第296話 遠慮なく

 翌日、朝早くからガタガタと馬車に揺られながら、ユービスの仕切ってくれている町についた。

 昨日、ノクトから説明を受けたところまで歩こうとしていると、馬車が通ったのが見えたとおじいさんが追いかけてきてくれた。



「あぁ、昨日の御仁ですな!早速、作業にかかるのですか?」

「いや、昨日、領主に相談したら、見に行きたいって話になったから来たんだ!

 話もしたかったから、ちょうどよかった!」



 馬車からウィルのエスコートをされ降りると、私を見て寄ってくるおじいさんに見覚えがあった。

 リリーたちと一緒に樽作りを手伝ってくれていた人だった。



「あぁ、アンナちゃんじゃないか!

 最近、見なかったから、町のみんなも心配していたんだよ!元気にしていたかい?」

「えぇ、元気にしてましたよ!公都に少しの間、用事があって行ってたの」

「そうかい、そうかい。元気ならいいんじゃ」



 人の好さそうなおじいさんが私のことを覚えていてくれたことを嬉しく思っていると、ノクトがボソボソとここでもアンナちゃんなんて言われてるぞ?どうなってるんだ?とウィルに聞いているのが聞こえてくる。



「リリーも久しぶりじゃな!」

「あぁ、久しぶりだ、棟梁も元気にしてたようだな!」



 棟梁とリリーに呼ばれたおじいさんは、リリーに笑顔で答えている。

 ちょうど孫くらいの年だそうで、リリーが大事にしてくれると喜んでいたその人だ。



「ノクト、昨日話してたのって、あのおじいさん?」

「あぁ、そうだ」



 私はノクトの方を向き話をし始めたときだった。



「アンナちゃん!」

「は……はい!」



 棟梁と呼ばれているおじいさんに急に呼びかけられたものでとても驚いてしまった。

 すまないと謝ってくれたが、そんな必要はないと笑っておく。



「どうしました?」

「あぁ、ユービスに聞いてたんだが、領地の葡萄畑を全部買い取ったんだって?」

「えぇ、買い取りましたよ?」



 棟梁の意図することがわからずに聞かれたことだけを答えると、ニコニコと笑いかけてくれる。

 ますますわからなくなり、困惑気味に私も笑い返す。



「わしは、長年、この領地に生きて来たのじゃが、アンナちゃんが来てくれたおかげで、

 新鮮な空気をたらふく吸えるようになった。

 アンナちゃんにも何かお礼をしたいのじゃが……何がええかの?」

「お礼?おじいさん、お礼はいらないわ!

 ここに住む領民があの頃より楽しく生活できるようにすることが私のやりたいことだから、

 おじいさんの笑顔が私への報酬よ!」

「そうか……でもな、孫ぐらいの子が領地の未来を思って動いてくれたこと、感謝に感謝を重ねても

 言い尽くせないのじゃ」

「ふふ、気持ちだけでいいわよ!ありがとう!

 ところで、おじいさんは、リリーに棟梁って呼ばれてたけど、大工さんなの?」



 今度は私がおじいさんに質問をした。

 すると、満面の笑みで答えてくれる。



「あぁ、大工をしておった。今も日曜大工くらいならするぞ?」



 おじいさんの手は、職人の手らしく無骨であった。

 私は、おじいさんの手をぎゅっと握ると、若い子になんて嬉しそうにしている。



「おじいさんの手は、仕事師さんの手だね!手の皮が厚いし固いね!」

「そういうアンナちゃんの手は白魚のような手かと思ったが……タコがあるな?」

「ふふ、バレたか……剣ダコがあるんだよ。

 握り方が、ちょっとまずいのか変なところにあって恥ずかしいんだけど……」

「いや、手はな、その人の生きざまを表しているじゃよ。

 アンナちゃんが掴んできたもの取りこぼしてきたもの、全てこの手におさまっておるんじゃよ!

 もちろん、わしは、アンナちゃんの手におさまったものじゃがな!」



 なんだかおもしろい考え方だと思った。

 掴めるものは、何でも掴んできた。

 取りこぼしてしまったものもたくさんある。

 確かに、常に何かに私は手を伸ばしてきたなと思い起こすと、おじいさんの考えに行きついた。



「そういえば、アンナちゃんは、今日何しに来たのじゃ?あの御人とは知り合いか?」

「あの御人ってノクトのことかしら?」

「ノクトと申すのか……」



 そうよと笑いかけると、強そうじゃな!と見た目をそのまま答えてくれる。

 剣を持っているため余計そういう風に見える。



「あのノクトと一緒に来ておるということは、公爵夫人のおつかいか何かかい?」

「そんなところね!

 おじいさんがノクトにこの辺りの土地をタダでくれるって聞いて、飛んできちゃったの」

「あぁ、確かに昨日言った。公爵夫人になら、この使っていない土地を使ってもらいたい!

