第273話 軽いおじさんと軽い会話

「おぉ!やっぱりアンナか!

 朝から玄関に馬車が来ていたから、そうじゃないかと思っていたんだ!」



 領地の屋敷を散歩していると、やたらガタイのいい小汚いおじさんが話しかけてくる。

 アンナと呼んだことにジョージアはムッとして、私の前に出たので苦笑いする。

 たぶん、私でも勝てない相手なのだから……ジョージアが相手になるはずもない。

 ジョージアの手首を引っ張って、ありがとうと口パクで感謝を伝えるとスッとジョージアの前に出る。



「アンナ、知らない人の前にでたら……」



 ジョージアの言葉を手で制して、最上級の淑女の礼をとる。

 その姿にジョージアはキョトンとし、目の前にいるおじさんは最上級の礼を返してくれる。

 もちろん、その後ろにいる従者も一緒にだ。



「ノクト、久しぶりね!

 とても早い帰還に正直驚いているわ!」



 ニヤッと笑いながら、ノクトは私をヒョイっと抱き抱える。

 このやたらと逞しい腕に乗せられると、自分が小さな頃に祖父が同じようなことをしたことを思い出す。



「いや、案外時間はかかったぞ?

 なんせ、真っ向に来れないからな……

 ローズディア直通の道を使わず、ぐるぐると遠回りして来たんだから」

「それでも早いわよ!

 なんでもいいけど、おろしてくれるかしら……?

 ジョージア様……ほら、旦那様が固まってしまっているのよ!」



 はっはっはっ!っと豪快に笑いながら私を降ろしてくれ、すまんすまんと言っている。

 このおじさん、絶対すまんなんて微塵も思ってないだろう。



「ちょうどよかった!

 話があるから、着替えて応接室に来てくれるかしら?」

「あぁ、わかった。それじゃ、また、あとで!」



 のっしのっしと大きなクマのようなおじさんは従者と一緒に去っていき、その場に残った私とジョージアとで見送る。

 ジョージアは、呆然としているので、目の前に手を翳して、大丈夫?と問いかける。

 それに驚いて、ハッとしているジョージア……目の前で起こったことがよくわからないでいた。



「私たちも戻りましょうか?

 お客様を待たせるわけにはいきませんから!」



 まだ、さっきの出来事に呆気に取られているようで、ジョージアを引きずるように屋敷に戻っていく。



「さっきの誰?アンナって……」

「さっきのは、インゼロ帝国のノクト将軍ですよ!」

「えっ?」

「見えませんよね……そこいらにいるおじさんですもの。

 応接室に来るときは、きちんとした格好で来るとき思うので、私たちもリアンに整えてもらい

 ましょう!」



 元来た道を戻り執務室に入ると、まだ、デリアとリアンは引き継ぎをしていた。

 出て行ったばかりの私達を見て驚いている。



「引き継ぎの最中に悪いのだけど、さっきノクトに会って応接室で話すことにしたから準備して

 くれる?」

「かしこまりました。

 私は、ノクト様のところへ行ってまいりますので、リアンはアンナ様を整えてください。

 旦那様は……まぁ、そのままで大丈夫です。

 飲み物の用意等は、こちらで連絡しますから、リアン、手早く進めてください。

 あと、旦那様は、お客様をおもてなしできるように応接室へすぐ向かってください!

 ジョー様は、エマに任せてもらって大丈夫ですよ!」



 慌ただしくなりそうでも、デリアによって場が仕切られていく。

 おかげで、自分が何をしないといけないのかわかるので助かる。

 私が何一つ口出ししなくてもいいので、私は私の準備に取り掛かる。



 えっ?と、戸惑うリアンに何をして欲しいか私は伝えていく。

 最初から全て悟れというのは、いくらなんでも無理だ。



「ドレスは、このままで大丈夫よ!

 そこの宝石箱から、アンバーのペンダントがあると思うから出してくれる?」



 秘宝は、さすがに持ち歩けないので、目に見えるものとしてアンバーのペンダントをつけることにした。

 ディルにもらったアンバーの宝飾されたナイフをいつも持ち歩いてはいるが、さすがに物騒なので、みんなから目に見えるようペンダントを付けることにした。



「そのあとは、髪を整えてメイクをしてちょうだい」

「整える……」

「あぁ、えっと横の髪を纏めて縛ってくれたらいいわ!」



 そういうとテキパキと動いてくれる。

 縛るだけでは、芸がないと少し捻ってくれ、見栄えも良くなった。



「あとは、お化粧ね。

 濃い化粧は好きじゃないの。

 しっかり化粧してますって感じにならないようにしてくれるかしら?」



 化粧道具を持ってきて、リアンは、いろいろ出してみている。

 私は、普段使っているものを指すと順番に手早くメイクをしていく。



「口紅は、どちらが好みですか?」

「そうね、今日の衣装だとこっちかしら?」



 オレンジ配色のピンク系の口紅を指すとスッと塗ってくれる。

 鏡で確認したら、うん、私らしくなっている。



「リアン、ありがとう!」

「とんでもないです!

