第284話 穏やかな朝

 目が覚めたら、すでに朝だった。

 カーテンの隙間から、朝日が昇ったのかチラッと光が入ってくる。

 見慣れた部屋に聞き慣れた規則正しい寝息。

 むくりと起きて撫でると銀の髪は、さらさらと流れる。



 ベッドから降りるとデリアが部屋に入ってきた。



「おはようございます、アンナ様」

「おはよう。

 あれから、ずっと寝ちゃってたのね」

「起こしたのですけど、お疲れのようだったので……」

「うぅん、おかげでゆっくり眠れたわ。ありがとう!そういえば、お腹すいたわ……」



 昨日の朝から何も食べていないことに気付き、お腹をさする。

 意識し始めると、ぐぅとなるお腹。

 クスッとデリアに笑われてしまう。



「何か果物をお持ちしましょう。

 朝食は、旦那様が起きるまで待たれますか?」

「えぇ、そうするわ。お願いできるかしら?」



 その前にと、夜着でうろつく私に朝の支度を手伝ってくれるデリア。

 久しぶりにデリアが世話を焼いてくれることが嬉しい。

 そこにリアンが入ってきて、私たちが準備をしているのを見て驚いて慌てている。



「遅くなってしまい、大変申し訳ございません!!」

「しぃー!ジョージア様、まだ、眠っているから……」

「すみません……」



 デリアに着替えを手伝ってもらっていたところに入ってきたので、リアンは私に大慌てで謝ってくれたのだが、少々声が大きかった。

 普通、旦那様は自分の部屋で寝ていることになっているので、まさか私の部屋にいるなど思ってもみなかったらしい。



「これが、この屋敷での朝の風景ですよ!

 アンナ様がまず起きて、支度をして、朝食の準備をした頃に旦那様が起きてきます。

 言っておきますが、旦那様は、相当寝ぼけてらっしゃいますので、アンナ様にそれは

 それはベッタベッタと触ってらっしゃいますので、見て見ぬふりをしてください」

「か……畏まりました」

「そうだ、調理場に行って、何か果物をもらってきてください」

「アンナ様の朝食の前に昨夜から何も食べてらっしゃらないので、少し胃に優しいものを

 と伝えておいてください」



 デリアから指示を受けリアンは部屋から出て行く。

 私は、ただ立ってデリアが整えてくれるのを待っているところだ。



「少しだけメイクを施します。

 よく寝られたので、昨日よりはいい顔色になってますけど、まだ、あまりよろしくない

 ので……今日も休まなくて大丈夫ですか?」

「わかったわ!お願い。

 うん、大丈夫よ。どこも行かないし、ゆっくり屋敷でしているから……」



 デリアにメイクを頼むと、ニッコリ笑って、私に薄く化粧を施していく。

 その手つきも軽やかで、デリアも私についているのが嬉しいのだろうか?

 そうだといいなと思いながら、真剣そのもののデリアを見つめ返す。



「そういえば、昨夜、ウィル様、セバス様、ナタリー様が屋敷に来られました。

 話をしようと思ってこられたみたいでしたので、お引き取りをと思いましたが、

 旦那様に部屋を用意するよう言われたので、こちらに皆さんいらっしゃいます。

 もう少ししたら、あちらも朝食を用意します。

 その後、執務室にお通ししたらいいですか?」

「うん、そうね、そのまま食堂でお願いしていいかしら?

 朝食を食べたら、私も向かうわ!」



 部屋に入ってきたリアンが小さなカゴに何種類かの果物を持って来てくれた。

 オレンジが無性に食べたくなったので選んだら、リアンが剥いてくれる。

 酸っぱい匂いがして、口の中がむずむずとして早く食べたくなった。

 オレンジのいい香りで目が覚めたのか、振り返るとジョージアも目をこすりながらベッドにのそのそっと座っていた。。



「いい匂いがするね……ふぁぁあ……」



 まだ眠いのか、目をこすりながらぼんやりしていたので、私はベッドに近づき起こしに行く。

 それを見たデリアは朝食の用意に部屋を出ていく。



「ジョージア様もオレンジ食べますか?」

「う……ん、アンナさん……」



 そういって腰に腕を回して自分の方へと寄せてくる。

 なるほど、こういうことか……

 デリアの言った通りジョージアが私をべったべったと触っている。

 さすがに、見慣れていないリアンは、私たちを見てどうしたらいいのか困っているようだ。



「ジョージア様、そこまでですよ?朝の支度をしてください」

「う?うん、そうだね……なんだか、今朝は冷たいね?」

「そんなことないです!ほら!」



 ベッドから引っ張り出すとやっぱり後ろから抱きついてきて離れようとしない。

 さすがに、リアンも目を逸らしてしまったことに私は恥ずかしくなってきた。



「ほらほら、ジョージア様、みんな待っているんですからね?

