第156話 どうされました?

 最近、ジョージアのため息が増えた。

 今日も執務室で、2人仲良く領地の勉強をしているところなのだが……

 このため息は、一体、何回目のため息なのだろう?



 正直な話、ため息ばかりつかれると胎教によくない気がする。

 しかも、回数が多いからものすごく気になる。




「ジョージア様、どうされましたか?」

「えっ?

 どうって……何が?」





 自分では、ため息をついていることに気付いていなかったようだ。





「ここ最近、ため息ばかりではありませんか?

 どうされました?

「ため息?出てたのか……」




 指摘しても、ジョージアはずっと、浮かない顔をしている。

 そんなので、執務は頭に入っていっているのだろうか?




 私は、そんな辛気臭いジョージアには気分転換も必要だと思い、ジョージアの左手を握ると部屋から出た。




「アンナ、どうしたの?

 いきなり……どこに行くんだい?」

「いいから、外に行きますよ!!」




 私はジョージアを無理やり引っ張って外に出ようとする。

 私が妊婦なので、それほど力は入れていないが、ジョージアに抵抗される。




「アンナリーゼ様、どちらに?」

「ディル、いいところに!

 執務室、片付けておいてもらえるかしら?」

「かしこまりました」




 憂鬱そうな顔のジョージアを連れて、私は街に出ることにした。

 今日は2人とも貴族らしからぬ、庶民の服装だったため、そのまま門を開けて出て行く。



「アンナ!

 どこにいくんだ?」

「ジョージア様のため息、正直、うんざりしてたので、美味しいお菓子でも

 食べたくなりました!」




 久しぶりの外へ行けることとデートに私は、ウキウキとするが、ジョージアは、なぜかハラハラしている。




「アンナ、人通りが多すぎる!

 こんな中を歩いてみろ!

 体に良くないし、子供にも……」

「心配無用です!

 ジョージア様のため息を数えるほうが体にも胎教にもよくないですから!

 さぁ、行きましょう!」




 手を繋いでずんずん進んでいく私の後ろからジョージア様が歩いてくる。





 歩いて10分ほどで公都の中心街だ。

 私も久しぶりに出かけたので、はやる気持ちもあったが、ここは、平常心。

 慌てて転んだら、お出かけどころではなくなる。




「どこに行きますか?」



 思いたって出てきたが、気を利かせてくれたディルがちゃんとお小遣いを用意してくれたので、軽く食べたり遊んだりくらいなら、できる。



 ウキウキしている私に諦めたのか、ジョージアは、また別種のため息を一つついて私の提案に乗ってくれる。





「そうだな……

 せっかくだ、少し散策でもしようか?」

「じゃあ、今、話題のケーキを食べに行きましょう!」

「最終目的地だな」




 私は、嬉しくなってふふっと笑うと、ジョージアも笑ってくれる。

 さっきよりは、いい反応だ。



「ではさっそく……」




 私は、周りをキョロキョロする。




「じゃあ、あの露店で勝負しましょう!」




 そこは、手のひらサイズのボールを棚に並べられた景品に当てて落ちればもらえる露店であった。

 わけもわからず、付き合わされるジョージア。




「こんにちは!

 2人分お願いします!」




 そう言ってお金を渡すとボールが5個出てきた。



 それぞれ好きなものを狙う。



 私は少し大きめのクマのぬいぐるみを狙った。

 大きいので当たるが、落ちるまではいかない。



 隣で、ジョージアは、手頃なサイズの景品をポコポコっと当てて4つの景品をもっていた。

 私も頑張って投げている最中だ。

 なのに、倒れない!!



 むぅーっと唸りながら最後の一球を投げた。

 クマのぬいぐるみは、そのボールの威力と自らの重みでコロンと棚から落ちていく。



「やった!やったよ!

 ジョージア様、見てみて!!」



 指差しながら喜んでいる私を、微笑ましく店主と一緒に見てくる。



「嬢ちゃん、ほら。

 おまけだ!」




 店主のおじさんは、私があまりにも喜んだので、大きなクマと小さなクマのぬいぐるみを渡してくれる。




 ありがとう!っと満面の笑みで、応えるとおじさんがコホンコホンと咳払いをしている。




「いや、いーってことよ!

 そんなに喜んでもらえるなら、ぬいぐるみも俺も本望だ!」




 2体のぬいぐるみを両手に抱えて持とうとすると、危ないからと大きなぬいぐるみをジョージアに取られてしまった。

 小さい方を持って歩く。

 あいている方の手は、ジョージアに握られる。



 街の子供たちが、私とジョージアの手にあるぬいぐるみを見て笑っていた。



「大人なのにって……

 まぁ、確かに……そうですね……

 かわいいものは、好きだからいいんですよーっだ!」



 子供たちにからかわれてちょっと、拗ねてみせる。

 隣でジョージアがクスクス笑っている。




「何ですか?」

「いや、むきになって、かわいいなと思って……」

「ジョージア様、私のことバカにしてます?」




 胡乱な目で見つめる私。




「いや、そんなことないよ!

 かわいいものは、好きだからいいんですよ!」




 私の真似をして、ジョージアに真面目にそれを言われると、恥ずかしい……

 私は、手に持っていたクマのぬいぐるみで顔を隠す。




「ほらほら、かわいい顔は、見せて!」

「やだ!」

「ほらー!」




 わざとやっているとしか思えないジョージアにちょっと怒った顔をして睨む。




「うちの奥さんは、かわいいんだよ!」




 なんて、追い討ちをくらってしまう。

 道の真ん中で、言い合いしたりじゃれたりしているので、買い物に来ていた奥様方に生暖かい視線を私達はたんまりもらうことになった。






 落ち着いたころには、目的地のカフェがあった。



 中に入ると静かで、おしゃれな内装である。



「いらっしゃいませ」



 落ち着いたウェートレスが、私たちを席に案内してくれる。



 窓際で、中庭が見える席であった。

 手入れのされている中庭には、赤い薔薇が見事に咲いている。



 注文をして私の前には、シフォンケーキとオレンジジュースが並び、ジョージアの前にはクッキーと紅茶が並んでいた。




「ジョージア様が甘いものって珍しいですね?」

「そうだね。

 アンナに食べさせられないと食べないからね……」




 ジョージアは遠い目をしていたが、クッキーも美味しそうである。




「目をつけたかな?」

「はい。美味しそうです!」

「じゃあ、交換ね」




 5枚あった丸いクッキーを私のケーキの横に1枚置いてくれる。




「じゃあ、まずは、アンナが食べてから、アンナのを一口頂戴!」

「わかりました!」




 私は、目の前のシフォンケーキにフォークを入れる。

 フワッとしたケーキに感動している私は、切った一切れを口に運ぶ。

 優しい味であった。

 ほんわりとする。



 もう一切れフォークを入れ、ジョージアへ視線を送る。

 たぶんさっきの食べているときも見ていたのだろう。

 トロッとした蜂蜜色の瞳は、私を見て、さも嬉しそうにしている。




「ジョージア様、はい、あーん!」

「あーん!」




 ジョージアの口にシフォンケーキを放りこむ。

 思った以上に甘さが控えめだったため、ジョージアも食べやすそうでうまいなと呟いている。




 屋敷にいたときより、ずっといい顔になったなぁと、ジョージアの顔を眺めている。

 こんな日は、いつまで続くのだろうか……



 今は、この時間をおもいっきり楽しもう。

 そう、心の中で私は呟くのであった。

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