 アンナリーゼ様が教えてくださったのでとても助かりました……」



 急なことだったのだ。

 リアンは謙遜しているが、手慣れているところ、さすが元メイド。

 なかなかセンスもいいようだから、すぐに私の侍女は慣れるだろう。



「では、いきましょうか!

 本来、侍女をお願いしようとしていた方よ!

 変なおじさんではないけど……あとで、思った感想聞かせてね!」



 鏡の前から立ち上がり、応接室へと足速に向かう。

 中で声がしているので、もう、来ているのだろう。

 それにしても、何でも早い……この早さは、決断の早さでもあるんだろうな。

 私は、ノクトが羨ましくなる。

 祖父くらい年の離れたノクトは、経験も豊富だ。

 それに未だ現役で戦場に出ているのだ。

 決断の迷いで指示が遅れ、自軍の兵士の命が危ぶまれることはしてはいけない。

 そういう経験からも決断の早さ来るのだろう。

 私には、到底できないことだった。



 リアンにノックをしてもらい、部屋の中に入る。

 ノクトが私を見、隣に座るイチアは立ち上がって挨拶してくれる。



「大変、お待たせしました」

「女の支度は、時間がかかるからな!

 待つのは嫌いじゃないし、美人が着飾るのはまた格別だ!」

「美人だなんて、奥さまによその女を褒めたなんて聞かれたら叱られますよ?」

「まぁ、そう言うな!

 そなたはボロの服を着て歩いていたとしても、極上の女だ。

 そんな女を褒めない方が、叱られるわ!」

「どんな奥さんなのよ!」

「我が家の大黒柱は、アンナと一緒で、一等の跳ねっ返りだ!」

「跳ねっ返りって、全く失礼ね!」

「じゃあ、ウィルのいうようにじゃじゃ馬か?」

「どっちも変わりませんよ!」



 ふんっと怒ったふりをして、ジョージアの隣に腰掛ける。



「それで?自己紹介は、もう済んでいるのかしら?」



 一同首を横に振る。

 私が来るまでの間に、それくらい済ませておいてほしいものだ。



「では、まず、私の旦那様を紹介するわね!

 アンバー公爵のジョージアです」



 ジョージアは、ノクトをしっかり見据えていた。

 さっきの振る舞いといい、なんだか少し思うところがあるのだろか?



「ジョージア様、こちらがインゼロ帝国のノクト将軍。

 お隣が、ノクト将軍の軍師でイチア」



 紹介が終わると、ジョージアがよろしくと先に手を出し握手を求める。

 ノクトは、ニカッと笑ってそれに応えてくれる。

 私は、それを頷いて見ていた。



「それで、ノクト以外の他の人たちは……どこに行ったの?」

「あぁ、それなら、あのお嬢さんに追い出された!」

「追い出されたとは、穏便ではないわね?

 デリア、どういうことかしら?」



 飲み物の用意をしていたデリアに私が訪ねると、お茶をテーブルの上に並べていく。

 それから屈んだまま私の質問に応えてくれる。



「追い出してなどいません。

 ここでは、30人もの大男たちを屋敷には入れられませんし、若い侍女もメイドもいるのです。

 なので、リリーに言って警備隊の宿舎へと案内してもらいました。

 元々、私兵だったようですし、ちょうどいいかと思いまして……

 差し出がましいことをしましたが、こちらの状況も考慮していただければと……」



 なるほど、一理ある。

 若い女性の多いこの屋敷に、兵士張りの男が30人もいれば……ちょっとした恐怖だ。

 デリアの判断は、至極真っ当である。



「デリアの判断は、正解ね。

 こちらの領地のものを怯えさせてしまっては、元も子もないからね!」

「軍行ばかりだから、そういう配慮が足りなかった。すまん……」

「いえ、わかっていただければいいのです。

 自分の身は自分で守れるものばかりではありません。

 よそから来たのであれば、それは、顕著ですし、せっかく来ていただいたのです。

 良好な関係を築きたいというアンナリーゼ様のお考えでもありますから……!」



 何それ……私よりできたデリア。

 褒めたたえたい衝動にかられるが、ぐっとこらえる。

 そして、褒める代わりに自慢することにした。



「よくできた侍女でしょ?

 しばらくは、ノクト付きの侍女になりますから、大事にしてくださいね!」



 ニコッと笑うと、ノクトもニカッと笑う。

 まぁ、デリアのことだから、上手に転がしていくのだろう。

 私と似たタイプのノクトであったとしても。

 なので、任せても大丈夫だと思える。

 私のデリアは、とても優秀な侍女なのだ。



「デリアが欲しいと言っても差し上げませんから、先に言っておきますね!

 私のデリアなのだから!!」



 ノクトにしっかり釘を打っておくことにした。

 気に入ったからくれと言われてもあげないから!意思表示は、大切ですよね?デリアに視線を送ると、とても満足そうにしてくれている。

 私の想いは伝わったようで何よりである。

 それを見て、ノクトも主従絆固しと苦笑いしていたのであった。

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