第302話 説明会に向けて
ここでもやっぱり旗ふりする人間が必要だということになり、公爵夫人を使うか、アンナちゃんを使うかって話になったが、公爵夫人は、病気療養中であるため、やっぱりアンナちゃんが、『ハニーアンバー』の旗振りをすることになった。
ニコライをトップにとは思っていたが、領地でのことを考えると知名度からして、圧倒的に私の方が上であり、領地をお掃除隊とまわった実績があるのでもってこいだということになった。
ニコライは、やはりマーラ商会のビルの息子っていう肩書が領地では抜けそうにない。
もう少し実績ができてから……といういことになり、私が商会の顔となった。
まぁ、実際動き回ってくれるのはニコライで、報告を聞きながらあれやこれやと口を出すだけになりそうだ。
ありがたいことに、商人という意味では、アンバー領の元三大商人とノクトという行商を抑えてあるので困ることもないだろう。
「姫さんは、やっぱり執務室でふんぞり返って座っているだけの仕事だな。
楽でいいなぁー!!」
「変わろうか?私、ウィルみたいに領地を走り回りたいの!」
「それ、妊婦がやったらダメだろ?ジョージア様に禁止されてるって聞いて
るし……」
「言ってみただけだから……そんなに真剣に取らないでくれます?」
ハハハと笑うノクト。
他人事だと思って!と叱ってやりたくなるが、勝てそうにないので口を噤んでおく。
「そういえば、あのおじさん三人がせわしなくしているが……
一体何してるんだ?」
「ノクトも十分おじさんだと思うけど……ビルたちは、今度の説明会に向けて
下準備してくれているよ」
「で、姫さんは、その説明会用の原稿書きしてる」
「へぇーどれどれ……」
ウィルとノクトが覗いてきたので、私はバッとその原稿を見えないようにした。
「何見てんのよ!自分たちの仕事……してよね!」
「俺は、仕事しに来たんだぜ?ウィルがアンナをからかっていたから、
俺もついな?」
「ついじゃない!で、何か用だったの?」
「あぁ、用事ってほどじゃないんだけどよ?サトウキビの種を蒔き終えたから
報告にきた」
「それは、立派な用事ですけどね!どう?問題なく蒔けた?芽でそう?」
「あぁ、それは問題ない。むしろ、農地に肥料混ぜただろ?」
「えぇ、それが?」
「あれから1週間たつんだが、最初にクワを入れたときと比べて土が変わったら
しい。
俺にはよくわからんかったけど、いい方に向いてるってこった!」
「そうなのね!サラおばさんのところは、どうなったかしらね?気になる
なぁ……」
「それなら、順調に育っているみたいだよ!昨日、見てきたけど、1㎝くらい麦の
芽が出てた」
ちょうど執務室に入ってきたセバスが、資料をたくさん持って入ってくるところだった。
あぁ、セバスも執務室と会議室をウロウロしているだけじゃなくて、領地をまわったりしているのね……羨ましい。
隣の芝生って青く見えるらしいけど、目の前の三人が領地を飛び回っている姿は私にとって眩しすぎて羨ましすぎる。
「隣の麦畑より、やはり育ちが違うね。
種を蒔いたのが3日遅かったんだけど、肥料を撒いたほうは1㎝芽が出ていて、
撒いてない方は、まだ、2,3㎜ってとこかな?」
「それって……」
「成功だね!」
私は、大きく息を吐き、執務椅子に体を沈めていく。
農地全体の収穫量が減っていると聞いていたから、どうなることかと思ったが、この肥料が収穫量の底上げをできるくらいのモノだったとわかったので、一安心だ。
麦をたくさん作って、輸出しまくってやろう!とほくそ笑む。
それには、まだ1㎝にしかなっていない麦が無事成長することを祈るばかりだ。
「つきましては……これ、読んで、承認が欲しい」
「これは?」
「アンバー領の農耕地全体分の肥料の算出と、必要経費について書いてある。
あと、麦以外にも何かアンナリーゼ様の眼鏡にかなう食料がないか考えている
ところ。
せっかく、広大な農耕地があるんだから……イロイロ作ってもらうにこした
ことはないよね?」
おぅ……セバスが、生き生きと仕事をしている。
実にいいことなのだが……この書類の山を読まないといけないのかと思うと切ない。
見ないでハンコを押すわけにもいかないので……渋々受け取り、午後からの仕事とすることにした。
「ところで、説明会の方は、どうですか?
ビルたちが動いてくれてますけど、明確に決めておいた方がいいこともあるんでは
ないですか?」
セバスの言うとおりである。
まず、私が所謂店主となるのだが……その下がニコライのみで何も決まっていない。
ニコライには、領地の商人をまとめるというより、領地外で新規参入者を確保してほしいと思っている。
そうすると、領地内をまとめるのが、ビルたちだ。
元々、アンバー領の商売を仕切っているだけあって、その手腕は衰えるどころか、さらに冴えわたっているらしい。
店主という重責から取り払われ、私がやりたいことを形作るのにいそしんでくれている。
「ビルたちに任せて大丈夫だと思う。
商工会を作る予定だけど……セバスたちの住民票作りのときのおこぼれで、
すでに声をかけまくっていたようね。
私のところに商人や職人から応援の手紙が着ていたりするのよね……」
「どんなですか?」
「公爵夫人がやる事業なら、ぜひ参加させてくれって。
これ、私が出てって挨拶してもいいのかな?って思ってしまう」
「アンナリーゼ様って、公爵夫人でもあるでしょ?
ジョージア様は、公爵位のままですよね?」
「そう言われれば、ジョージア様……公爵位だからあちらから見れば、私は夫人
だけど、貴族的にみると、私も公爵だから……これは、場面場面で多角的に
見ろってことかしら?」
セバスはニコリとする。
肯定の意味だろう。
どこにいても私は『アンナリーゼ』だってことらしい。
着る服が違えば、公爵にもなるし、公爵夫人にもなるし、領地でのアンナちゃんになったりもするってことらしい。
「私、生まれてくる場所を間違えたのかしら?」
「いいえ、間違えてませんよ!アンナリーゼ様がいなかったら、僕は爵位も
もらえず、人生の目標も見つけられず、腐った人間になっていましたから。
僕の人生に彩をくれたのは、他の誰でもなく紛れもなくアンナリーゼ様です」
「セバス……それは、愛の告白かなんかか?さすがに、姫さんの目が泳いでる
ぞ?」
えっ?と言って私を見るセバスと目が合った。
なんだか、とても恥ずかしくなり俯いてしまう。
「姫さん、相変わらず、もってもてぇー!」
「う……うるさい!!」
からかうウィルを叱るとノクトが意味ありげに笑い、セバスまでも笑う。
領地で、こんなふうに友人たちののんびり過ごせていることがとても嬉しく、これから怒涛の日々が待ち構えていてもなんとか乗り切れるそんな気持ちにさせてくれる。
ウィルが、1日に何回か顔を出してくれるのは、根を詰めすぎないように心配してくれているのだし、ノクトがフラフラ来るのはおもしろいことを考えていないか見に来ているらしいし、セバスが仕事を持ってくるのは息抜きできるようにらしい。
ナタリーは、逆に外を飛び回っている。
最近、おもしろいことを見つけたらしく、それにかかりっきりだった。
私は、そのおもしろいことの報告待ちをしているところだ。
何を持ってきてくれるのか……意外とはねっかえり気質のナタリーもなかなかこの領地で有名人になりつつあるらしい。
馬乗って走り回ってたらね……私より目立つよね……羨ましい、つい本音が漏れるのであった。
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