第277話 ヨハンと砂糖と私

「今日、最後の訪問場所は、私の主治医のところよ!」

「主治医?こんな僻地に住んでいるのか?」



 周りを見渡せば、山、森、川、林と人気のないことこの上ない。

 空気はおいしいし、のんびりできるし、何より薬草もたくさんとれる隠れ家的なところにあるヨハンの楽園になったそうでよかった。

 ヨハンには、全くの不便は感じないと聞いたことがある。

 それは、そうだろう……助手たちが、甲斐甲斐しくまめに世話をしているのだから……

 不便を感じると言ったら、私、模擬剣で再起不能にしてしまいそうになる。

 一応主治医なのと、ヨハンを尊敬している助手たちにとめられてしまうだろうが、それくらい叱っていただろう。

 まぁ、そんなの知りませんよって感じでヨハンは聞く耳持たないんだけどね。



「それで、俺に主治医と会わせて何になる?

 俺の主治医もかって出てくれるということか?」

「まさか!そんなわけないわ……研究だけが、ヨハン……主治医の最大の興味だもの!」

「研究者なのか?」

「そうよ!毒のスペシャリストなの」

「毒?物騒な話だな」



 ノクトは、眉をへの字に寄せ難しい顔をしている。

 私は、それをおかしそうに笑うと、さらにしわが寄っている。



「ここで、ノクトに協力してほしいの2つ。

 インゼロ帝国で今現在使われている毒の提供と砂糖の苗とか種とかもろもろよ!」

「あぁ、砂糖の研究か!

 確か、この土地でも作れるようなものに品種改良させるといっていたな。

 まぁ、無理だと思うがな!」



 その物言いと無理と決めつけてしまって笑っていることに私はむっとしたが、ヨハンが作ってやると言ったのだ。

 有言実行でお願いしたいところである。

 今年は、間に合いそうにないから……来年あたりからできるといいなくらいに今思っているところだ。

 ちょうど、そんな話をしていたら、ヨハンの家に着いたので馬車から降りる。



「ヨハン教授はいるかしら?」

「アンナリーゼ様、お久しぶりです!こちらにいますよ!」



 私の出産に立ち会ってくれた助手が、ヨハンのところへ案内してくれる。

 部屋に入ると、相変わらず、雑多に本や書類、研究道具などありとあらゆるものが散らばっていた。

 思わず、ため息をついてしまった。

 腰に腕をあて、まったくもぅ……と呟く。



「教授、アンナリーゼ様がいらっしゃいましたよ!」

「アンナリーゼ様だぁ?このくそ忙しいときに……」

「悪いわね!私、これでもあなたのパトロンでもあるのだけど?」



 目の前に仁王立ちして立っている私を見て、頭をかいている。

 また、その態度が癇に障る。



「お久しぶりですね!今日のご用向きはなんですか?」



 とっとと終わらせて研究に戻りたいヨハンの気持ちがありありと見える。

 まぁ、私がきていいことなんて、ヨハンにとってほぼほぼないのだ。

 この態度は、仕方ないともいえよう。



「要件は2つ。

 私の健康診断とお目当てのブツが入ったからそれの研究をお願いしたいの。

 あ、そうそう、インゼロの毒物も手に入りそうだけど、それもいるかしら?」



 私の健康診断と言ったときは、ものすごく嫌な顔をしていたが、例のブツと言ったときには口元が上がり、インゼロの毒物と言ったときには、満面の笑みで私の座る席を用意し始めた。

 なんて、わかりやすい人間なんだろう……

 それにしたって、毒物が手に入るわ!で喜ぶのは、ヨハンくらいのものだ。

 ため息がでるのをグッとこらえて……用意してくれた席に座る。


 ノクトとイチア、ジョージアは助手が用意した席に座り、それぞれが書類や本が落ちてこないかと心配しているようだ。



「それで、インゼロの毒物が手に入るのか?いつだ?」

「いつかしら?わからないけど……いつごろなら、手に入りそう?」



 ノクトに聞くと、イチアが返事をしてくれる。



「今、持っているものもありますが……1種類ですし、これは、こちらでも流通しているものですので、

 後日改めて整えさせていただきます!」

「なるべく早く頼む!」



 間髪入れず頼んでいるヨハンは、さすがだ。

 毒に関することは、素早い……そして、食い気味にお願いしている。

 そして、次に私の話をする。



「ヨハン、覚えていて?」

「あぁ、砂糖の話だろう?本当に手に入れてくるとは思ってなかった……

 これは、かなり骨の折れそうな話だな……」

「私を甘く見すぎたわね!

