第98話 夢からのお告げ

「トワイスの状況はどうなっている!?」

「アンジェラ、やっと会えた!トワイスは、なんとかサンストーン宰相のおかげで

 持ちこたえている。

 父上も領地の貯えの一部を開放するとフランを連れて領地へと向かわれた!」

「クリス、ここの貯えの配分は、あなたに任せるわ!前線で戦っているレオになる

 べく送ってあげて。こちらの分は、アンバーのお屋敷から持ってくるから!!」

「わかった!君は、作戦会議向かえ!こちらのことは心配いらない!」



 コクンと頷いた銀髪の少女は、破けたドレスを翻し、作戦会議の開かれている学園長室へと入っていく。

 少女の後ろ姿を見送る青年は、ため息をついた。青年の指に光るのは、紫の薔薇。



「まったく、僕の従妹は、あんなに勇ましくなっちゃって……ますます、おじさんに

 似てきて美人になったな……そして、おばさんに似てかっこよくなっていくな!」



 クリスと呼ばれた青年がちょうど見上げたのは、学園の正面玄関に飾られた、ジョージアとアンナリーゼを描いたティアが描いた絵であった。



 銀髪の少女……アンジェラ。



 さっき見たけど、両耳には、真紅の薔薇のチェーンピアスが揺れていた。

 容姿は、ゾクッとさせるほどの気品に満ちた美少女である。

 これで、まだ私と変わらない年だなんて信じられない……そんなことをぼんやり見ていた。



 今、私は夢の中だ。

 ローズディアとトワイスの内乱終息を急ぎ、次の帝国との攻防へシフトしていっているところだろうか。

 とにかく、ひっきりなしに人が動き回っている。



 そういえば、さっきの青年……確か、クリスとアンジェラは呼んでいたわね……?

 容姿は、兄にそっくりだけど、エリザベスのように強いまなざしをしていた。

 そして、私が兄とエリザベスに贈ったアメジストの指輪によく似た指輪をしていたのだ。

 きっと、あの子が、今、エリザベスのお腹にいる子供だろう。



 クリスか……ハリーのミドルネームね……?

 クリス……

 クリス…………

 ……クリストファー!!


 そう、クリストファーと名付けましょう!私の甥っ子。

 きっとあなたもアンジェラを支えてくれるのでしょ?



