第184話 第1回アンナリーゼ杯Ⅳ

「ウィル?」

「何?姫さん!

 ………………何か聞いたの?」




 私は、満面の笑みをウィルに向ける。




「いや、それ、俺の提案じゃなくて……

 あの、ほら、公世子様がね……って、聞いてる?」




 さらにニコニコと口角が上がっていく。




「だぁ!!!

 だから、景品にしない方がいいって言ったのに!」

「そこに座りなさい!」



 私の一喝で、地べたに正座させられるウィル。

 中隊長となったのに何をやらされているんだと皆の興味をそそったようだ。




「どういうことか、説明なさい!」




 私は、高圧的にウィルに説明をすよう要求する。




「いや、だから!

 元は、もっと身内的な試合だったんだ。

 うちの中隊員からも要望があったし、姫さん、この訓練場では人気ものだしさ!

 それで、近衛団長に試合形式で大会をしたいって相談に行ったんだ」




 腕を組み、仁王立ちをしながら正座したウィルを見下ろして、胡乱な目を向けながら頷く。

 ウィルは、逆に、怯えたような顔で、私を覗き込んでいる。




「それから?」

「近衛団長も姫さんに興味があると言い始めて、どうせなら、近衛全体の

 研鑽のために大会を開こうじゃないかって話になったわけよ?」




 そこまでは、納得できる。

 何故、景品が私なのだろう?




「で、そこで優秀な成績を収めたものには、公世子様の近衛になることにすると

 公世子様に進言したらしい。

 そしたら、元々アンナリーゼと試合をするための大会なら、いっそ景品に

 してしまった方が、士気も上がるし、よりよい人材も集まるんじゃないかって

 公世子様と近衛団長との話になっていったわけだよ!」




 俺、悪いとこなくない?とブツブツ呟やいている。

 確かに今のを聞くと、どこもウィルは、悪くないような気がする。





「俺が、優勝するからさ、許してよ!」

「なんで、ウィルが優勝するわけ?

 優勝は、私でしょ!?」




 素っ頓狂な声で驚く周り。



 うん、必ず優勝してみせる!

 だって、私の冠杯だもの!




「ねぇ?私が優勝したら、何もらえるの?」

「それは、しらないなぁ……」

「そう……」




 私は、正座しているウィルに手を差し伸べて立たせると、また、ニッコリする。




「私が勝ったら、ウィルとセバスをいただくことにするわ!」

「はっ?」

「元々、引き抜きしたかったのよね!

 お手伝いじゃなくて……あなたが、欲しいの!」




 人差し指で、ウィルの胸を突くと、ウィルは、顔を真っ赤にしていた。



 大丈夫?と、私はウィルを覗き込む。




「いや……熱烈な……」




 周りからは、何故か冷やかされ、さらにウィルは熟れたトマトのようだ。

 それ以上は、言葉にならなかった。




 4試合目のコールがされ、ウィルの出番となったが、ふらふらと試合会場に行ってしまった。

 本当に大丈夫だろうか?




「アンナリーゼ様……」

「エリック、どうしたの?」

「いえ……何故、ウィル様だけを?」

「正確には、ウィルとセバスよ!

 エリックは、浮かない顔しているけど……」




 エリックは、首を横にぶんぶんと振っている。




「アンナリーゼ様、僕も一緒にとは……ダメでしょうか?」

「それは、私に引き抜かれたいってこと?」




 エリックは、これでもかってぐらい、上下にコクンコクンと頷いている。




「ダメじゃないわよ?

 ただ、ここにも誰か信用のおける人がいてほしいと思うわ!」

「信用のおける人に、僕はなれますか?」

「しているわよ!

 あなたを一目見たときから、きっと、ウィルがそういう風に育ててくれるって

 確信してたから!」




 私の言葉に驚いているエリック。

 そんなに驚くほどのことではない。

 本当に、エリックを見たとき、感じるものがあったのだ。




「エリック、あなたは庶民からの叩き上げだけど、今では、ウィルの立派な副官だわ!

 若いのによく気が付くし、人を動かすのも、事務仕事もどれをおいても

 とても優秀だって聞いてる!

 どうせなら、頂きを目指しなさい。

 あなたなら、できる気がするの!

 ウィルも相当苦労しているみたいだから、決して、楽じゃないでしょうけどね!

 期待している!

 なんたって、ジョーの指南役になってくれるのでしょ?」




 私は、エリックにニッコリ笑いかける。




「覚えてくれていたのですか?

 笑い話の一つだと思っていました……」

「えぇ、覚えていてよ!

 私が見込んだあなたの腕を、子供にも伝えてあげてほしいの。

 だから、今後は、絶対、剣を握ったら、相手を見下さない、舐めない、

 手を抜かない、いつでも全力で叩き潰しなさい!

 その姿をみて、後ろからついてくる人もいるのだから!」

「わかりました!

 昨日は、どうかしていましたね……

 アンナリーゼ様が言われることは、もっともだと思います」




 私は、背伸びをしてエリックの頭を撫でる。

 嬉しそうにはにかんでいる姿が、まだ子供だなぁと思いながら、きっとエリックなら大丈夫だろうと思った。





 今日は、先にエリックの試合の方が先にコールされる。

 私は、取り残されてしまった。




「アンナリーゼ様は、ああやって人を誑し込んでいくんですね!」




 振り返るとパルマが、訳知り顔で頷いていた。

 その耳には、アメジストのピアスが光っている。




「誑し込むだなんて……

 私は、いつでも思ったことしか言ってませんよ?」

「そうなのでしょうけど、エリックは、きっと欲しかった言葉をもらえたはずです」

「そうかしら?

 そうだと、嬉しいわね!」




 パルマに向かって笑いかける。



「僕も、何故、アンナリーゼ様と同級生に生まれなかったのか……

 残念に思ったこともありますが、僕は、きっと年下に生まれて、

 あなたの側で勉強して、あなたの思うような文官になれるよう努力するため

 だったのではないかと最近考えています。

 アンナリーゼ様って、いつも変なことを言い始めるから……

 おもしろくて、たまりませんね!」

「おもしろいって、失礼ね!

 私はいつでも、本気だし、大真面目なんですけど!」




 私は、パルマに向かって、むぅっと怒っているのですよ頬を膨らませる。






「やっと勝てた……」




 そこにウィルが、帰ってきた。




「遅かったわね?」

「誰のせいだよ!

 俺、危うく負けるとこだった……」

「私のせいじゃないわよ!

 負けそうになったのは、ウィルが集中しなかったせいでしょ?」

「そりゃそうだ!」




 ウィルは、当たり前のことを言われたといい笑い始める。

 そこにエリックも帰ってきた。

 ホコホコ顔ってことは、勝ったのだろう。





 次は、私の番のようだ。

 試合会場から、コールが聞こえる。




「じゃあ、行ってくる!!」



 ウィルたちに手を振って、私は試合会場へ駆けていくのであった。

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