第275話 軽いおじさんと重い話

「もうひとつなんだが、爵位を求めたと聞いている。その真意を教えてくれ」



 ノクトの鋭いまなざしに、私はごくっと唾を飲み込む。

 これが、将軍としてのノクトなのだろうか?

 圧迫感を感じ、背中に冷たい汗が流れたような気がする。


 イチアは、諫めるためにノクトの服を激しく引っ張っているし、ジョージアもこちらを見ているのか視線を感じる。



「それを聞くってことは、私と一緒に地獄まで行ってくれるということかしら?

 聞いたら、後戻りできないけどいいの?

 私は、そんなお供は、大歓迎なんだけど!」

「あぁ、それはもちろんと言いたいが、アンナが地獄なら、俺は、もっと下層の大地獄だろうよ!

 アンナ、俺がどれだけの命を消してきたと思っているのだ?

 自国の人間に剣を持たせ、敵国だと認識させ、同じ人を殺せと命令する。

 自国のためだ、家族のためだと農民にクワでなく剣を握らせるんだ。

 戦争が終わっても悪夢で壊れていったやつも何人も見てきた。

 中には、罪もない女子どもに手をかけた者さえいた。

 とめることもしなかったのだ……戦利品として扱われた土地の女たちの苦痛を耳にしても助ける

 こともしなかった」

「戦争だから仕方なかったとは、言わせないわ。

 あなたには止める権限もあったはずだから!歴史的にみても、インゼロ帝国は、好戦的。

 私は……」



 ジョージアが、きつく握りすぎて白くなった私の手を握ってくれる。

 その手からのぬくもりを感じながら、ノクトへと噛みつくことにした。



「私は、『予知夢』がみれるの!」



 私を見てとても驚いているノクト。

 イチアもさっきまで、ノクトの服の裾を引っ張っていたが、その動きを止める。



「私が、ここにいるのは、将来インゼロ帝国が手引きして起こるローズディアを始め、三国の内乱、

 そのあとのインゼロとの戦争を予知したからなのだもの!

 当時、私には、2つの未来が用意されていたの。

 未来に起こるであろう戦争になすすべもなく飲み込まれる未来と戦争が起こる未来に向け、

 『ハニーロ―ズ』という女王を生み、最小限に戦争を終わらせ、大切な人たちを守るという未来が。

 私は、今、後者を選んで、未来を少しでも変えられるようにと『予知夢』に従いながら逆らいながら

 今、生きているの。

 より被害が出ないよう、被害がでてもすぐ対応できるようにと……

 その足掛けになるのが、アンバー領よ!そして、私の娘が『ハニーローズ』なの」

「なんだって……?」

「信じがたい話でしょうが、着実にその未来に近づいて行っているわ!

 それを少しでも変えようと、動き回っているのよ!

 公爵位を望んだのは、戦争を早期に終わらせる、もしくは、くいとめるために『ハニーローズ』が

 必要だから……あの子を殺そうとする輩がいたから、私は、未来と戦うために爵位を望んだの」



 私の話を呆然と聞いているノクトとイチア。

 将来起こりうることに対して、対応をしているのだと私はこの二人に伝える必要があると判断した。

 話したことを間違っているとは思わない。

 私の話を飲み込んでいるのか、何も言わないノクト。



「私の配下になるのでしょ?

 私の最大限の秘密を話したわ!あなたは、何故、私の配下を望んだの?」



 今度は、逆にノクトへ質問をする。

 ニヤッと笑って一言。



「アンナリーゼという人間がおもしろそうだったから」

「どういうこと?」

「さっきも言ったように、俺は、どれだけの人間を殺してきたかわからない。

 領地運営も失敗して見殺しにしてしまったこともあるし、俺の肩にはどれだけの恨みがあるかわから

 ない。

 ただ、いずれ死ぬのであれば、今の全てを投げ出して、今までの全てをかけて、何かに打ち込みた

 かった。

 そこに、アンナリーゼという人間が飛び込んできたというわけだ。

 育つかどうかわからない砂糖の原材料が欲しい、砂糖を作るための資金が欲しい、工場が、人が、

 欲しい欲しいと目を輝かせ、領地の未来を語るアンナが、実に眩しかった、羨ましかった、もう一度

 その気持ちを持ちたかった。

 ウィルの命を利用することになったが、そなたのいそぎよい判断にも心底震えた。

 友人のウィルが、今後苦しまなくていいように考え、あのときクビを撥ねると言ったのであろう?」



 ノクトの話は、私の何倍も生きるノクトの経験から私の行動を予想したことだろう。

 信じてもらえているのはわからないが、ノクトなりに私に対して真摯に対応してくれたと思っていいのだろう。



「領地を背負うとは、生半可な覚悟じゃないんだぞ?」

「わかっているわ!

 アンバー領民の命を預かっていて、大きな失敗はできないこともわかっているの。

 でもね、私一人ではとても領地運営なんて無理。

 経験もなければ、頭もそんなによくないもの。

 だから、友人たちを頼るのよ。

 最終決定は、もちろん私が責をおうのだけど、領地を運営するのに私以外の素敵な意見や発想は

 あってもいいと思っているの。

 だから、ノクト、イチア。

 他国の人だから考えうるおもしろい考えや戒め、参考になる案件とかあれば、どんどん言ってほしい

 の。

 それが、正解かどうかはわからないけど、アンバー領にあうよう考えるから!

 そのための人材なのだから!

 領民からも、どんどん意見は取り入れるつもりよ!

 全ては、取り入れられないけど、いいところは取り入れていきたいし、失敗したところは見直して

 いけばいいのだもの。

 私、あなたを信用するよ!裏切ることができない程、二人ともこの領地に雁字搦めにしてあげるから

 覚悟しておいて!!」



 私の決意なるものを聞き、ノクトはおかしそうに笑う。

 イチアは、そんなノクトをまた止めているが……私のことをさらに気に入ったと言ってくれた。


 友人でもない、家族でもない、まだたったの2回しか会ったことのないノクト。


 私の考える未来に、1番近い答えを持っているだろう。

 従者になると言ってくれたが、敵国の将軍であり公爵だ。

 甘さがでない約束を誓う相手としては、ちょうどいいように思う。



「ノクト」

「なんだ?」

「敵国の将軍で公爵のあなたに誓うわ!

 必ず、アンバー領を公国一の領地にしてみせる。

 内乱も戦争もできうる限りの対処してみせる。

 アンバー領を公国を最後の住処にしてよかったと言わせてみせるわ!

 だから、私に、私達に、アンバー領に最大限の力を貸して!

 あなたの全てを私に頂戴!」



 ふっと笑うノクト。

 そして、意地悪い顔になっていく。



「おいおい、旦那を横に置いて、よその男にあなたの全てを頂戴なんて言っていいのかよ?

 まぁ、言われなくてもそのつもりで来たんだ。 

 アンナの誓いは、しかと受け取ったから、拝命式もついて行く。

 それこそ、アンナになら全部くれてやるわ!」



 ガタッと私は立ち上がり、ノクトに向けて抱きつく。



「ありがとう!!」



 いいってこよ!とノクトが私を受け止めてくれる。

 こちらから見えるジョージアとイチアは、もう好きにしてくれと言わんばかりであった。

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