第3節 ルーティーンとギルド

「僕だってできるなら1人でこんな街の外なんて出たくないんですよ……」


 次の日、背中に大きなリュックを背負い、片手に豪勢な装丁をした本を開きながらブツブツと地面に向かって話している少年がいた。

 少年の無愛想な顔とは関係なく本の上をすらすらと軽快に羽根ペンが走っている。


 そこは街中ではなく鬱蒼と雑草が生い茂る郊外、森の入口だった。

 グラフォスはミンネと約束したその次の日に早速1人で街の外に出ないという約束を破っているのである。


「別に僕だって死にたがりじゃないわけですよ。冒険者にだってお願いをしているわけです。お、これは……」


 グラフォスは自分への言い訳を一旦やめ、今自らの手でむしった草をよく観察する。


「……なんだ、ただのヤモゴか」


 体力回復薬の主成分を担う薬草ヤモゴ、その用途は回復薬の作成からそのまま磨り潰して粉として飲むといった多様な使用法で用いられる。売価3マ。

 街の外に行く大人、果ては少年少女まで知っている今更な情報。


 グラフォスはそんな薬草に失望した目を向けながらもそれを腰につけたショルダーへと入れる。

 羽ペンはその情報を真っ白なページに書きたしていた。


「それはいらない。4年前に書いてる」


 グラフォスはつまらなさそうにそう呟くと、たった今書かれたヤモゴの記述は黒い文字として紙に浸透する前に霧散し、真っ白なページへと戻る。

 そしてグラフォスは次に書かれる文字を大人しく待つ羽根ペンを眺めながら、軽くため息をつく。


 今手に持っている自称雑草図鑑は4年前から1年にひとつのペースでしかその情報が追加されない。


 しかもこの本に載っている情報など市販されている本はもちろんのこと、冒険者であれば最低限の知識としてみんな保有している。


「まあこれも後付依頼を受ければお金にはなるし……。それでなんだっけ……そうそう冒険者が協力的じゃないから僕もこうやって……」


 グラフォスは思考を戻し再び目の前の草むしりに没頭する。たまに毟った草がヤモゴだった時はそれを無造作にショルダーの中へ突っ込む。

 そんな作業を真顔で続けながら今朝の出来事を思い返していた。




 グラフォスが街の外に出る前の習慣。それは街のギルドへと足を運ぶことである。

 ギルドに行くといっても、別に依頼を受けるわけではない。グラフォスも男だ。

 もちろんドラゴン討伐だとか、未踏ダンジョン攻略だとか興味がないわけではない。


 しかし彼の場合、その興味は冒険心というよりは知識欲を満たすための興味のほうが大きいのだが。


 グラフォスがギルドに赴くのはそういった人気高報酬依頼がなくなる日が昇りきった昼下がりのころである。


 その行動は、彼が無謀なことをしようと街の外に行こうとしているわけではないと自明する言い訳の行動の一環だった。

 グラフォスはその手には大きすぎる冊子を持ちながら、目の前の酒場臭すら漂う建物としては中規模の大きさのギルドへと足を踏み入れる。


「あらグラフォス君また来たの? この間はミンネさんに怒られなかった?」


 ギルド奥にある受付へと足を運ぶグラフォスを迎えるやたら童顔なギルドの受付嬢は笑顔かつ大きな声でグラフォスに声をかけながら、これまた大きく手を振りながら近づいてくる。


「もちろん誰かさんのせいでしっかりと怒られたし殴られましたよ」


 目の前まできたギルド嬢に大きなため息で返しながらグラフォスは挨拶を返す。


「だって誰かが一人で森に向かったことをミンネさんに報告しないと、もしグラフォス君が帰ってこないと、それはギルドの責任になるでしょ? 私は汚れ役を買って出てるの」


 あっけらかんとそう言い放つギルド嬢。

 グラフォスが一人で森に出向いたとき、ミンネに報告をしに行くのはきまって目の前のギルド嬢だ。

 彼女はグラフォスがギルドに赴くようになってからずっとその役割を担っているため、彼女にあまりいい印象を持っていない。


「にしてもどういう伝え方をしたらあんなにミンネさんが怒るようなことになるんですか」

「それは~ちょっと焦った風とか、困った風とか、楽しい風とか? ま、最近はミンネさんも反応悪くなってきたから楽しく……やりがいがなくなってきたんだけどね」

「それ言い直せてませんからね。報告で普通やりがいなんて感じないですから」

「そうかなあ?」


 そうこのギルド嬢はわざとミンネを不安にさせるような物言いで報告をするんだからたちが悪い。

 もちろん本当にピンチに陥った時なんてのは、数えるほどしかないが目の前のギルド嬢はあたかも毎回グラフォスが危険なところに飛び込んでいるような口ぶりでミンネのもとへと向かう。


 それだから毎回あんな大目玉を食らうのだ。だからグラフォスが街の外に出るたびに殴られるのは8割このギルド嬢が悪い。


 グラフォスはそう思っている。


「それで、今日もパーティ募集に来たの?」

「そうですね、あなたにかまっている暇はありませんでした。募集依頼をお願いします」

「足止めしてるって言ってくれた方が、お姉さんは嬉しいんだけどなあ?」


 ギルド嬢はやけに無駄に、体をくねくねさせながらグラフォスに抗議する。

 この仕草行動すべて計算された意識された行動だから手に負えない。


 周りの冒険者もそれをわかっているに違いないのに「今日もドリアちゃんはかわいいな」とかほざいているのだから余計にだ。


「さてと、悪ふざけはこのくらいにしてお仕事しなきゃ。依頼はいつも通りでいいの?」

「はい、内容は募集を受けてくれたパーティが受け持っている依頼への手伝い。冒険者必要等級は石から。報酬は依頼の最中に手に入れた物すべて。期限は今日一日。以上でお願いします」


 グラフォスは依頼料を出すくらいのお金しか持ち合わせていない。

 だからこそこの報酬くらいしか出せないのだ。もちろん場所によっては破格の報酬になりえるが、グラフォスの戦闘力を考えるとやはりこの報酬は物足りないレベルだろう。


 グラフォスの義務的な言葉を半分聞き流していたようなギルド嬢はすでに用意していたのであろう羊皮紙を胸ポケットから取り出し、内容を確認する。

 もちろん胸ポケットにそれをあらかじめ仕込んでいたのも計算である。


 現に羊皮紙を取り出す際に大きすぎる胸が少し揺れる光景を冒険者は見逃さず、鼻を伸ばしている。


「ほんとにグラフォス君はこういうの効かないよねえ」

「なんのことかはあえて触れませんが、子供にそういうのを求めないでください」

「発言は大人くさいのにね。お姉さんつまらない」


 彼女はすねたように頬を膨らませながら、掲示板にグラフォスの募集依頼を貼り出す。

 グラフォスはそんな彼女の後姿をジト目で見つめながら後をついていく。

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