第94話 夜風は、熱を引かせてくれる

「えっと……」



 扉の前で私たちを見て立ちつくしているジョージア。



「おかえりなさいませ!ジョージア様!」



 私はソファから立ち上がり、廊下で立っているジョージアの手を引き部屋へ迎え入れる。



「あぁ……ただいま」



 先日から領地へ義父と視察に行っていたのだ。

 久しぶりに会うジョージアにとってさっきまでの光景が衝撃的でうまく頭が回っていないようだった。

 領地での話を聞くのが楽しみに待っていたのだが、なんとも妙なところを見てしまったジョージアは戸惑っていて、とても話ができる状態ではなさそうだった。



「……ジョージア様?」

「いえ、なんでもございません」



 ふふふ……変ですよ? と私は笑うと、苦笑いが返ってきた。



「あっ! そうだ。ジョージア様。今日から私専属の侍女となったデリアを紹介

 させてくださいね!」



 隣に来ていたデリアをジョージアに紹介する。

 すると、ほっとしたような顔をしているジョージア。



「ジョージア様、本当にどうかしたのですか?先ほどから変ですよ?」

「そうかな……?アンナの気のせいじゃない?

 そうか、専属侍女か……デリア、アンナをよろしく頼んだよ!」

「はい。若旦那様、アンナ様のことは私にお任せくださいませ!」



 若旦那と言われ、少し微妙な顔をしているジョージアが可愛らしい。

 クスっと笑ってしまったら、横からコラッ!と叱られる。



「若旦那様は、若旦那様なのですから……仕方ないじゃないですか?」

「アンナは、アンナ様と呼ばれているようだけど?」

「私ですか?お義母様の許可を得て、そう呼ぶようにしてもらったのですもの!」



 いつの間に……と、ジョージアは少し呆れている。



「今日の侍女選抜のときにそのようにしてもらうようお願いしたのです。若奥様って

 呼ばれるのは……くすぐったいですもの……」

「俺は、若奥様でいいと思うのだけど?」



 隣に座るジョージアによって引き寄せられる。



 そ・の・ま・え・に!!



