さよならのこと
永瀬鞠
―――あと5分。
僕には人の余命が見える。
赤ん坊からお年寄りまで、すべての人の、残りの命の長さが見える。
そう言ったら、君はなんて言うだろう。
驚くかな。信じられないかな。それとも、知ってたよって言うのかな。
産まれたときから寿命が決まってるなんて、そんな馬鹿なって思うでしょ。
僕も思うよ。
―――あと4分。
目の前に横たわる君の表情はとても穏やかで、僕はそのまぶたがきっともう開かないことを知りながら、頭のどこかで君の目が覚めるのを待っているような気がする。
いつかの平穏な朝と同じように、眠っている君を眺めながら、君の体内をゆるやかに出入りする空気と、君の命の存在を感じている。
―――あと3分。
僕は生まれながらに、人とは必ず別れが来ることを知っていたけれど、君は僕との別れがいつになるのか、知らなかったはずだ。
それなのに僕と一緒にいることを選んだ。
それはとても勇気のいることだったんじゃないかと、最近思ったよ。
それはとても、尊い何かなんじゃないかと、思ったんだ。
―――あと2分。
君の寝顔を見ながらふと、僕の知らない君の産まれた日のことを思った。
そうして、僕をふりかえって笑った君のことを思った。
頭の中に順に浮かんでは消えていく君との思い出をなぞって、僕は君との、ずっと前から知っていた別れを、今になっていっそう寂しく思う。
―――あと1分。
いつか君は、死ぬなら小雨の降る日がいいな、と言っていたけれど、僕は君が死ぬ日はきっと、陽射しのあたたかな日だと思っていた。
いま日光のかけらは、君の細いまつげのいちばん先にまで届いていて、光の中、君はこの世界を去って行く。
―――ゼロ。
どうか。
僕の手からするり、滑り落ちた君の手が辿りつく先が、
やさしい夢の中でありますように。
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