最終話

隠り世へ戻ってきた士郎は、聞き届け屋を訪れていた。


「お疲れさ~ん。終わったのかい?」


書類が積み上がる座卓ざたくわずかな隙間に頬をつけ、まるで白旗をあげるかのように一枚の紙をつまんでひらひらさせながら忠彦が気怠げに出迎えた。


「はい、滞りなく終わりました」


士郎は淡白に答えた。


「社長~? そんなんじゃいつまで経っても終わりませんよ! 早く書類さばいて下さい!」


「そうですよ! あとがつっかえてるんですから!」


「わ、わかってるって……」


鬼の形相ぎょうそうをした職員たちに、忠彦はおろおろし、たじろぐ。


職員も社長と同様に書類をさばいているが、追いつかないくらいに忙しいらしい。そのせいで、忠彦がほんの少しでも休憩をはさめば野次が彼に飛びまくるのである。上司と部下という関係を意識する暇などありはしないし、互いを気遣う余裕もない。


「シロ坊」


忠彦が一枚の書類を士郎に手渡す。忠彦の"シロ坊"呼びに目尻をぴくぴくさせるが、黙って士郎はそれを受け取る。


その書類は、士郎が依頼を受ける際に最初に忠彦から受け取った書類であり、城島和哉の要望が記載されていた。しばらくして、その紙があおい炎に包まれて燃えかすをのこすことなく、跡形も無く消えさった。


「任務完了だね」


「はい」


聞き届け屋と居候屋の関係とは、聞き届け屋が死者の話を聞いて、要望をまとめた書類を作成し、その作成した書類が居候屋に渡る。依頼を引き受ける居候屋の職員が書類の一番下にある依頼引受人のらんにサインをし、書類が再び聞き届け屋に戻る。そして、依頼を達成し死者が成仏すると書類が燃えて消えるという仕組みになっており、その書類が消える瞬間を聞き届け屋と居候屋の依頼引受人で責任をもって見届け、確認するのである。


聞き届け屋は隠り世に住うあやかしであれば、たいてい誰でも出来る仕事であるが、それに比べ居候屋は少々特殊な集まりになっている。


居候屋は、全員"座敷童子"なのである。座敷童子とは、訪れた家に幸福をもたらすあやかしのことである。座敷童子といえども、みなヒトの形をとっているわけでもなく、姿は多種多様である。基本はやはりヒト型であるが、四つ足歩行の動物だったりすることもある。そうであったとしても、意思疎通は普通にできるので、仕事に支障はない。


座敷童子というのは幸運を操れはしない。一種の現象として幸運が舞い込むだけにすぎないのである。


であるから、野球をしようとしたときにバットとグローブをうっかり忘れようが、和哉の遺体が見つからなかろうが、座敷童子という存在がそこに関われば都合よくことが上手く運ぶのである。だが、多少なりとも座敷童子が運ぶ幸運というものは彼らの気持ちが左右することもあるらしく、彼らが『そうなったらいいな』と思えば叶ってしまうこともある。


その場面がよくわかるのは、座敷童子である士郎が和哉を膝枕して士郎が願った時に、和哉と両親が夢で再会できたという事実である。


因みに、居候屋がなぜ十日間と決まっているのかというと、長く滞在すればするほどその家に幸運が舞い込み過ぎ、逆に悪影響を及ぼす可能性があるからである。


「シロ坊、次これね」


忠彦がまた書類を士郎に手渡す。別の者の書類、つまり新たな仕事である。


「了解です」


士郎は書類内容に目を通して承諾し、居候屋へ戻った。士郎を含む七人のうち三人は居候中であり、室内にいたのは四人であった。


和音かずね、仕事だよー」


士郎は手招きをして呼び、座卓ざたく上に一枚の書類を置いた。


「はいはーい! どれどれ?」


四つ足歩行で、首の鈴を鳴らしながらやってきたのは居候屋の職員である雌の琥珀色こはくいろの瞳をもつ三毛猫──賢木さかき和音かずねである。


和音は士郎のそばに来ると、ジャンプをして座卓ざたくに乗り上げる。そして、置かれた書類内容を読んだ。


「狩りの途中で命を落とした飼い猫の依頼、ね。わかったわ! 行ってくる!」


そう言って和音は、書類の一番下にある依頼引受人のサインの代わりに肉球のスタンプを押し、書類を口にくわえて居候屋を後にした。


「きみたち、仕事は?」


士郎は、畳でごろごろする居候屋の職員二人に声をかけた。


「電話待ちよ、多分もうすぐかかってくると思うわ」


「俺も電話待ちっす」



ジリリリリリン……と、士郎の座卓ざたくの黒電話が鳴り出した。


受話器を耳に当て、士郎が口を開く。







「もしもし、こちらは『居候屋』ですが?」







こうして彼らは日々慌ただしく? 隠り世と現世にすまう者たちが、幸福であるよう願いながら仕事をしているのである。

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