第242話 本音

「旦那様は、ソフィア様のことしか考えてないアホなのだと思っておりました。

 おっと、主に対してアホとは失礼ですね……失礼しました。

 私ども本宅の侍従と別宅の一部は、アンナリーゼ様ありきで動いております。

 もし、裏切るようなことがあれば、旦那様でも容赦いたしませんから」




 ディルが、ジョージアに対してきつい物言いをする。




 ありがとう……ディル。

 私は、ディルの言葉が嬉しくて、泣きそうになる。

 口元を抑え、静かに二人の話に引き続き聞き耳を立てる。




「あぁ、わかっている。

 私も今話を聞いて自分が、アホなのだと気付いたから構わない。

 全力で、アンナの力になろう」

「冷えてしまいましたね。入れなおしますので少々お待ちください」




 ディルは、ジョージアに紅茶を入れているのだろう。

 中から、カチャカチャと食器の当たる音がする。




「ディル、今まですまなかった。

 私が至らぬばかりにアンナにも苦労かけた。

 たくさんの候補者の中から私を指名してくれたと言うのに……

 喜んで手を取ったというのに……」

「旦那様、謝る方を間違えています。

 それに、気にしないでください。

 旦那様が結婚されなかったら、私どももアンナリーゼ様にお会いすることも

 ありませんでした。

 お子様も旦那様の小さいころの様でとても可愛らしいですし……

 アンナリーゼ様は出産後、諦めているのと言いつつも、旦那様をずっとお待ちでした。

 それこそ、夜遅くまで……

 ジョー様を生まれたあとは、領地の勉学に子育てにと忙しそうにしていましたし、

 あとは、たまには体を動かしたいといって騎士団に乗り込んで行っていました。

 お友達がいらっしゃるそうですね。

 アンナリーゼ杯という試合もあって優勝したと言って帰ってらっしゃったことも

 ありました。

 お子様は、基本的に乳母をつけることもなくご自身でお育てになっていますよ。

 乳飲み子の頃は、常に侍女を側に置き、ご自身が勉学中や運動中は面倒を見させて

 いましたし、旦那様から毎月一定の金額を全額投資し、倍以上に増やしてらっしゃい

 ますよ。

 アンナリーゼ様には、才覚が御有りなのでしょうね。

 おもいきりもありますから……

 本宅では、贅沢はしていませんが、心潤う生活を送らせていただけています。

 お庭の手入れもされていなかったため、庭師を雇いご自身も花壇や小さな畑を作って

 らっしゃいます。

 ご自由に使ってくださいと申してあるので、本宅はどんどん居心地のよい場所へと

 変化していっています。

 食事にしても、以前は1人でお取りしていましたが、1人ではおいしくないので、

 侍従たちと賄いを食べると使用人の食堂に通われています。

 かといって品が落ちるわけではなく、仕草やマナーは一級品。

 侍従たちも真似をしていますので、侍従たちの質も上がりました。

 旦那様がいなくなったあの日より、アンナリーゼ様は、いきいきと動きまわって

 らっしゃいます」




 私は、それほど、ディルと一緒にいる時間は多くない。

 侍従たちから上がってくる報告書をきちんと読んでいるのだろう。

 私のことを視認だけでなく報告書を通してもよく見ているなと、思わされる。




「それでは、次にアンナがしたいことはなんだろう。

 私には、家を出ていくと言っていたのだが……それは困る……

 私も本宅に帰ってくるのでどこにも行かないでほしいのだが……」




 ジョージア様は、まだ、私に興味があるの?

 本宅に戻ってきてくれるの……?



 私は、嬉しいような何とも複雑な気持ちだ。

 帰ってきてくれるなら……側にいてくれるのなら……どこにも行きたくない。

 でも、私には、やりたいことも、元々の人生の目標もある。



 きっと、帰ってきてくれたとしても、背を向けて領地に向かう。

 それが、私の残りの人生をかけた大仕事だと思うから……




「私には、まだ伝えられていないので、私見でもよろしいですか?