 早く朝食にしましょう!」

「みんなは、待たしておいたらいいよ?」



 なんだか今日は強引である。

 いつもは、こんなに聞き分けのない子のようなことはしないのだ。



「どうかされたのですか?」

「いや……俺も、鍛えようかな……?

 ウィルにもノクトさんにも勝てそうにないんだけど……」



 やっぱりよくわからないことを言っているので、私が言われて嬉しかったことを言ってあげることにした。



「ジョージア様は、ジョージア様でいいんですよ!

 いいところも悪いところも大好きですから、そのまま変わらないでください」

「何それ……俺だってアンナの役にたちたいし、アンナの調子悪いのだって気付きたいし

 アンナをお姫様抱っこだってしたいんだけど……?」



 なんだ?この可愛らしい生き物は……今日は、ウィルとノクトに嫉妬しているらしい。

 いやいや、そんなのしなくていいのですよと思わずふふっと笑ってしまう。



「ジョージア様は、私の役にたってますし、調子悪いときもちゃんと気づいてくれました

 し、お姫様抱っこだってしてくれたじゃないですか?

 何がご不満なのか知りませんけど、私の帰る場所は、他のどこでもなくジョージア様の

 隣ですよ?

 それだけじゃ、ご不満ですか?」



 私の肩に顎を置いているので耳元で囁かれる。



「いいや、不満はないな。アンナのために隣は常にあけておくよ」

「ありがとうございます。

 では、デリアも来たことですし、朝食にしましょう!

 しっかり食べて、しっかり働いて、しっかり寝ましょう!」

「いや、アンナは働いちゃダメだよ?

 朝食を取ってみんなの顔見たら、休むように。

 1週間は、絶対何もしちゃだめだから!」



 ちょっと強めに釘を刺された私は、良い返事だけしておく。

 昨日のこともあるので、少し休もうとしていたのだ。

 今後の方針だけ固めたら、何かと動いてくれる人も出来たので、私が!と出しゃばりすぎなくてもいい。



 朝食は、私がほとんど何も食べずに寝ていたので、消化のよさそうなものばかりだ。

 口に運ぶと味付けも優しくホッとする。

 もう何日目になるのか、目の前にジョージアがいて、デリアとリアンが給仕をしてくれる。

 そんな朝が、また来たことに心底嬉しく、何もなくても微笑んでしまう。



「えらくご機嫌だね?」

「そうですね。

 ジョージア様が一緒に朝食を食べて、デリアがいてリアンがいて……

 また、こんな日が来ると思っていなかったので、幸せだなぁって思って。

 もちろん、ジョーがいる毎日は刺激もありますし、領地で動き回っているのも好きなの

 ですよ?

 でも、こんな穏やかな朝が迎えられるのが嬉しくて!」



 スプーンで一口スープを口に運ぶと三人が温かい目で見てくる。



「何?変なこと言ったかな?」

「アンナ様、私もこんな日が来ることを願っていました。

 旦那様とジョー様とこれからたくさん時間はありますから、休めるときはしっかり

 休んでくださいね!」



 ジョージアに言われるより、デリアに笑顔で言われる方が、何故か従わなくてはならないような気がするので、3回頷く。



「アンナはデリアには従順だよね。俺への返事は適当だった気がするよ」



 どうもジョージアにはバレていたようで、寂しそうにしている。

 いや、ここで、やはり、デリアの方が怒らすと怖いのでとは言えない。

 ジョージアに対してもデリアに対してもなんだか申し訳なくなり、ニコっと笑ってごまかしておいた。

 付き合いの長い二人のことだから、私の言わんとすることがわかってくれていることだろう。

 朝食も食べ終わったし、体調も良くなったことなので、私は立ち上がってそそくさとみんなが揃っている食堂へと向かうのであった。

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