第316話 裸体のお姉さん

「お兄様、今なら……帰ってもいいですかね?」

「帰るって、アンバーへか?」

「えぇ、そろそろ……向こうの進捗も気になりますし、フレイゼン領にも寄りたい

 のです」

「フレイゼン領って……寄ってたら、アンバーに帰るのに結構時間かかるだろ?」



 兄の言う通り、王都からフレイゼン領の学都へ寄ってアンバーに帰るとなると……2週間近くかかる。

 でも、新しい何かがあるかもしれないフレイゼン領にせっかくここまで着ているので行きたい。

 私の顔を見て、止めても無駄だということを悟った兄は、手配してくれるようだ。



「手配はするけど、せめて、明日の朝にしてくれ……

 アンバーからずっと動きっぱなしだろ?何かあったら、ジョージアに申し訳ない

 から……」

「もっともなことをお兄様は言ってますけど……

 私、ここに来ることを断りましたよね?」

「あぁ、そうだったな?」

「無理に説得したの、お兄様ですよね?」

「そうだった……かな?」

「そうですよ。じゃあ、最後まで私の面倒を見てください!

 ほらほら、可愛い妹がこういっているじゃないですか!?」



 全く可愛くないけどな……お金の無心のときだけだよね……僕に可愛らしく満面の笑みを浮かべるのとかブツブツと言っている。

 まぁ、今言っていることは、本当のことだから別にいいのだけど、もっと妹にお兄様!と愛想振りまいてほしかったのかと笑ってしまう。



「今日は、とりあえず、屋敷でゆっくり休むように準備しておくから。

 子どもと一緒に両親と話してきたどうだ?」

「それもそうですね……もう、2年も会っていなかったのですものね」



 私は、兄の手配のおかげで、殿下やシルキー様に見つかることなく、パルマと一緒にこそっと城下へと流れることができた。




 ◇◆◇◆◇




「ふぅーやっぱり、活気のある街はいいわね!」

「アンナリーゼ様、屋敷に戻られるんでしょ?」

「うん、その前に……少しぶらつかない?

 こういう街を散策するのも何かと役にたつこともあるものよ!」



 そうなんですかねぇ?と半信半疑というふうで、パルマが私の後ろについて歩く。

 トワイス国王都は、とても活気のある街だ。

 道幅は広く、露天も多く並び、平日の昼間だというのに、「お嬢さん!寄ってって!」なんて声がそこかしこから聞こえてくる。

 こんなふうに、活気を持たせるためには、よそ見してても転ばない道が必要よね……

 石畳を踏みしめ、デコもボコもないことに感心する。

 すごいいいな……やっぱり、歩きやすいし、水はけもきっといいのだろう。

 城から出る前に通り雨が降っていたが、もう乾いている。



「パルマ、やっぱり石畳の街道はいいわね……デコボコしてなくて水はけもいいし……

 何より掃除もしやすそうで土埃も立たない!」

「そうですね。アンナリーゼ様は、街道整備用に石畳をすでに買ってらっしゃるのでしょ?」

「えぇ、買ってるわ。もぅそろそろ領地の3分の2くらいまでの量になるって聞いてる」

「そんなにですか?とても高額になっていませんか?」

「うん、もぅね、資金がガンガンと減っていくのよ。貯めるのが趣味なのに、

 目減りするお金を見るのが、辛くて辛くて……

 でも、何事にも初期投資は必要だからね!街道が整えば……商人の出入りも

 しやすいでしょ?

 まぁ、公都から整備した方がいいに決まっているのだけど……

 アンバーで請け負うから、そんな工事させてくれないかしらね?

 これは、公世子様に要相談案件ね!