 そんじゃそこらの夫人とはわけが違うのよ!」

「おみそれしました。それで、ブツは?」

「イチア、渡してあげて!」



 なぜ、領地の人を紹介するのに必要なのかと思っていたイチアは、納得する。

 そして、苗と種をヨハンの前に差し出した。



「これが、砂糖の原材料か……ふむ……暖かいところでしか作れないんだ。

 これは、時間がかかりそうだけど……」

「いいわ!これから、砂糖を作るための工場を作らないといけないし、暖かい方がいいのよね?」

「そうだな。その方がいい。

 バニッシュ領の境目あたりがいいかもしれんな。

 あの辺は、気温が平均的に高い上にバニッシュ領からの熱波も来る。

 建てるなら、その辺を検討してくれ」

「と、いうとユービスの町ね……畑と工場建設ができる土地の確保が必要ね……」



 私は、腕を組みながら、領地を思い描く。

 確か、あったはずだ。使われていない土地が……そこをまるまる買い取ってしまおう、そんなことを考えて悪い顔をする。



「あと、頼んでおいた肥料の方の研究は進んだかしら?」

「あぁ、進んでる。

 あとは、実験したいんだけど……こちらには、伝手がなくてな……」

「麦畑でもいいなら、頼んであげるわよ?」

「おっ!本当か?

 ここからだと少し距離があるから……帰りによって話をしていくわ!

 了承が出たら、連絡する。

 どれくらいあるの?」

「けっこうあるぞ?畑、50枚分……結構って数ではないか?

 まぁ領地全体って考えると、少ないわなぁ……」

「わかった。それ、全部買い取るから、お金をあとで渡すわね!」

「ありがとうございます」



 こんなときだけ、恭しいのがまた腹立たしい。

 それを表には出さず、微笑んでおく。

 腹が立てば、笑顔を張り付ける。

 これは、社交界に出る令嬢や婦人の鉄則だ!

 それができないのは、下位の貴族なのだが……自分を優位に見せたいばかりに気を取られすぎている。

 まさに、ソフィアがそうなのだけど……実家が男爵位であるからそれも仕方がないのかもしれない。



「あと、健康診断ですね?何か変わったことでもあるのですか?」

「かわったことというか……まぁ……」

「はっきりしませんねぇ……」



 そういって、ヨハンは私をぺたぺたと触りはじめる。

 熱もないし、貧血もないし、脈も正常……



「あぁ、わかりました。手首だしてください!」



 言われるがまま、手首をだすとまた脈診する。

 ヨハンは変わった人間で、首筋で脈を取るのだが……手首のほうも取っている。



「ちょっときてくれる?」



 珍しくヨハンが助手を呼んでいる。



「診て。多分あるから……」



 そのあるからに反応したのは、ジョージアだった。



「アンナに何か、悪い病気でもあるのかい?」

「脈診してるので静かにしてもらえませんかね?」



 はい……と素直に言うことをきいているジョージア。

 そのしょげた姿は、なんとも可愛らしいのである。



「教授、ありますね。まだ、微弱ですけど……間違いないでしょう!」

「わかった。

 まぁ、本人が診てくれって言っているんだから、正解だろう」



 助手との話も終わって私の方を向き直る。

 そして、触診を再開した。



「はい、全部診ました。

 アンナリーゼ様は、健康体そのものですよ!」



 ヨハンの言葉にホッとしたジョージアは、息を止めていたのかふぅーっと吐ききる。

 次の瞬間で、息をするのを忘れてしまったようで、藻掻く羽目になる。



「おめでとうございます。二人目ですね!

 まだ、微弱なので、体には十分に気を付けてください。

 あと、まだ、悪阻もきていないのでしょ?そんなので、よくわかりましたね?

 あれですか?ないとかで?」

「なんとなく、そんな気がしただけ……」

「秋ぐらいに生まれますかね?屋敷に戻られるのですか?」

「いえ、こちらで生む予定よ!」

「じゃあ、くれぐれも無茶はしないように!

 まぁ、今回は、色々と手伝ってくれる人もいるようだから……また、定期的に屋敷に向かいますよ!

 それより、旦那さん大丈夫なの?」



 その言葉に振り向くと、ゴホゴホっと咳き込みながら息を吸っている。



「ジョージア様、大丈夫ですか?」



 私はジョージアの隣にいき背中を撫でる。

 涙目になりながら、やっと呼吸を整えたジョージアが抱きついてくる。

 耳元でありがとうと囁かれる。



 コホン……



「あぁ、そうですね。家に帰ってからですね!この前もやらかしたばかりで……恥ずかしい」



 照れた顔をみなに向けて謝ると、若いっていいなぁ……なんていうノクトの声が聞こえてきた。



「そうだ、まだ紹介していなかったね。

 ヨハン教授、こちら今度から私の配下になったノクトとイチアよ。

 インゼロで将軍と将軍付きの軍師をしていたから、何か向こうのもので入用だったらお願いしたら

 取り寄せてくれるかもしれないよ!

 ノクトにイチア、こちらヨハン教授。

 私の実家であるフレイゼンから私のためにアンバーに来てもらった方よ。

 馬車でも言ったけど、毒のスペシャリストなの。それと私の主治医ね」



 私の雑な紹介にも両者文句は言わず、ただただ、熱く握手をしている。

 特にヨハンがかなり熱視線を送っているのだ……これは、解毒剤の改良版が近いうちにできそうだ。

 ただ、私は、しばらくそれは、試せそうにないなぁ……ちょっと残念に思うのであった。

 決して、毒を飲んで苦しむのが快感だなんて、ことはないのであしからず……

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