第268話 公爵移譲の話し合いⅡ

「では、最後になるのですけど……今後のアンバー領地について、少しだけお話

 してもいいですか?」

「それは、どんなことだ?

 もう驚くようなことは……ないだろうな?」

「何もないですよ!

 ただ、何年かかかると思うんですけど……アンバー領地をこの公国1番の領地に

 変えたいと思っております。

 まず、考えているのが、街道の整備と思って現地に行ったのですけど……

 問題が、多いので、とりあえずできることから進めて行きます。

 最終的には、私の出身地フレイゼンのような学都を手本とし、農産物が豊か

 なのでそちらの方面も伸ばせていければいいなと考えています」

「先日、くれた赤い涙は、とてもおいしかった!

 ああいうものも考えているのか?」

「公も呑んでいただけましたか?アンバー領に元々あったお酒なのですが、

 需要がないと辞めてしまっています。

 公世子様のおかげでとても反響がありましたので、この葡萄酒と蒸留酒を

 領地内で酒類は競わせて、よりおいしいものを作れるよう研究を進める予定です。

 あと、そうですね……今、まだ、他には内緒なのですけど……農作物として

 砂糖を作ろうと研究を進める予定です。

 まだ、こちらは、お知らせできるものが何一つないので……これ以上は、

 話できないのですけど……楽しみにしていただければと思っています」

「砂糖だと?インゼロからの輸入品ではないか?そんなものをどうやって……」

「秘密です!言ったとしても、誰にもまねはできないと思いますけど……

 これは、私の人脈から手に入りましたから……」

「そなたは、秘密が多いからなぁ……」

「あら、秘密の多い女性はモテるのよ?ジョージアは、そう思わなくて?」



 いたずらっぽくジョージアにウインクしながら、公妃が茶化す。

 ジョージアは、苦笑いをしている。



「そうですね……アンナの秘密は、心臓によくないですけど……そのほとんどが、

 アンバー領の民の生活向上に向かっています。

 これほどの逸材がいれば、公国一の領地にするという目標も頷けるものです」



 ジョージアにそういわれれば、なんだかくすぐっったいが、今の現状に満足していいわけではない。

 公国の南方の景気がいいが、後がなく今、必死に模索しているという情報も入ってきている。

 それを考えても、常に世の中は変わっていることがわかるし、変えていかないと衰退していくしかないことも目に見えているので、ここは領主の政策如何なのだろう。



「他にもあるのか?」

「いえ、今のところは、手が出せるところはこれくらいですね。

 恒常的に利益を得るための砂糖の研究が第一優先順位です。

 葡萄酒の販路も広げたいですが、まだ、葡萄畑の整備が優先ですから、

 今あるものを売るしかないので……これ以上広げられません。

 やりたいことがあっても、このようにすすめられないこともたくさんあるのです」

「そういえば、領主代行権では、ダメなのか?」

「はい、最初は、私もジョージア様に領主代行権をお願いしようと思っていた

 のですが、私が、まずするべきことは、アンバー領にへばりついているダニの

 処理からです。

 それには、公爵権限が必要です。

 ジョージア様に押し付けることも考えましたが、私が裁可する方が、領地で

 預かる面々を思うと、代行権より、後々いいと思いまして……」

「しかし、他国のものであるそなたに……この国の公爵位となるとな……」

「ジョージア様が、筆頭公爵なのは、変わりありません。

 ただ、権限だけ委譲してほしいのです」



 私の提案を渋る公。

 隣国出身の私に公爵位を渡すのは、公としての威厳も関係する。



 私とジョージアは、それぞれ書いた上奏文を公に渡し、裁可を願う。



「どうすれば、私に公爵位がいただけますか?