 あっ!ほら、あの店!」

「あの店って……つぶれてません?」

「うん、先日、店じまいしたのよ。跡取りがいなかったから。

 で、今回の報酬に殿下に買ってもらったお店なの!」



 まさに大通りの一等地に位置する大きなお店は、店じまいをしたので中は暗い。

 しかし、目の付きやすいところにあるので、商売に関しては立地が最高にいいのだ。

 さて、数ヶ月後、この店を稼働させて、トワイス国を脅かしてやるわ!なんてほくそ笑むと、パルマに悪い顔してますよ!と指摘された。

 帰って、ニコライとノクトと要相談案件である。

 みんな、この一等地の店の話をしたら……どんな顔するかしら!!楽しみで仕方がない。



 その後も引き続きブラブラと王都を歩き回る。

 パルマは、運動不足なのか足取り重く必死についてきているが、私は反対に足取り軽くあっちもこっちもとお店を回る。



「見て!ガラス瓶!」

「おっ!お嬢ちゃん、その瓶に目を付けるとは、なかなかやるねぇ?」

「やるねぇ……って、おじさん、これ見よがしに置いてあるじゃない!」

「そうなんだけどさ!このフォルム、最高だと思わないかい?」



 このフォルム……うん、公世子が好きそうなフォルムだ。

 女性の裸体を模倣してある瓶なので、造りは精緻で体のラインがとても美しい。

 ただ、これを見て喜ぶのは……やっぱり、公世子しか、今のところ思いつかなかった。



「おじさん、これってどれくらい売れる?」

「うーん、そんなに。年に1つ出ればいい方だ。なんだ、お嬢ちゃん興味あるのか?

 お嬢ちゃんは、ちょっと……」



 視線の先を追い、またか……と思い、おじさんを睨むと何でもないと慌てていた。



「おじさん、これって瓶だけど、何も入れないの?」

「いや、これは、これでいいんだ。瓶を見て楽しむためのものだからな」

「ふぅーん、そうなんだ。

 例えばさ、ここに少し色の薄いブランデーとか入れたら、さぞかし色っぽい

 お姉さんになるんだろうね?」

「ほぅ、お嬢ちゃんなかなか見どころがあるようだね?

 確かに……そうすると、それっぽく見えるな……」



 私は、その瓶をぼうっと眺めながら、考える。

 プレミアものの酒類を、こういう瓶にって話があったけど……こういうのが趣味な男性もコレクターも世の中にはいるだろう。

 お酒を入れてしまえば、お酒にも瓶にも価値がでるだろうか?

 通常より高値で売れるだろう。



「おじさん、この瓶、1つちょうだい。お代はフレイゼン侯爵にもらいに行って

 くれると助かるのだけど……?

 あと、この瓶を作っている職人を紹介してほしいのだけど、出来るかしら?」

「お嬢ちゃ……フレイゼンのアンナ様か?こっちに帰ってきていたのですか?いやはや、驚きました」

「ふふ、いつ気付いてくれるのかちょっと期待したけど……

 もう、3年もこの辺歩き回ってなかったら、忘れられちゃったのか悲しくなった

 よ……で、紹介してくれる?」

「えぇ、もちろんです。相変わらずお元気そうで何よりです!

 こちらの商品は屋敷に届けさせてもらいます。 

 配達の手続きをしてきますから、少しだけお待ちくださいね」



 いそいそと店主は準備を始める。

 隣で店員が瓶の梱包と代金の伝票を作っている。

 その様子をじっくり見ていると、パルマに声をかけられた。



「アンナリーゼ様……あの、瓶なのですけど……」

「裸体のお姉さん?」

「そうです、何をされるつもりですか?言ってはなんですけど、裸体はどうかと……」

「お酒を入れて売るのに、特殊な瓶を作ろうって話を領地ではしていてね?

 それの見本になればと思って、買ったのだけど……何か変?」

「いや、何もあの瓶でなくても……」

「確かに……ただ、一瞬で私の目を引いたのと興味を引いたからって言うのも

 あるわ!

 喜ぶ人は、公世子様しか思いつかなかったけど……需要はあると信じてって

 ことよ!

 他にもおもしろそうなのがあるといいけど!」



 私は待っている間にお店の中をぐるっと回った。

 これと言って、あれ以上のおもしろそうなものはなかったので、店主に声をかけられたときには大人しく店を出ることにしたのである。


 しかし、ちょっと歩いただけでも、これだ。

 もっと、おもしろいものがあるようでわくわくするのが止まらない。



「パルマもおもしろいものがあると思ったら、声をかけて!

 主観でいいし、こんなのがあったらおもしろいよね?という今あるものからの

 展開でもいいわ!」



 私は、パルマに声をかけると、目を皿のようにして周りを見渡している。

 私だけがおもしろいものでは、あまり意味がない。

 需要があるものを選ばないといけないからだ。

 ただ、私がおもしろいものって、結構受入れられたりするのだ。

 試験的に導入をするところから始めないといけないが、売れるとなんとなく確信はしている。



 店主の後ろをついて歩くこと5分。職人町の小さな工房につくのであった。

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