第114話 休息と約束

 肩にもたれかかって寝ていた兄を私は揺り起こした。

 秋口になり、日が傾き始めると寒くなるのだ。

 生まれたばかり赤ちゃんがいる兄に風邪をひかせるわけにもいかないので、揺すって起こす。



「お兄様、起きてください。風邪ひきますよ?」

「んぅ……」



 ふぁーあと、兄は暢気に伸びをしている。



「大丈夫ですか?」

「うん。よく寝たから……」



 そうは言ってもまだ眠そうだ。

 無理はしていないと思うけど、ちょっと精神的に削られているのだろうか。

 未だ、覇気がない兄。



「セバスとニコライにはもうお会いになりましたか?」

「いや、まだなんだ……殿下にちょっと前まで付きっきりだったから……」



 真面目に仕事はしているようで何よりだ。



「会いますか?呼べば、二人とも来てくれると思いますけど……」

「そうだなぁ……久しぶりに会いたい気持ちはあるけど、今は、アンナと話して

 いたい気分だ」



 こんな風に言ってくる兄は珍しい。私が、実家に一時帰国したときもこんな状況だった。

 一体何が兄をこうしてしまったのだろうか?



「お兄様、今日はご飯食べにいきましょうか?二人で、ゆっくりと」

「でも、アンナには、ジョージアが待っているだろう?」

「そうですけど……お兄様との時間も大切にしたいですよ!」



 私が微笑みかければ、兄はなんだかホッとした顔をしている。



「デリアって言ったかな?ごめんね、ジョージアにアンナをしばらく借りるよって

 いっておいてくれる?」

「え……えぇ……構いませんけど……」



 デリアは、私の方をチラッとみて反応をみているようだ。

 私はコクンと頷くと伝言を伝えにデリアは、また、屋敷に戻っていってくれる。



「じゃあ、いこうか……って、この服じゃダメだな」

「ちょっと、待っててください」



 私は、ウィルに服を貸してくれるよう交渉に行くと、わざわざ一緒についてきてくれ、兄を自室に連れて行ってくれた。


 私は、その間、みんなの訓練を眺めている。



「セシリア!」

「なんでございましょう?」

「あそこのあの子、たぶん伸びるわよ!ウィルの下につけてあげてくれると嬉しいな」



 そういって、新兵練度中の男の子を指した。



「私には、それほどいい兵になるとは思えませんけど……」

「だよね。でも、ウィルに任せてみて!とびっきり強くなると思う!!」



 パッとみた瞬間、あぁーウィルならちゃんと育てられるのに、あの教官だとダメねと感じてしまった。

 軍に口を出すつもりはないけど、ウィルも上官となって練兵をしないといけない立場だ。

 従属も連れて歩く日もそう遠いわけではないと私は考えていた。

 なので、できるだけ、ウィルにもいい従属が付くといいと思ったのだが……いるじゃない。



「姫さん、従属って……まだ、早いよ。それに、俺に育てられるかわかんないし……」

「ウィルにしては、弱気ね?」

「そりゃね。人の生き死に関わるようなもんだし、慎重だよ」

「そういうと思ってた。でも、少し話してみて!多分、気に入ると思うし、ウィルも

 うまくなってあの子もうまくなるはずだから!」



 ウィルはその言葉を聞いても首をひねっているだけだ。



「ほら、モノは試し。軽く、剣、交えてみたら?」

「そこまで言うなら……」



 私が指名した子に話しかけるウィル。

 ウィルはとても驚いているようだ。何を話しているのだろう……と気になって見ていた。



「アンナ、お待たせ!」



 兄は、ウィルに借りた服を着ているが、身長も厚みも違うので、服が大きいようだ。

 その中でも、まだましだったものを着てきたらしい。

 子どもが大人の服を着せてもらっているように見え、少し笑える。


 二人でお城から出ていく。

 門兵のお兄さんたちは、連れている兄を見て、アンナリーゼ様!?となんか驚いていたけど、私の身内だからっていって黙らしておいた。

 門兵のお兄さんたちってよく話を聞いてくれるのよね。



「アンナって、この城も顔パスだったりするの?」

「もって……そうですけど……」

「どこにいっても、アンナなんだな?」

「そうですよ?アンナはアンナでしかないです」



 ニッコリ笑うと、兄は少し切なそうだ。



「何食べましょうか?ちょっと子供っぽいものにします?オムライスとかハン

 バーグとか……」

「ハハハ!それって僕が元気ないときに母様が用意してくれるやつだ!」

「他のがいいですか?私は久しぶりにトマトケチャップのオムライスが食べたいです!」

「おいしいところ知っているの?」

「知ってますよぉー!行きましょう!」



 兄の手を取りレストランに行くことにする。

 私のリクエスト通り、ケチャップのかかったオムライスを二人で頬張る。



「ケチャップ、ついてますよ!」

「え?どこ?」



 ふふふ……

 慌てて、手で擦っている兄が可愛らしい。



「反対側です!」



 ナプキンで拭いてあげると、兄は恥ずかしそうにしている。

 お水のお替りを持ってきてくれるおばさんが、私たち二人を見て微笑ましい顔をしていた。



「可愛らしい彼女さんだね?」

「おばさん……僕の妹だよ!」

「えっ?そうなのかい?可愛らしい恋人かと思ってたわ!」



 私たちを見て驚いていたおばさん。

 他のお客もそのように思っていたらしく、徐にコホンと咳をしている人までいる。



「おばさん!おいしかった!また来るね!!」



