第14節 戦争と転移者

「あの子はたぶん転移者だろうね」

「転移者?」


 アカネを部屋に案内してから戻ってきたミンネの言葉はあまり聞き覚えのないものだった。


「フォスは聞いたことないか……。転生者のことはわかるかい?」

「ああ、話だけは聞いたことがあります」


 この世界では200年ほど前に裏世界と表世界の戦争が起こっていて、世界中で魔族があふれていた。

 表世界の住人である獣族と人族が裏世界の住人である魔族に追い詰めらている、そんな不利な状況ななか救世主のように現れたのが、別の世界からやってきたとされている18人の勇者。


 その勇者によって魔族を引き連れていた大魔術師を追い詰め、戦争は表世界の住人の勝利となった。平均寿命が短い人族にとってはおとぎ話のような話だ。


 しかしその勇者はこの世界に存在していたことを証明するかのようにその子孫が、数は少ないものの世界には存在しているとされている。その子孫が俗に転生者と呼ばれていた。


「もしかして別の世界からやってきた勇者っていうのが……」


「そう当時はって呼ばれていたんだよ。あの子はこの世界の情報にも疎いし、魔法は使えるが肝心の魔法に関する知識はあまりないように見える。それなのにあの魔力の高さ、魔法行使力は異常だよ」


「でもそうだとしたらあの子一人が別の世界から訪れたってことですか? というかそもそも別の世界の住人がこちらの世界に来るなんてどうやったらそんなことが起こるんですか?」

「それは大魔術師様のみぞ知るってとこだろうね。私たちがいくら考えてもわからないだろうさ。まあ私としては100年前の再来ってのはあまり考えたくはないね」


 エルフは長寿だ。ミンネも見た目こそは20代のような若さを保っているが実際は何十年、下手すれば何百年も生きている。もしかしたら200年前の戦争もその身で体感しているのかもしれない。


 おとぎ話のような戦争の話をしているときのミンネはまるでその戦争を体験したかのような苦い顔を浮かべていて、そこには一切冗談が含まれていないように思えた。


「まあ転移者だからどうこうっていうのはこの際どうでもいいんだけどね。前回は世界中が魔族に押しつぶされているときに現れてるのに対して、今はいたって平和なもんだ。状況が違うのだから別にたまたまあの子一人がこの世界に紛れ込んじまっただけかもしれない。勇者じゃなくてただの放浪者なのかもしれない。まあこれはただの楽観思考だけどね。あんな戦争がまた起こるなんて考えたくもない」


 自分が住み慣れた世界、街から突如全く勝手も意味も分からない世界に転移してくる。


 確かにそんな状況なら不安に押しつぶされそうになるのも分からなくもない。

 それに加えて彼女は森の中で瀕死状態になっていたのだ。思い出して泣いてしまうのも無理はないかもしれない。


 グラフォスは自分がそういう経験をしていないため、共感はできなかったがさっきアカネを抱きしめたときにミンネはすでにそこまで察していたのかもしれない。


 そうだとするならばミンネの洞察力というか観察力はさすがだ。


「ところでフォス、あんたあの子とずいぶん仲がよさそうじゃないか」

「え?」

「手をつないで帰ってきたり、さっきはいきなり襲おうとしたりさ?」


 ミンネはいつのまにか真剣だった表情を崩してにやにやとしながらグラフォスに近づいてきていた。


「いや、あれはしかたなくですよ! 手をつないでたのは彼女が逃げないようにするためだし、さっきのだって別に襲おうとしたわけじゃ……」

「一目惚れってやつかい? アカネちゃんはかわいいからね。でもいきなり襲うのは感心しないね。私も目の前にいたっていうのに。せめて二人きりの時にしな」

「襲わないです!」


 グラフォスの必死の反論もむなしく、ミンネは話を聞こえていないふりをしているのか、にまにまとにやけ顔をしたまま中腰でグラフォスに視線を合わせていた。


「それに、別に惚れたとかそういうわけではないですよ。確かにアカネさんのことはいろいろと気にはなりますが」


 惚れているわけではないがアカネのことが気になるのは事実だ。正確にはアカネが持つ知識、境遇に興味がある。


 彼女はいったいどこから来たのか、どうやってここにたどり着いたのかとか、ほかにどんな魔法が使えるのかとか……。果ては彼女が転移者だとしたらいったいどんな魔法を使えば異世界から人を転移させられるのかとか……。


「ふ~んきになるねえ? ま、今はこのくらいで勘弁しとくかね。外野がわいわい騒いでこじれるのは私も嫌いだからね」


 ミンネは少し興味深そうに眉を寄せながらグラフォスの顔を見つめると、中腰だった姿勢からちゃんと立って大きく伸びをした。


 確かに指摘をされてみれば、アカネに対してグラフォスは結構大胆な行動をしてしまっているかもしれない。

 いまさらながらに自分の行動を思い返して顔に若干熱がこもるのを感じるのであった。


「顔赤くしちゃって。フォスも思春期だねえ」

「うるさいですよ。僕ももう寝ます」


 目ざといミンネがフォスの表情の変化に気づかないわけもなく、ニヤッとわらいながら赤くなった頬を指摘してくる。


 いつまでも軽口をたたいてくるミンネに少しむすっとした顔を見せると、グラフォスは立ち上がり自室へと続く廊下に出ようとする。


「ああ、フォス。ちょっと待った」

「なんですか?」

「明日はアカネちゃんにこの街のこと案内してあげな。長いこといるかもしれないんだ。知っていて損はないだろう」


「ミン姉……アカネさんのこともしっかり養うつもりなんじゃないですか」

「なんのことかわからないね。それに養うつもりはないね。しっかりと働き手という部分で対価はいただくよ。グラフォスよりひいきするつもりもないからね。ここではみんな平等なだけさ」


 ミンネはグラフォスから少し顔を背けると、照れくさそうに鼻を掻く。


 この人も大概わかりやすいな。働き手なんてこれ以上必要ないはずなのに。


 グラフォスはそんなミンネの様子と彼女の優しさに触れて、少し頬をほころばせながら自室へと向かった。


「ミン姉、おやすみなさい」

「ああおやすみ」


 明日も忙しくなりそうだ。

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