。

 アンナリーゼ様がアンバーの領主になったおかげで、不正を暴き領地改革が進み、

 住みやすい領地へと変貌しているという噂は、もうすでに領地外にも流れています。

 まさに、聖母のような人だと印章付けるのです」

「二面性な……そのための赤薔薇?」

「そのためってだけじゃないんだけどね?」



 イチアの説明でなんとなく納得した様子のウィル。



「アンナリーゼ様にとって、慶事ってことですよね。赤を纏うということは」

「ナタリーの言う通りよ!ひとつの脅威がなくなったと言ってもいい。

 この先起こるであろうこと、ジョーの毒殺の可能性が低くなったのよ。

 親としては喜ばしいし、未来を考えるのであれば……」

「そういうことか!」



 ウィルは納得した。

 ジョーは将来の女王だ。死なせるわけにはいかないのだ。

 少しでも、脅威は取っておいて損はない。元々、法律をもって、行う断罪なんだから、おかしなところはないはずだ。


 私がいない間の領地への注意喚起はできた。


 後は、私が、向こうへ行くだけとなった。

 みんながいるからこそ、私も幸せな未来を信じて歩いて行ける。

 私がどんなになったとしても……みんなには素敵な未来を生きてほしい。



 私、頑張るよ!心の中で、もう一度誓う。

 みんなの笑顔が、ずっと続くような未来にしようと。

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