第282話 借り受けます
私の拝命は終わったため、ふぅっと息を吐く。
ただ、今日は、これで終わっていない。
もう一息、お願い事がある。
「公よ、私からの願い、聞き届けくださいませ!」
どこか芝居がかったその言葉を発すると、公は頷いて続きを促してくれる。
もちろん、この後に続くのは、ずっと手にしたかった人物たちを借り受ける日がやってきたのだ。
国に忠誠を誓っている二人は、私の配下としてアンバー領へ来るのではなく、公から領地発展のため借りる人材という形となっている。
なので、打算的に公世子に借りたいと言ったわけで、お給金も国持ちなのだ。
なんて、頭の回転の冴えていた日だったのだろうと私は自分を褒めたたえたくらいだ。
公世子からもちゃんと回答をもらっているので、覆ることもないだろう。
爵位もそのままであることも大きい。
「私、アンバー領地改革のため、二人の公人をお借りしたく存じます」
「して、その者たちの名はなんという」
「近衛中隊長ウィル・サーラー及び文官セバスチャン・トライドです」
「その二名をこの場に!」
公の一言で、後ろの扉が開く。
これは事前打ち合わせしてあることなので、扉前にはすでに二人は待っていてくれたのだ。
それも、それぞれ正装をしてだ。
ウィルは、中隊長の正装で真っ白な隊服。
セバスは、文官用の正装で真っ黒の服。
「公のお呼びにより参上いたしました、近衛中隊長ウィル・サーラーでございます」
「同じく、公のお呼びにより参上いたしました、文官セバスチャン・トライドでございます」
二人は、私の横を通り抜け、私と公の間に膝をついて挨拶をする。
実に公人らしい動きに、さすがねと呟く。
いつもちゃらんぽらんなウィルは、こういうとき見違えるような佇まいになる。
セバスは、いつもきちんとしているので然程変わらないが、正装しているのでいつも以上に真面目な文官に見える。
「そちたちの後ろにいるご婦人、今回、一代限りの公爵位を任命したアンバー公爵だ。
その公爵より、領地改革にあたり、両名を領地に借りたいと申し出があった。
そちたちは、そのことをどう思っておる。
公である私や公爵であるアンナリーゼを気にすることなく、忌憚なく話すがよい」
公の言葉で、二人が私をチラッと見る。
私は、何も言わず、ただニコッと笑うだけだ。
もちろん、二人も笑いかけてくる。
やっとか……と。
「私ウィル・サーラーは、その申し出を受け、アンバー公爵に力になりたいと存じます。
また、公爵が、領地改革をする上で領民を虐げるようなことがあれば、それを罰し正しき道を進める
よう指導したいと思いますが、いかがでしょうか?」
「あぁ、わかった。
ウィルよ、その申し出受けようぞ。
セバスチャンは、どうだ?」
「私もアンバー公爵の申出を受け、アンバー領へはせ参じたいと存じます。
私の力は、小さきもの。
しかし、存分にアンバー領地の改革に役立つことをここに誓います」
「うむ、わかった。
では、ウィルとセバスチャンよ。
アンバー領へそちたち二人を派遣し、アンバー公爵の力となってやってくれ!
アンバー公爵アンナリーゼよ!そなたが欲した二人が、そなたの力になりたいと申しておる。
そなたに、二人を任せる。
何か悪事働くことがあれば、公の名において、そなたが二人を罰するように!」
公人貸与の裁可が、おりた。
やっと、やっと、やっと待ち望んだ友人が私の手元に入ってきた。
それも望んだ通り、爵位も持ち、知識も持ち、力をつけて。
私は、喜びを爆発させたいほど、うずうずしているが、一応式典の続きであることを理由に、公へ最上の蕩けるような笑顔で応える。
「ありがたき幸せでございます。
私は、公爵位を拝命したばかりのひよっこ……まだまだ、公爵として至らぬ点も多いと思いますが
どうぞよろしくお願いいたします」
ウィルとセバスにも最上の礼をもって私の申出を受け入れてくれた感謝を言うと照れくさそうにしている。
これで、家に帰ればナタリーがいるはずだ。
あと、揃っていないのは、トワイスにいる学生のパルマとフレイゼンで育ててもらっている人材だけになった。
1番手に入れたかった人材が揃ったことが、本当に嬉しい。
これも、小さい頃見た領地改革の『予知夢』から1年以上早い展開ではあるが、領地改革が進み始めたことを考えてもこのタイミングで揃うことで早い段階から手が打てることへの喜びもある。
「して、これで、式は終わりだ!
アンナリーゼよ、そなたの後ろのものを紹介せよ!」
「はい、公。
まず、私の夫でジョージアでございます。
そして、この度公爵位をいただいたことで、副官を置こうと思いまして……
そこにいるセバスチャンと共に副官を任命しようとしていますノクトと申します」
私は、あえて名前だけを告げる。
わざわざ、どこの誰とは聞かないだろう。
「ほぅ、その方が、あのノクト将軍であるか?発言を許す。
私の質問に答えよ!」
「この度、アンバー領にてお世話になることになりましたノクトと申します。
流れ者でありますが、アンナリーゼ様にはよくしていただいております」
「ふむぅ。そちは、インゼロの将軍であろう?」
「元将軍でございます。
今は、ただのノクトとして、アンナリーゼ様の側で働かせいただいております」
「なるほど、なるほど。
して、何故、アンナリーゼなのだ?
インゼロでは、そなたは望みのものをすべて手にできるであろう?
それに、そちは、ここからそれほど遠くないところに豪華な屋敷を構えておると聞いておる」
「そんなの、決まっているじゃありませんか?」
ノクトが、いたずらでも思いついたかのように公へニカッと笑ったと思う。
後ろにいるので、私からは見えないが、気配だけでなんとなく分かる。
私というとんでも主を見つけて、ノクトはとても楽しんでいるのだ。
「アンナリーゼという人間がおもしろく、行く末を見てみたいと思ったからです。
公もそうではないのですか?」
逆に質問を返している。
普通なら咎められるが、一応皇弟でもあるので誰も何も言わない。
身分からしたら、この場で公世子と同等であるのだ。
公は、ノクトの質問にふっと笑ったかと思えば、大笑いし始めた。
「そなたも、アンナリーゼという異物を気に入った口か!私もだ!
多分、ここにいる者たち、全てがアンナリーゼに惹かれておるわ!
もう少し若ければ……と思ったものだ」
「公!」
あまりの暴露に公世子が止めに入った。
聞いていた私はあんぐりしているし、前にいる二人は苦笑いしていることだろう。
後ろにいるジョージアは……どんな顔をしているのだろうか?
ノクトもおかしそうに笑い始める。
それも豪快に……
大広間にノクトと公の笑い声が響くのであった。
「全く、アンナは人誑しなんだから……どれだけ人を誑し込んだらすむわけ……?」
前を向いたまま私は、後ろから聞こえてくるジョージアのため息交じりのつぶやきに反論する。
「私、自分から誑し込んだことなんてありませんよ!自然と人が集まってくる……」
「それを人誑しっていうんだ。天然のね。これは、また、気が気じゃなくなるなぁ……」
ジョージアのため息は、おじさんたちの笑い声いにかき消された。
好きでやってるわけじゃないのに……ちょっと心外だなと私はごちた。
笑い声が消えた頃、私たちは退出を許され、今日の式はつつがなく終わったことになった。
部屋を出る前に、宰相より正式な任命書だけ受け取ることは忘れずに手に握って馬車に乗るのである。
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