第266話 謁見

 公からの召喚状がきたため、私はジョージアとジョーを伴って登城する。

 今回は、公式なものであるため、いつもの調子ではなくきちんとアンバー公爵家の家紋入り馬車に揺られて行く。

 言うまでもなく、私は、公爵夫人仕様である。


 公爵移譲を勝ち取るための勝負と考え、私は真っ赤な赤薔薇のドレスを選択した。

 普段、パステルカラーのドレスが多いせいか、ジョージアがこのドレスを見たとき何故かたじろいでいた。

 失敗できないときこそ思い浮かべるのは、凛と咲く1輪の赤薔薇であるため、今日はこのドレスを選択した。



「見違えるような装いだね?」

「一応、勝負事ですからね!

 やはり、勝つことを考えると赤ですよね!」



 真紅の薔薇のチェーンピアスは、今日は一層誇らしげに輝いているし、青薔薇のピアスは孤軍奮闘とばかりである。

 もちろん、アンバー公爵夫人の証であるアンバーの秘宝のブローチもしっかりドレスの赤薔薇の芯としてつけてある。

 なんだか、このブローチ……結婚式以来、花の芯の役目を担っているような気がする。

 大きな赤薔薇にも負けない大きさがあるからこその起用ではあるのだが、社交界では、1つの流行になりつつあるらしくナタリーに教えてもらった。

 ただし、アンバーでは作らず、別の宝石で作るらしい。

 そこは、アンバー公爵家に気を使ってくれているのだろうか?それとも、価値的に他の方が見栄えするからだろうか?

 真意はわからないけど、1つの流行を作れたことは、誇らしい。



 城の正面玄関に馬車が着き、御者が馬車の扉を開く。

 先にジョージアが降り、私をエスコートし降ろしてくれる。



 太陽の光を浴びたドレスは、一層輝きを放つ。



「エマ、ジョーを!」



 一緒に馬車に乗っていたエマにジョーを譲り受け、抱きかかえる。

 初めて入る城に興奮したのか、嬉しそうにキャッキャッと声を上げていた。



「ジョーは、嬉しそうだな?」

「そうですね、初めて訪れるところに心躍っているのでしょう!まるで、私みたいですね?」

「まるでじゃなくて、アンナそのものだよ!」



 ジョージアが私の腰に手を回し、ゆっくり謁見の間まで歩いていく。

 案内人として、城の文官が前を歩いているが、ジョーが見るもの全てに喜ぶのでいつもよりゆっくり歩いている手前、若干のイラつきを見せてくる。

 後ろでは、大量の資料を持った城の侍従が、たまにふらつきながらついてきていた。



「すまないね!子どもが初めて来る場所に興奮しているものだから……」

「いえ……公爵様、滅相もございません」



 ジョージアも文官のイラつきを感じたのか、先に対処してくれる。

 そういう、小さな気づきを実践してくれるあたり、さすがだと思う。

 私は……そういうフォローがとても苦手だったので、ここは見習うべきところだ。


 ジョージアが一声かけたことで、文官のイラつきもおさまり、私達に合わせてゆっくり歩いてくれるようになった。

 時々後ろを振り返り、ジョーの様子を見ながら、微笑みさえ浮かべている。

 ジョージアの微笑みは、男性でも魅力を感じるのか……ちょっと、視線が熱いですよ?と文官を見つめる。



「本日の謁見場所ですが、大広間ではなく小広間の方となっています。

 集まる方は、公、公妃、公世子、近衛隊長、宰相が立ち会う予定です」

「そうか、ありがとう。結構な人数が集まるのだな?」

「それは、公爵様からのご提案がご提案ですので……」



 この文官は、私達の提案を聞き及んでいるようで恐縮しきっている。


 確かに、こんなバカなこと、誰一人提案する夫人なんて、3国広しと言えども私だけだろう。

 公爵位を持つ旦那から、公爵位を奪……移譲という形で、譲り受けるのだ。



 大量の荷物を持って、後ろを歩く侍従には申し訳ないが……もう少しだけ頑張ってもらおう。

 大広間の扉の前を素通りして、さらに奥にある小広間の扉の前行くと、見知った顔があった。



「エリック!」

「アンナリーゼ様、それと、ジョージア様にジョー様!

 ようこそ、お越しくださいました!」

「お城の中で会うのは、初めてね!」

「そうですね……アンナリーゼ様は、いつも、訓練場で暴れ……踊られていますからね!」



 ふふっと笑うと、エリックも笑う。

 この子、本当に頼もしくなったわね!

 扉の前を警備しているエリックは、杯のときより、近衛らしい近衛になっている。

 これも、公世子専属近衛に昇進したおかげなのだろう。



「頑張ってね!」



 エリックの左腕をパンパンと叩いて激励する。



「アンナリーゼ様、痛いです……」

「ごめんごめん!」

「アンナ、これから謁見なのに、緊張なさすぎじゃないか?」

「そうですか?まだ、扉はくぐっていないですからね!いいのですよ!」



 ニコッとジョージアとエリックに笑いかけると、二人ともため息交じりの苦笑いだ。

 どうして?と思うと、案内してくれていた文官にも同じように呆れている。



「では、扉を開けますね!準備はいいでしょうか?」



 文官は、私達に向け最後の確認を取る。

 私は、頷きその場で簡易の淑女の礼をとる。

 ジョーを抱きかかえているため、しっかりしたのは取れないのだ。



 重そうな扉の片方を文官が開き、もう片方をエリックが開く。

 簡易的な玉座が設えられている小広間からこちらが見えたのだろう。



 中に入るよう声がかかる。



 私は、ジョージアの手をとり、立ち上がると隣に並んで公の前まで歩いていく。

 公爵として、ジョージアが、公へ挨拶する。

 それに伴って、再度淑女の礼をとる。



「召喚により謁見させていただきます。

 アンバー公爵ジョージア・フラン・アンバーと妻アンナリーゼ・トロン・アンバーが

 公にご挨拶申し上げます」

「アンバー公と夫人よ、ようこそ参られた。面をあげよ!」



 その公の一言で、私達は、立ち上がる。



「久しいのぉ?ジョージアとアンナリーゼ。

 そなたらの仲は、噂で聞いていたが……その様子だと仲直りしたのだろう?」



 挨拶だけ終わると、気さくに話始める公に私は面食らってしまったが、ジョージアは慣れっこのようで何事もなかったように話していく。



「お恥ずかしい噂話を公の耳に入れてしまい申し訳ございません」

「いや、いいのだ。夫婦とは、ままならないこともあるのだから……なぁ、公妃よ?」

「そうですわ!」



 ニコッと笑う、公妃もそれなりに苦労してきたのよっと口角が語っている。

 公も相当モテたであろう……公世子を見ていたら……その想像は簡単にできる。



「それで、公世子から話を聞いておる。

 長くなりそうなので、悪いが部屋を移そう。

 それに、可愛らしいお客もおることだしな!!」



 私の抱いているジョーを見て、公は微笑んでいる。

 まるで孫を見る祖父ような目である。



 言われるがまま、私達はさらに移動することになった。

 と言っても、小広間の後ろにある小さな会議場に通され、それぞれに席に座り私達もすすめられた席に腰を掛ける。

 後ろから歩いてきた侍従は、重い荷物に汗だくになりへとへとだった。



「ご苦労様!」



 声をかけると、へらっと笑って部屋から出ていく。

 この話し合いに必要な人のみが残り、バタンと扉が閉められたところから、私の熱弁は始まるのであった。

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