「ジョージア様、ご婚約、おめでとうございます!」



 にっこり笑って、上手に水をさす私。ため息をつくジョージア。



「あぁ、聞いたのか……ありがとう……」

「それで、いつ、会わせてくれますか? ソフィアに」



 会う気なのかとジョージアは、目を丸く驚いているが、当たり前だ。

 私は、これから戦う相手は、きちんと見ておきたいのだ。

 私だって負けているとは思わないけど……いかんせん、子供っぽい私は、色気とは無縁でそういうところでは完全に負けている……

 ソフィアは、ジョージアより年上だし、ジョージアに構ってもらえない間の黒い噂は結構耳に入ってきていた。



 ちなみに、公爵家として爵位を重んじ、私との結婚式が先で、ソフィアとの結婚式が後にある。

 それだけでも、恨まれそうなのだが……さらに、その規模も違う。

 王族を始め貴族諸侯を呼ぶ私との結婚式と身内だけのソフィアの結婚式。

 ジョージアの両親もソフィアの方には、出ないという始末なのだ……それだけ考えても、私は優遇されている。

 きちんとジョージアの両親にも認められた結婚になるのだから……



 私の住まいも、この本宅に用意されることになっていて、現在、義母の使っている女主人の部屋だ。

 ソフィアは、この本宅に住むことすら許されていない。


 きっと、すでに私が憎いことでしょうね。

 婚約も待たされ、第二夫人というポジション、大々的な結婚式もなければ、本宅にすら住むことができない。


 それでも、ジョージアが、私ではなくソフィアを選ぶ未来の『予知夢』を見ている私にとって、どうしようもない不安と寂しさは胸の内で燻っている。


 寂しい気持ちにはなるけど……私には、未来のためにしなくてはいけないことがたくさんあるので、寂しい気持ちはどこかへ追いやってしまわないといけない。

 まだまだ、先だ。


 今は、こんなに愛されているのだから……甘えられる間は、十分に甘えさせてもらいたい。

 みんな、私が寂しがりやってこと知らないのかしらね……?知っているのは、兄とハリーだけだろう。

 じゃじゃ馬アンナが、まさか人一倍寂しがりなことを知る人は少ない。


 ソフィアとの直接の対峙なんて、この先、何回あるかどうかわからないのだから、ジョージアにこそこそとされるより、ソフィアに会って確かめておきたかった。


 情報って便利だけど、自分でもちゃんと確かめないといけないこともあるのよね。



「そんなに、会いたいのか……?普通、第二夫人に会いたいとは思わないと思う

 んだが……」

「そうですか?でも、会っておかないと、『今後』困ることもあるかもしれないじゃ

 ないですか?それに、私の……公爵夫人としての立場ってものもありますしね!」



 にっこり笑うと、ジョージアは引きつった笑顔で私を見返す。



「わかった。日程は、考えておくよ……奥様」

「まだ、奥様では、ありませんよーっだ!」



 すっと立ち上がろうとすると、そうはさせないとばかりにジョージアに引き寄せられる。



「捕まえておかないと、どこかに逃げて行ってしまいそうだ……」

「逃げたりはしませんよ?私、ジョージア様と残りの人生を楽しむためにお嫁に来た

 んですもの!退屈させないでくださいね!」

「あぁ、わかった。でも、そろそろ黙ろうか……」



 そういって、また距離が縮まる。

 ジョージアに左耳から顎にかけてすぅーっと撫でられると、ボッと火が出るくらい顔が熱くなる。



「可愛いな……」



 瞼を閉じれば、ジョージアの唇が重なる。

 私の体温が急上昇したのは、わかった。血が沸騰したかのように熱いのだ……

 ジョージアの着ているジャケットをギュっと握るとまた近くに引き寄せられた。

 私の体が熱いからか、ジョージアの体からの熱なのか、とにかく頭がふわふわしてくる。


 当たり前だけど、祝賀会のときの悪ふざけのキスとは違う……うっすら瞼を上げると、目があった。


 すると、ジョージアは離れていく。



「ちょっと、長かったね?」



 私の顎に添えられていた手は、髪の毛を優しく撫でていく。



「その顔は、よそではしないでね?」



 さっきから、ふわふわしぽなっしの私は、きちんと動かない頭をたたき起こそうとするけど、うまくいかない。

 首をかしげてみると、耳元で囁かれる。



「色っぽい顔は、俺だけに見せてくれれば十分だよ」



 離れてから、俺の方が……とごにょごにょ言っているのは、耳に入ってこなかった。

 ジョージアがソファから離れると、文机のところへもたれかかる。



「デリア、少し窓を開けてくれ。じゃないとアンナが、戻ってこない……」

「かしこまりました」



 デリアによって窓を開けてもらったおかげで、夜風がすっと部屋に入ってきて、ほってった体から熱を取ってくれ、ぼうっとした頭をスッキリさせてくれる。



「ようやくお目覚めかな?お姫様」

「ジョージア様……」

「では、お姫様、私めのエスコートで夕餉に向かいましょう!」



 すっと手を差し伸べてくれたのでジョージアの手を取り、私たちは夕餉へと向かう。



「さっきから口数が少ないけど……」

「いえ、大丈夫ですよ!」



 ただ、恥ずかしくて、ジョージアの顔が……見れないだけだ。

 これが、恋なのだろうか……?

 ハリーへの恋心をずっと秘密裏に育ててきた私には、ジョージアは刺激が強かった。

 これからは、この気持ちもきちんと育てていこう。

 ちゃんと、子供にも話してあげられるようにならないとね……


 昔見た三文芝居のセリフは、今頃になって私に響くのであった。

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