第230話 お得意様、発見!

「アンナリーゼ様!!」



 倒れてから大広間に戻ってしばらくすると呼ばれたので、振り返る。

 今日は、周りにたくさんの男性がいるので、どこから呼ばれたのか分からずキョロキョロすると手招きしている妖艶な女性を見つけた。




「突然お呼びたてして申し訳ありませんわ。

 私、ジェラン侯爵家のカレンと申します。

 是非、アンナリーゼ様とお話ししたく思っていたのです!

 こうしてお会いできてとても嬉しいですわ!」

「初めましてでいいかしら?」

「はい」

「私の方の自己紹介はいらないわね!

 こちらこそ、お会いできて嬉しいわ!」




 年齢的には、私より少し年上だろう。

 カレンが、何故私を呼び止めたか正直わからない。

 今の私は、社交界では、公爵に見捨てられた公爵夫人と言われていて、あまりよろしいラベルを貼られているわけではない。

 そして、久しぶりに出た社交界で、これだけ男性陣を侍らしている私をよく思わない人も多いだろう。




 トワイスでは、これが当たり前であったから、私は気にしてなかったのだが……




「あの……唐突で申し訳ないのですけど……

 アンナリーゼ様にどうしてもお願いしたいことがあったのです!」

「何かしら?」




 私は、お願いされることも思いつかなかったのでなんだろう?と小首をかしげてみる。




「先日、夫が公世子様から頂いた葡萄酒が、とても美味しくて気に入りましたの。

 でも、公都のどこに問い合わせても取り扱っていないと言われまして……

 夫に聞くと、アンバー領限定で作られてるという噂も聞いたので……

 是非、購入させていただきたいのです!!」




 あぁ、なるほど。

 先日、公世子様に無理矢理買わせた30本の葡萄酒が、実を結んだわけだ。




「葡萄酒ね!

 アンバー領で作ってるのだけど、1度生産を辞めてしまったの。

 だから、たくさん数がないのだけど……

 せっかく、求めていただける方に出会えたのですもの!

 取り扱っている商人を紹介しますわ!」

「本当ですか?

 あの独特な色と風味、渋みの中にも葡萄の甘さもあって……もう、すっかり葡萄酒の

 虜になってしまいましたわ!

 今後は、作られる予定ですの?」

「今年は、畑から整備しないといけないから、来年の出荷には、間に合わないと

 酒蔵からは聞いていてよ!

 お客さんに品質の悪いものを提供するわけには、参りませんから……

 少しずつ今ある葡萄酒の提供となる予定してるの」




 そうですかと残念そうなカレン。

 ここで、しっかり顧客の心は掴んでおきたいものだ。




「もう少し近くへ来てくださいます?」

「えぇ!もちろん!」




 ナタリーに借りっぱなしのセンスを大仰にバサッと右手で開く。

 二人の顔がセンスの後ろに隠れるようにする。

 カレンの左側に体を傾けてそっと私は囁く。




「カレン様は、1番に声をかけてくださったので、あまり多くは提供できませんけど、

 それなりに商人へ便宜は払わせていただきますわ。

 領地主導の政策の上で売っているものですから、値段交渉だけは、ビタ一文おまけ

 できませんので、それだけは了承してくださいね!」

「もちろんですわ!

 ありがとうございます!アンナリーゼ様!」




 それはそれはとっても艶やかにカレンは笑うので、私もどぎまぎしてしまう。

 センスをとじて、カレンに負けじと笑いかける。



 いい交渉ができたので、私は、ホクホクだ!




「そなたら二人が妖しく笑いあっていると、よからぬ企てでもしているのかと

 冷や冷やするぞ!」

「そうですか?公世子様」

「そんなことございませんわ!

 私、アンナリーゼ様から例の物を買えるよう商人を紹介していただく約束をして

 いただけですもの!」




 ねぇ?と私が笑いかけるとカレンもそうですそうです!と返してくれる。

 仲良くなれそうな気がする。




「そなたらは、よくても周りは、真っ赤だぞ?」

「えっ?」




 二人で、周りを見回すと、公世子が言った通り顔を赤らめている私の後ろをついて歩いていた独身男性が多い気がする。




「何をご想像したか、知りませんが……私は、夫だけしか相手にしませんからね!」

「いやいや、そなた、堂々と言うことでもないぞ?」

「いいじゃないですか?

