ハニーローズ  ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~

悠月 星花

プロローグ

 カツーンカツンと廊下に響くハイヒールの足音。

 大きな扉の前で、私は立ち止まる。



「アンジェラ様、準備が整ったと報告がありました」



 侍女のエマから伝えられ、ひとつ大きく息を吐いた。

 真っ白なドレスに身を包み、身が引き締まる思いだ。私は振り返る。そこには、同じ装いの十人の友人たちが並び立っていた。少し緊張をしているのだろう。みなが私に微笑んだり、心配したりしている。一人一人を見て、心配いらないと頷く。


 今日は、私の戴冠式だ。


 私の愛称となっている薔薇の地紋が光にあてられ浮かび上がる純白のドレスは、今日のために誂えたもの。

 父からデビュタントのときに贈られた青薔薇のピアスと母の形見で大事にしていた真紅の薔薇のチェーンピアスが耳元を飾る。


 撫でると緊張がほぐれるような気がした。



 母アンナリーゼが『予知夢』で見た舞台は、今日、最後のページを迎えた。

 これからは、道標もなくこの国の舵取りを女王となった私がしていかなくてはならない。

 幸い、私の周りには、母に育てられた優秀な友人たちが多い。一人ではないのだから、なんとかなるだろうと、心配はしていなかった。


 大広間からは、まだかまだかとざわめきが聞こえてくるが、扉を挟んだ廊下にはたった十一人しかいないため、静まり返っていた。

 扉の前で友人たちに向き直っていた私は、整えられたドレスをつまみ、最上級の礼をとる。

 女王となる私が急に最上級の礼を取れば、友人たちはギョッとしておのおの慌てていたが、ため息ひとつ、「そんな行動もアンジェラ様ですね」と、エマの一言でその場が落ち着いてしまった。



「みんな、これまで本当にありがとう。お母様が私たちに残してくれた地図は、今日の日まで。明日からは、私たちがお互いの手を取り、支え合い、ときにはケンカもしながら、この国を纏めていかないといけない。先の内乱で、傷ついた国民も多くいる、領地を荒されたところもある。母の代から備えて来たけど、全てはうまくいかなかったわ。復興も含め、三国が一国となって、この先を歩みだす。これまで以上に大変になるけど……私についてきてくれるかしら?」



 幼いころからの思い出、ハニーローズとしての重責、記憶の中でしか会えない母のことを思い浮かべ、感極まった私は少し瞳が潤んでいるだろうか? 視界が歪んでいるようだ。


「もちろんです」と、エマが答えてくれ、倣うように友人たちも応えてくれる。涙を指で拭いみなの顔を見てほっと胸を撫でおろす。



「アンジェラ様、そろそろ……」



 エマにせかされ、大広間の扉の前で屈む。ミアが薔薇の刺繍がされたレースのマリアベールを掛けてくれる。母の結婚式のときに使ったベールだと、父から預かったものだ。

 そっと手を差し出し、立つのを支えてくれる今日のエスコートは、レオ。

 私は、その手をとって立ち上がり、準備ができたという代わりにすっと背筋を伸ばす。



「また、あとで」

「いってらっしゃいませ」



 友人たちが、私を送り出してくれる。



 大扉が開き、大広間に集まった人たちが、こちらを一斉に見た。



「いってきます。レオ、エスコートよろしくね!」



 隣で頷くレオの腕に、そっと私の手を添える。

 大広間には、戴冠式用に用意された玉座とその左右に友人たちと同じく正装の三人を私はまっすぐ見つめた。

 戴冠式という名の結婚式。今日、私は、新しい国の女王となり、国と結婚する。



 玉座へと一歩を踏み出す。


 お母様。最後の夢を一緒に……。どこかで、私を見てくれていますか?



 カツーンとハイヒールの踵から足音が水の波紋の様に大広間に広がり、さっきまでの喧騒がうそのように静まりかえっていた。

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