 何か、手柄をたてればいいですか?」

「まぁ、それが一番いいのだが……公爵夫人となっているそなたに戦場へ行けと

 言うわけにもいかぬし、城で手柄を立てるなんて考えも浮かばない。

 第一……他の貴族が納得いかぬだろう」

「そうですか……では、公に2つ提案がございます」



 一体今度は何を?と公世子が戦々恐々としているが、その反応はたぶん正解だ。

 私が言い出すことに身構えるのは、間違いではない。



「公のお持ちの剣があると思うのですけど……

 ウィル・サーラーが爵位を拝命したときに、忠誠をたてる儀式で使ったと聞いています」

「あぁ、あるぞ?それが?」

「それは、元々、ロサオリエンティスの持ち物だとご存じですか?」

「原初の女王のものだと?」



 私は、分厚い書類の中、一つの紋章を見せる。

 この紋章は、私が持っている王配の手記やロサオリエンティスの手記にも書かれている元々の国の国章である。



「アンナリーゼ、何故その紋章を?」

「こちらをご確認ください。

 私宛に書かれたロサオリエンティスからの手紙です」

「こんなものが……?公室には……こんなものはない」

「この手記と王配の手記は、代々アンバー公爵夫人と筆頭執事により大切に

 保管されております。

 こちらが、王配の手記です。

 ここにも私の名前宛てに手紙があります。

 ローズディアの最初の公は、実妹がハニーローズだったのですけど、アンバーの

 秘宝とともにこれらを渡し、アンバー公爵家という鳥かごに閉じ込めたのです。

 公のお持ちの剣は、王の剣。

 本来なら、アンバー公爵家にあるはずのものでした。

 この紋章と共に、飾りとしてアンバーがはめられているはずです。

 申し訳ないですけど……そちらをお持ちいただけますか?」



 すると、ベルを鳴らし侍従を呼び、剣を持ってくるように伝える公。



「アンナリーゼ、何故、剣のことを知っておるのだ?」

「この手記は、たくさんありますから、全て読みました。

 その中に剣のことも書いてあるのです」



 侍従が大慌てで持ってきてくれたのだろう。

 少し息が荒いが、それを表に出ないようにしている。



「これだ」

「確かに、アンナリーゼが持ってきた手記と同じ紋章ですね。

 アンバーもはめ込まれている」



 公世子が確認したので、私はニッコリ笑って貸してくださいと手を出す。

 本来、公の前で刃物は厳禁だ。

 だが、この剣、実は、何も切れない剣であるのだ。

 それを知らない公と私以外が、大慌てで止めに入る。



「かまわぬ、アンナリーゼに渡せ!」

「「「公!」」」

「かまわぬのだ。その剣で、人は切れぬ。

 せいぜい、殴打するくらいしかできないのだ……

 アンナリーゼは、それもわかっているのだな?」

「えぇ、そうですね。

 あ、ありがとうございます、公世子様」



 公世子から渡された剣を私は抜くと、さすが近衛隊長が、自分の剣の柄に手をかけている。

 私が剣を抜くのだから、近衛隊長の反応は、君主を守る人物としては少し正しい。

 正解は、自分でこの剣を抜いて確認したうえで私に渡すことが正しいのだが……この国は、平和だから仕方ない。


 剣が使える人が見れば、一目瞭然であろう。

 いわゆる人を傷つける剣でなく、儀式用の剣であることに。

 私は剣の根本を引っ張る。

 みんな不思議そうに私の行動を見ているが、普通、壊そうとしているのだからとめないだろうか?

 キュポンっと音がして柄から抜けると、その中から紙切れが出てきた。

 中身は、私もしらないのだが……ロサオリエンティスが私のために残してくれたものの1つらしい。


 紙切れを広げて中身をみんなが見えるようにした。

 まぎれもなく女王の字であり、印章も玉璽であった。



「こんなところに……?」

「なんて……?」

「アンバー公爵家に輿入れした、アンナリーゼ・トロン・アンバーにアンバー

 領地の全権を移譲することをここに記す。

 彼女が、公爵権限を必要とした場合、ときの王は初代女王の名において

 移譲するよう進言する。

 なお、無能な子孫たちよ。見習え!」



 公が代読したが、苦笑いするしかなかった。



「こ……コホン。

 女王には、不思議な力が宿っていたという伝説があったな。

 たしか、代々のハニーローズにもその力があると、記されている文献があった

 はずだ。

 そなたが、ジョージアと必ず結婚すると予言した上でのことか……?

 なんとも恐ろしい話だ!」



 私の心の中では、結婚式の日の夜のことを思い出していた。

 短い時間であったが、たくさん話をした。

 まさか、あの短い時間の中で、こんなとてつもないプレゼントを私にくれるとは夢にも思っていなかった。



「アンナ……もしかして、本当に謁見したのか?」



 耳元でジョージアが囁く。

 ジョージアもあの日のことを覚えていたようだ。

 私は、ジョージアの方へ顔を向け、微笑む。



「まだ、何か隠しているのか?」



 目ざとい公世子が私に話しかけるが、首を横に振りニコッとただ笑うだけにした。



「これで、移譲許可をいただけますか?」



 公に向かって話しかけると、目頭を押さえ、首を振っている。

 まだ、ダメなの……?と思って、もう一つの切り札をきろうとしたとき、公から大きくため息がでる。



「あぁ、女王から無能な子孫と言われた上に、アンナリーゼが望むようにと

 書かれている。

 私達は、先祖からの手紙を無視していいわけではないのでな……許可をだそう。

 ただし、筆頭公爵は、今まで通りジョージアである。

 そして、新たに一代限りの公爵位を授けよう……

 アンナリーゼ、一代限りのアンバー公爵。

 手続きをする。

 しばらくかかるので、この分厚い書類はこちらに渡してもらおう。

 公世子よ、そなたが陣頭指揮をとって、この案件詳らかにせよ!

 そして、裁可は、アンナリーゼ、そなたに任せる」

「ありがとうございます!」



 私は、これで公爵位を賜ることになった。

 ただし、喜んでばかりはいられない。

 この爵位は……人の命を狩るためのものなのだから……


 ジョージアの手をギュっと握る。

 これからなのだ……本当に大変なのは。



「公世子様、何か手伝えることがあったら言ってくださいね!

 私、結構いいカード持っていると思うので!!」

「例えば……?」

「んー」



 チラッとジョージアの方を見て、うんと頷いたので、ここで言ってしまおう。



「インゼロ帝国のノクト将軍とかですかね?」

「「「「「はぁ?」」」」」



 驚く面々を見ながら、私は満面の笑みで応えるのであった。

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