 公世子様みたいにあっちにフラフラこっちにフラフラよりずっとはっきりしてていいと

 思いますよ?」

「アンナリーゼは、少し黙ってろ!」




 何故か私だけ公世子に睨まれ命令されたので、開きかけた口を閉じる。




「公世子様は、第3妃をお迎えになさるのでしょう?」

「あっ!それ、聞きたかったの!」

「黙ってろって言わなかったか?」




 私は、すみませんと口先だけで謝っておく。

 公世子からの扱いが、私だけひどい。




「カレン夫人よ……アンナリーゼにあまり変な噂は吹き込まないように!」

「何故です?この場で、1番のお話し相手だと私は思いますけど……

 公世子様が知っていること以上に面白いことを知っていると私はふんでますわ!」




 黙ってろと言われた手前、カレンの言葉に頷く。




「確かに認めよう。

 どこから持ってくるのか知らんが、そなたらは情報収集能力にたけているな。

 だからこそ、危ういのだ。

 わかってくれ……」

「あぁ、そう言うことですか」




 カレンは訳知り顔で公世子に笑いかける。

 また、それが色っぽいのだ。




「でも、今日は、ただの商談ですもの!

 それは構いませんよね!

 夫に葡萄酒をお渡しなったのは公世子様ですからね?」




 それを言われると公世子は黙ってカレンに笑いかける。




「あれ、うまかっただろ?」

「はい、このような物があったことすら知りませんでした!」

「アンナリーゼにもっと売ってくれって言ったら、もう売れません!って突っぱねられる

 のだ!

 しかも、宣伝しろっ!と言う割に、買えっていうから、始末が悪い!」

「アンナリーゼ様らしいですわね!」




 二人は、葡萄酒の話を始めて公世子の席へ向かって歩いて行ってしまう。




「あの……本当に数が少ないんですからね……?

 宣伝は、してほしいですけど……本当にないんですから……!」




 二人の後ろから弱々しく私が言うと、クリっと二人が振り返り笑いかける。




「再来年を楽しみにしてますわ!」

「はい、それは、もちろん!」




 実は、こんなに、爆発的に売れるとは、思ってもみなかった。

 トワイスでも似たような方法で、殿下にお願いしたらあっという間になくなってしまったのだ。




 品質保証ができないものでよければ来年作れるが、プレミア物を作るのに最低3樽残しておくつもりだった。



 いわゆる嬉しい悲鳴である。



「最低品質でよければ、来年も供給できますよ。

 酔うためだけのお酒を今年は作ったので……」

「あぁ、そんな物もあるのか、それでいい!

 こっそり、来年も売ってくれ!」

「私もそれで構いませんわ!」




 すっかり葡萄酒の虜になった二人は、意気投合したらしい。

 まぁ、この二人は、これから、テーブルで葡萄酒談義と洒落込むみたいだ。




「アンナリーゼ様も早く!ここに座ってください!」


 カレンにせかされ私もその談義に入れてもらう。

 下戸の私は、黙って、聞いているだけであった。

 でもま、葡萄酒を買ってくれるお得意先ができたことがまず嬉しい!

 やったね!ニコライ、ユービス!サムにヒサア!

 心の中でほくそ笑む。




「あら、夫が来たみたいだから、これにて失礼しますね!

 アンナリーゼ様、また、お話し相手になってくださいね!」




 そう言ってカレンは、妖しい雰囲気を艶やかに変え、一人の男性に駆け寄っていく。




「カレンのところは、夫婦仲がよろしいのですね!」

「あぁ、あそこはとびきりいいぞ!

 特にカレンが、侯爵に惚れ込んでいる」

「そうなのですか?

 私もいい話相手ができましたわ!」




 ふふっと笑っていると、公世子から手を差し出される。

 ダンスのお誘いのようだ。




「せっかくだから、もう1曲どうだ?」

「2曲目はダメなんじゃないですか?」

「振られ続けているんだ、ちょっとくらい、俺にも付き合え!」

「わかりました」




 公世子の手を取り、ダンスホールへと二人で歩いていくのであった。

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