 私たちはちょっと居づらくなったので早々に店を後にした。


 そこから、公都の屋敷までは、歩いて10分くらいだ。

 二人並んで歩いて帰ることにした。



「お兄様は、今、何が楽しみですか?」

「うーん。クリスの顔をみて、エリーの顔を見るのが楽しみかな?」

「じゃあ、どうして、そんな辛そうな顔ばかりしているのですか?」

「そうかな?僕はそんなひどい顔しているかな?」

「うーん、そうですね。私は、今、自分のことで精一杯なので、お兄様のことなんて

 構ってあげられません。だから、何かあるなら、今のうちに全部吐いちゃって

 ください!」



 こっちを見下ろしている兄を私は見つめる。



「なんて、あけすけな……」

「なんでも言ってください!私に解決できることなら、してさしあげます!

 もちろん、それなりに『コレ』は、いただきますけどね!」

「うちの妹が……」

「なんですか?私、ちょっと入用なので……」

「わかった、援助しよう!」

「約束ですからね!!じゃあ、さっさと言っちゃいましょう!」

「いや、さっさとっていうけどさ、なんか、漠然としてるんだ……」



 それから、しばらく、兄は黙ってしまった。

 私は、一歩兄に近づいて抱きしめる。


 自信がない。

 大丈夫って言ってくれる人がいない。

 エリザベスも今は、兄どころではないはずだ。

 お兄様って、意外とヘタレだものね……

 寂しがりやだったりもするし、引っ込み思案なところもある。

 今までは、私が連れまわしていたんだけど……

 こればっかりは、仕方ないのだ。



「お兄様、大丈夫ですよ。いつまでも、アンナが味方です。辛かったら辛いって

 言ってもいいですし、怒りたかったら怒ってもいいです。泣いたっていいんです。

 自由はないですけど、たまには、のんびりしたっていいんです。感情が吐けなくて

 苦しいなら、いつでも言ってください。ぎゅっと抱きしめますから……」



 すると、静かに泣いているのか微かに震えている兄。

 背中を撫でていると肩に頭を預けてくる。その頭をよしよしと撫でた。


 ちょっと、頑張りすぎたようだ。



「お兄様、一緒に寝たら、ジョージア様怒るかな?」

「さぁあね、僕としては、たまには妹と一緒にって……シスコンじゃん……!」

「じゃあ、私はブラコンですか……いっそ、ジョージア様も入れて三人で川の字で

 寝ます?」

「バカなことを……」



 アンバー公爵家の門前で笑いあっている。



「じゃあ、子守歌でも歌ってさしあげますよ!」



 冗談でいったのに……



「……頼む」



 なんて言われたら、断れなくなってしまった。

 兄には、休息が必要なのだろう。

 私にできることなら、1時間でも2時間でも歌って差し上げますわ!と思って屋敷に帰った。



「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、アンナリーゼ様」



 ディルが迎えに来てくれる。



「ジョージア様がお待ちですので、一度、ジョージア様の部屋へ顔を出していた

 だけますか?」

「わかったわ!夜遅くまで、ごめんなさいね」

「いいのですよ。ご兄妹で積もる話もあるでしょうから……」



 ありがとうと言って私たちは、ジョージアの私室へ向かう。



「ジョージア様、ただいま戻りました」

「あぁ、おかえり。サシャもいらっしゃい!」

「ジョージア、すまない。今日は、お世話になるね……」

「気にしなくていい。アンナの兄で俺の友人だから」



 お茶でもとジョージアは言ってくれたが、とにかく兄を休ませたかったので今日は遠慮すると言って部屋をでた。



「客間に用意してもらってますから、そちらに……」

「アンナの部屋がいいな……」



 私の部屋?まぁ、いいけど……ん?よくないのか?お兄様だから、いいか……?

 私の部屋に兄を連れて行く。

 さすがにそのまま寝るのかなぁ……と思うと嫌だったので、デリアに客間から夜着を持ってきてもらい着せ、ベッドに寝かせる。


 なんだか、大きな子供を相手にしている気分だ。

 そこから、母がしてくれた寝物語に始まり、子守歌を1時間ほど歌ったところで、兄は眠りについたようだ。

 しっかり握られた右の手は、不安からなのか離れそうにない。

 しばらく私も握り返していた。


 コンコンっとノックの音がしたので、入出の許可を出すとジョージアだった。



「どうされましたか?」

「サシャが、部屋にいないと言っていたから……」

「お兄様ならここですよ!」



 小声でこそこそと話すと安らかに眠る兄にクスっと笑う。



「サシャも寝顔を見ると、アンナとそっくりだな」

「兄妹ですもの!」

「確かに……アンナは、ところでどこで眠るの?」

「私は、しばらく兄についてます」



 ジョージアは心配そうにしてくれるが、別にたいしたことではない。

 私が今まで、兄にしてもらってきたことだ。



「大丈夫ですよ!」

「うん、わかった。じゃあ、明日は、アンナもゆっくりするといい。母上は、

 友人と観劇に行くと言っていたし、視察に行こうかと父上には誘われてたから、

 そちらを優先するよ」

「お気遣い、ありがとうございます」



 おやすみ、アンナとおでこにキスをしてジョージアは部屋を出て行った。

 私は、兄の寝顔を見ながら、のんびり夜の明けるのを待つのであった。

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