 何度か、旦那様にも提言されていたと思いますが、領地改革をするものと思います。

 色々と資料を取り寄せてらっしゃいましたし、十数名を本宅へ呼ばれておりました。

 少し資料を拝見させていただきましたが、まず来年の冬に農地整地をするようですね。

 その前に収獲があるので新しい農機具の採用であったり、農業協会なるものを作って

 農機具や苗等の改良をしたり、改良する研究所も作るような記述がある資料を

 拝見しました。

 他にも税改革や働き方、あと目玉として学校を作って識字率を上げたり、今、

 ばらばらに動いている領地内のそれぞれ地場産業をまとめたいと考えているようですね。

 本当にたくさん学ばれているようですよ!」

「私見でそれだけアンナの考えを言い当てるとなると、かなりディルも勉強していると

 思うが……ついていくつもりか?」




 ディルには、本来の領地改革をするにあたっての資料を見せたことがあった。

 私達だけで考えてみて、領民に受け入れてもらえるかとか、研究したいこと、進めたい産業などたくさんあるのだ。

 ほんの少しの資料と、領地へ呼び寄せただけで、こんなに私がやろうとしていることがわかるものなのかとディルの優秀さに正直驚いた。




「そうですね、アンナリーゼ様に請われれば行きます。

 公爵家を捨てでも。

 でも、今のところ何も言われていませんからね……

 こればっかりは、アンナリーゼ様の心次第なので、なんともわかりません」




 寂しそうな声を聞くと、あぁ、一緒に来てほしいなと思ってしまう。

 でも、ディルには、こちらの管理もお願いしたいと考えている。

 いずれ、こちらにも帰ってくるのだから……優秀な人は、なるべくあちこちに配置したい。




「あ、旦那様は、別宅でソフィア様を縛っておいてください。

 アンナリーゼ様が、本宅を離れると本宅に入りたいと望むことと思いますが、

 この館は先ほども申しましたが、アンナリーゼ様の館です。

 絶対に受け入れたくありませんから……

 お二人にもその方が安心でしょう。

 お子様が5歳になれば、戻ってくるようなこともおっしゃっていましたから。

 第一夫人をまさか、別宅に押し込めるなんてことしないですよね?」




 ふふっと笑ってしまった。

 きっと、ジョージア様は、ディルの意地悪にたじたじになっているだろう。




「うっ……それはもちろんだ。

 別宅で生活は、するようにする、もちろんだ……

 領地改革か……今、確かに領地からの収入が減っていっている。

 人口も減っているときいている。

 この前、公世子様に言われ、アンナが領地へ赴いたと聞いて行ってきたんだ。

 領民たちは、口々に公爵夫人は、おもしろい人だとか尊敬しているとか、

 いい嫁さんもらったな!と言ってきたのだ。

 今まで、そんなこと言われたことなんてなかったのに。

 アンナの中に明確な改革のイメージがあるのであれば、領主代行をしてもらうことも

 できる。

 そなたも、その時になったら一緒に向かいアンナの手足となって動いてほしい」

「旦那様そのように言っていただいて、嬉しく思います。

 ただ、こちらも疎かには、しておけませんので、アンナリーゼ様ご自身が

 おいおい人選していくでしょう。

 私は、公爵家の執事です。

 アンナリーゼ様につき従いたい気持ちはもちろんございますが、それをあの方は

 許さないでしょう。

 公爵家も大切にされている方ですから……」




 ディルの口から出てくる言葉は、私を褒めてくれることばかりだ。

 悪いところの方が多いはずなのに……きっと、いいところをきちんと評価してくれているのはとても嬉しく思える。

 悪いところ……直さないとな……丸投げとか……突発的に出かけるとか……




「あぁ、空が白んできましたね。

 旦那様とこれほど長くお話したのは久しぶりでございますね。

 私個人の意見ですが、旦那様はアンナリーゼ様の様な奥様を娶られてよかったと

 思っています。

 勤勉で努力家で、行動力も責任感もある。

 第一夫人としては、これ以上いない人材でございます。

 こんなこと申すのもあれですが、トワイス国の王太子やこちらの公族が欲しがった

 理由も頷けますね。

 旦那様は、アンナリーゼ様に指名されたと伺いました。

 彼女は、見る目のある令嬢だったのですね」




 ディルが、ジョージアの別邸への移動準備をするため応接室を出てきた。




「アンナリーゼ様?

 このようなところにずっといらっしゃったんですか?」



 私は、公爵夫人らしからぬ、聞き耳をたてていたばかりでなく、廊下にぺたんと座っているのだ。

 ばつの悪い顔をするしかなかった。

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