 ありがとう……クリス。私の甥っ子。



 すっと目が覚める。ここは見慣れたトワイスの私の部屋だ。

 そこで見慣れないのは、隣に眠るジョージアくらいだろう。


 私はベッドに座り、隣で眠るジョージアの髪を撫でる。

 サラサラの銀髪は、カーテンの隙間から入り込んだ月光を浴び、少し光っているように見えた。



「んん……」



 寝返りをうって向こうをむいてしまったので、起こさないようにそっと髪にキスをして私はベッドからでる。

 ガウンを羽織り、廊下をそぞろ歩く。

 勝手知ったる我が家でも、一人廊下を歩くと少し怖いが、月光のおかげで廊下も明るいので厨房へ向かって歩くことにした。



 厨房へ行くと、そこには先客がいたので声をかける。



「お兄様、こんな夜更けに何をされているの?」



 ビクッとした背中をを見ながら、ゆっくりこちらをむく兄。



「なんだ、アンナか……びっくりしたじゃないか……!」

「なんだじゃないですよ?ビックリしたのは私の方です」

「あぁ、そうだな。ちょっと眠れなくてな……」



 そういって、ブランデーの瓶を持っている。



「いつも一人で?」

「いや、今日は、特別。一緒にどう?」

「私、飲めません……」

「あぁ、そうだったね……はねっかえりも酒だけはだめだったな?」



 ハハハ、懐かしいと言っている兄。


 そう、私、何を隠そう……下戸なのである。

 父のブランデーを指につけて舐めただけでのびてしまうほどの……下戸なのだ。



「少し、話をしませんか?」

「あぁ、僕もアンナと話がしたい……」

「一杯だけなら飲んでいいですけど、それ以上はダメです!」



 兄が持っていたブランデーの瓶を取り上げると、カップについであげる。

 そのままブランデーの瓶は、厨房において、兄の手を引き父の執務室に入った。

 ここなら、誰も入らないだろう。



「月が明るいから、明かりはいらないね?」



 ソファに腰掛け、チビチビとブランデーを飲み始める兄。



「いつから飲んでるんですか?嗜みか付き合い程度だったはずですよ?」

「うん。そうだったんだけどね……なんていうか、結構きつくて……僕が思うより

 いろいろと。アンナがいないと僕ってダメだなって思ってさ……するとね?」



 ふふふ……兄の弱音なんて久しぶりに聞く。兄妹でのお茶会を思い出す。



「お兄様、それは違いますよ!アンナが、お兄様と一緒じゃないとダメなんです」

「そうか?ジョージアとうまくやっているようだけど……?」

「そのように見えますか?それなら、よかった」



 目を瞑り、この家でのことを思い出す。



「私は、この暖かな屋敷を出て、初めて辛いなと思いました。ジョージア様も

 ご両親も侍従たちもとても大事にしてくれます。でも、お兄様みたいは、叱って

 くれないし、宥めてくれないし、笑わせてくれないんですもの……寂しい

 です……とっても。

 でも、私も……大人ですから!私なりに向こうで頑張っているんですよ!

 辛くなったら、仕方ないな……と、呆れたお兄様のこと思い出すことにしてます。

 そうしたら、頑張れそうだから!」



 私が微笑むと、兄も頷きながら笑ってくれる。



「アンナが頑張っているのに……僕が先に根を上げてしまったら、ダメだな」

「お兄様、そのいきですよ!」



 しばしの沈黙。それすら、優しい空気が漂う。

 どんなときも、側で支え続けてくれたお兄様は、私にとって他の誰にも代えがたく特別だ。

 


「なぁ、アンナ……まだ、この家を出てそんなに経ってないけど、幸せになれそうか?」

「うーん。わかりません。それこそ、私がこれから探して見つけて育てていかないと

 いけないものですから!残りの人生の醍醐味だとは思ってます」

「そうか……」



 兄がクルクルと回すグラスが、月光に反射する。何も音のない深夜。

 グラスに当たる氷の音だけが部屋に響く。二人は話すことなく静かに過ごした。

 ただ、お互いの存在を確認するだけが、心地いい。



「お兄様、起きてらっしゃいますか?」

「あぁ、起きてるよ。なんだい?」

「今夜、夢をみました」

「なんだって!!!」



 驚いた兄は、持っていたブランデーを少しこぼしたようだ。

 クッソ……と、なかなか兄に似つかわしく言葉が聞こえてくる。



「そんなに驚かないでください。怖い夢ではなかったので……」

「そうか、それならよかった……」



 ちょっと落ち着いたようで、兄はソファに座りなおしていた。



「子供の名付け親にって言ってくれて、ありがとう。お兄様にそっくりな子供でしたよ!

 でも、目はエリザベスに似て、しっかりした意志の強そうな目をしていましたよ」

「見たのか……息子を」

「はい、見ましたよ。私の子どもと話してました。ちょうど、内乱のさなかだったの

 でしょうね。今、子どもの名付け、してもいいですか?」

「あぁ、いいよ」



 ありがとう……優しい私のお兄様……



「名前は、クリストファー・ノエル・フレイゼン。愛称は、クリス」

「それって……ヘンリー様の……」

「私も思いました……でも、私の子どもにクリスと呼ばれていたので……クリス

 トファーにします!」



 うーんと兄は悩み始める。

 私に任せるって言ったのに……なんてひどい扱いだ。



「……ダメですか?」

「いや、いい名前だ。ありがとう!あのさ、二人目もお願いしてもいいか……?」

「それは、お兄様が考えて……待ってください……クリスにフランと呼ばれてい

 ましたから、フラン……ジョージア様のミドルネームですね……」

「僕らってさ……公爵家の嫡男好きなのかな……?」

「違いますよ……たまたまです。たまたま。フランベール・ニム・フレイゼンとか?

 愛称はもちろん、フランです!」



 あっはっはっは!兄が笑い始める。

 執務室は、兄の笑い声が響き、みなが起きてこないか、少しヒヤヒヤした。



「もう、決めた!一人目は、クリストファー・ノエル・フレイゼン。

 二人目は、フランベール・ニム・フレイゼン。従妹を大事にするように育てるよ!」

「ちなみにですけど……クリス、私をかっこいいっていってましたよ……?」

「そこは、ちょっと、修正が必要だな……」



 どういう意味だ?と、兄を睨んだ。

 兄はどこ吹く風で知らん顔しているが、兄の思惑通りには育たないだろう。



 空が白んできた。

 兄妹水入らずのお茶会ならぬ夜会は、久しぶりで嬉しくてホッとする時間を過ごせた。

 こんなに安らぐ時間は、久しぶりで寂しかった心も満たされたようだ。

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