 元々公爵から別荘建設の代金としてもらったもので、困っておったのじゃ……」

「公爵の土地だったの?」

「そうじゃ!別荘を建てたが、金が払えぬから土地をやろうと言われてもらったのは

 いいんじゃが、うちは農家ではないからな……作ってもらっていたのじゃよ。

 年々、収穫量が減って、その雇っていた農家もやめてしもたから困っておるのじゃ」

「なるほど……じゃあ、公爵夫人に返納って形になるのかしら?」

「そうなるのぉ……いらぬから返すでは、申し訳ないが……」



 前々公爵に押し付けられた土地だが、それを公爵夫人に突き返すのは申し訳ないと言っている。

 でも、そんなものを渡した前々公爵も、私はどうかと思うので公爵として謝ることにした。

 あっ!ちなみに前々公爵とは、ジョージアの祖父である超浪費家公爵のことだ。



「おじいさん、ごめんね……なんだか、迷惑なものを押し付けちゃったみたいで」

「アンナちゃんが謝ることでないわい!

 それにこの土地をまた何かに使おうとしている公爵夫人が、何をするのか見もので楽しみなんじゃ!」



 おじいさんは、少年のように目を輝かせ夢でも語るかのようだった。



「じゃあ、遠慮なくもらうね!おじいさん、ちなみに土地ってどこからどこまでなの?」

「あの町の入り口から、ずぅーっと向こうの山までのところ全部だ」

「えっ?全部?向こう、見えないけど……」

「じゃろ?この辺一体全部わしの土地なんじゃ!これが権利書。

 アンナちゃんに渡すから、公爵夫人に好きに使ってくれるよう言っておくれ」

「うん、実はね、2つ言葉を預かってきているの!」



 なんと!と驚いている。

 公爵夫人って私のことだから……それに、私、今、公爵だから、私にすべての権限があるのだ。



「1つ目は、この土地と引き換えに、この土地で採れた麦や農作物をおじいさんにも提供すること。

 2つ目は、おじいさん、まだ、棟梁として働ける?

 もし……働けるなら、仕事をお願いしたいのだけど……」

「1つ目は、ありがたい話じゃ……是非お願いしたい!いいのじゃろうか?」

「えぇ、いいわ!こんな広大な土地を譲ってくれるのだもの」

「ありがとう……ありがたくいただくことにするわい!

 2つ目なのじゃが、仕事はしたいがもう体がな……」

「そう……葡萄酒を入れる樽は、おじいさんが作っていたのよね?」

「あぁ、あれは、わしとわしの大工仲間がしておった」

「じゃあ、あの樽とか、ちょっとしたものなら作ってくれる?」

「屋根に上るようなものでないなら、請け負うぞ?」



 よしっと私は、胸の内で喜ぶ。

 これで、大量に葡萄酒用の樽ができる。



「ノクト、砂糖は、何に入れて保存するのかしら?」

「甘いからな、麻袋だと蟻が来たりしてダメになるから、瓶詰めが一般的だな」

「瓶詰めか……じゃあ、瓶を割れないようにするための箱とか必要?」

「あぁ、瓶同士で割れないようにするためにマス目にした木箱を使う」

「おじいさん、例えばなんだけど……」



 私はしゃがみ込み、小石を拾って地面に絵を描き始める。

 ノクトの話を聞いてイメージしたものを図に起こしていく。



「こういう箱って作れるかしら?ここに穴をあけてほしいのよ。

 で、できるだけ、このマス目のところは薄めに作って、これくらいの箱」



 私が思いつきで描いた図をじっくりと見ている。

 おじいさんもだが、ノクトやリリーも気になるのか見ていた。



「アンナちゃん、この真ん中の空間はなんじゃ?

 ガラスか陶器瓶を入れるのであれば、こんなもの割れてしまわないかい?」



 ノクトとリリーも同じく疑問に思ったらしく、おじいさんの話に深く頷いている。

 私も、思いつきで描いた図だったのだが、ここの穴には明確な役割があった。



「ここにね、クッションを入れたいの。うちの街道、見ての通り凸凹で馬車だと大きく揺れるから

 クッションを挟んで動かないようにしたいのよ!」

「あぁ、なるほど、なるほど。そういうことか。

 じゃったら、底にも薄い敷物を引いて上のふたにもつけた方がいいじゃろ!

 瓶で移動させるものの中には割れてしまって商品にならないものもあると聞いたことがあるからのぅ!

 それはいい考えじゃ!やってみようぞ!」

「それには、まず……砂糖の材料を育てないといけないのと、工場を建てるのと、砂糖農家さんと

 工場で働く人の住む場所を作らないといけないのよね……」

「土地は、ここにあるじゃろ!後は、大工が必要か?」

「えぇ、そうね……宛てがなくて……」

「それも、請け負ってやろう。

 わし、これでも顔が広いんじゃ!図面さえできれば、建てられるぞ?」

「本当?じゃあ、早速、図面……描ける人も紹介して!」

「おうおう、わかった。じゃあ、このまま町まで行こうぞ」



 私の足取りは軽く、おじいさんと手を繋ぎながら町まで戻る。

 後ろを歩くウィル、ノクト、イチアは、そんなうきうきしながら歩いている私とおじいさんを見ながら、本当におじいさんと孫のようだなと笑っていたらしい。

 リリーはというと、私たちが話しながら歩いているのを聞きながら、お掃除隊の中でも関わりたそうな人の話をして大いに盛り上がったのであった。

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