第147話 初めまして

 座っていると、私の上から影がおちる。




「失礼を……

 アンバー公爵夫人様ですか?」

「はい、そうですけど……

 どちら様ですか?」




 前回の夜会で目についていた男性が目の前にいた。

 黒髪に黒目の隣国の子爵、バニッシュ子爵だ。



「初めまして、エール・イーナ・バニッシュです。

 隣国で子爵を拝命しております」

「初めまして、アンナリーゼ・トロン・アンバーです。

 バニッシュ子爵は、何故私を?」



 疑問を投げかけてみる。

 この人、ソフィアと浮名がある男性だ。

 好色だとも噂があった。



 なので、柱の向こうでウィルが警戒するのがわかった。

 それを手で制す。



「いえ、前回の夜会でお見かけしたのでお声をかけようと思っていたのですが、

 タイミングを逸してしまって……

 お一人でしたので、声をと思いまして……」

「そうなの……

 ジョージア様は、公世子様に取られてしまいましたから……」

「お加減でも悪いのですか?

 椅子に座ってらっしゃるので……」

「いいえ、少し疲れてしまいましたの」



 あいまいに言葉を濁す。

 ソフィアに筒抜けってなると困るのだ。



 話題に困る。




「アンバー公爵夫人様は、投資をされているとか……

 何か面白い投資先はないのか、お聞きしようかと思いまして」

「おもしろい投資先ですか?」

「そうです」

「この国なら、南の方の商業施設当たりがいいかなぁ?と思いますけど……

 もちろん、すでに投資されていますよね……」



 うーんと唸っていると、ふふっとバニッシュ子爵は笑う。



「どうかしたのです?」

「いや、アンバー公爵夫人は、可愛らしい人だと思いまして」

「……子供っぽいと?」

「いえ、そうではありません。

 もっと、じっくり腰を据えて話がしたいですけど、時間取ってもらえますか?」

「時間をですか?

 いつか、機会がありましたら……」



 そこでお別れの挨拶で締めくくろうと思っていた。



「あぁ、そうそう、アンバー領でとれる最高級の紅茶。

 あれは、とてもおいしいですね!

 ぜひ、私にも紹介していただきたい!」




 食えない男ね……

 私が、あの農場一体を全部買い取っていることを悟っているようで、笑う顔ににじみ出ている。

 でも、そこは、焦らない。

 あの農場事体、学生の頃に買い取ったものだし、私も今ではアンバー家の仲間入りをしている。

 なので、いずれ輿入れもと考えられていたと返せば別にそこは問題ないし、単に私に興味があって調べているのなら、こちらもそうさせてもらうだけだ。



「バニッシュ子爵もあの紅茶の愛飲家ですか?

 アンバー領で採れるものの中で、生産量も少なく少ししか出回りませんけど、

 愛飲家の方に出会えて嬉しいかぎりですわ!」



 まぁ、単にお茶会に誘ってくれと言われているのだけど……

 今は、紅茶も控えるように言われているので、お茶会開くから来てね!と、商売方面の宣伝もできない。

 しかも、ソフィアと繋がっているとなれば、なおさらだ……



「そうなのです!

 あの香り高い紅茶は、見事だ!

 いろいろな地域のものをいただいたが、あれば別格。

 何か秘密でも?」

「秘密ですか……?

 作り手が、いいからでしょうね!」



 うぅ……お茶会に誘導されそう……



「作り手ですか……

 我が領地でも、何か特産品をと考えているのですがね……

 特にこれというものがなくて……」

「バニッシュ子爵は、隣国であるローズディアのことは、よくご存じなのに

 自領のことは、あまりご存じないのですか?」

「と、いいますと?」



 わ……食いついてきた……

 あまり、バニッシュ領のことは、知らないのだけど……

 最近、気になる情報は得ていたので、その話をすることにした。



「化石燃料はご存じですか?」

「なんとなくは……」

「今後、稼げる産業になると思いますわ!」

「その心は?」

「神のみぞ知る……と」



 私は、曖昧に笑っておく。

 そう、かなりのビジネスチャンスがくる!そんな予感をしたのは、本当だった。

 ただ、どのようなと言われるとそこまで見当がついていなかったのだ。



「なるほど、参考になりました……

 領地に帰って早速、検討いたしましょう!

 その際は、是非とも投資いただければ……」

「そうね!利益があるものだと思うから、考えておくわ!」



 投資家と投資先という関係になりそうだ……

 めんどうだなぁ……顔には、おくびにも出さず、絶えず笑っておく。




「なんの話をしているんだい?」




 私達の話に割り込んできたのは、ジョージアだった。




「これは、これは……

 アンバー公爵様」

「あぁ、バニッシュ子爵か……」



 ジョージアは、バニッシュ子爵をキッと睨みつけている。

 私は、スッと立ってジョージアの隣にたち、腕をからませ、甘えるようにする。



「ジョージア様、バニッシュ子爵とは投資の話をしていたのですよ!」



 覗き込むようにジョージアを見ると、柔らかく微笑んでくれるが、一度視線が外れると厳しい顔に戻る。



「投資?」

「はい、投資です。

 バニッシュ子爵は、我が領の紅茶の愛飲家でもあるようでして、その話と、

 バニッシュ領の特産品について話していました。

 今後、バニッシュ領の特産品は、大掛かりなお金も必要になるのでって話です」

「夫人の目の付け所に感服していたところです!

 とても、時勢に聡い方ですね。

 女性にしておくのが惜しいくらい、私なんかより領主向きの方のようです!」



 絶賛してくれて……ありがとう。

 でも、何も私からはでないわよ!

 少し、警戒度をあげながら、作り笑顔でホホホ……と笑う。



 気を良くしたのかジョージアは、機嫌はよくはなったが、好色家と噂のバニッシュ子爵に警戒はしているようだ。



「では、私どもは、これで失礼します。

 この後も楽しんでください!」



 ジョージアが、締めの言葉を残し、その場を退出した。




 ウィルもずっとそばにいてくれたので手で挨拶だけしておいた。




「アンナ、バニッシュ子爵には、気を付けるんだよ?

 お誘いは、断るように……」

「ジョージア様、顔が怖いですよ!

 お誘いは、断りますから大丈夫!

 でも、投資家としては、底がしれませんね……」

「うちの奥様は、金勘定が好きだね……

 投資投資と……たまには、俺も言われたいな……」

「そんながめつくありません!!

 それに、ジョージア様のことが1番大好きですよ!」




 私は、今、ハイヒールを禁止されているので、ジョージアよりかなり背が低い。

 なので、かがんでっと腕を引っ張ると少しかがんでくれる。




 ジョージアの首に両腕を回し、キスをすると応えてくれる。




 あぁ、そういえば、ここ王宮の玄関だった……

 いいよね……誰も見ていないはず……





 不都合なことは、忘れることにし、今晩も仲良くすごすのであった。

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