第8話 帰りたくない

理愛華「明日、風葉の実家に行きましょう」


隣にいる理愛華がそう言った。

俺は横を向いて、言葉を返す。


勝幸「親と話し合わせるのか」

理愛華「うん。可能な限り穏便おんびんに済ませたいから、3人と両親の方とでしっかり話し合って、元の生活に戻るのが最善だわ」

勝幸「……因みに学校は?」

理愛華「休む」

勝幸「おいおいそれでいいのか令嬢さんよ」


苦い顔でツッコむ。

俺としては学校は極力休みたくない。あまり休むと支障が出る。しかも今日は木曜だ。明日休んだら、次に行くのは週明けになってしまう。


理愛華「仕方ないでしょ。あまりゆっくりしてて親御さんが警察に連絡してたら、手錠案件になるのは私達なのよ」


まぁ、それもそうだ。

ニュースで見た記憶があるが、家出した子を泊めて捕まった人もいるらしいし。

そうならない為にも、アズスーンアズポッシブルで会いに行く必要がある。


勝幸「そう言えば風葉」


俺は布団に向かって尋ねる。


勝幸「親御さんは、お前の家出をどの程度把握してるんだ?」

風葉「う〜ん…………ウチが家を出た時は、『友達の家に泊まって、それからおじいちゃんの家に泊まって来る』って誤魔化ごまかしておいたから、時間の問題かな…………」


後半が嘘か。前半が本当なだけあって、こいつの友達の家族に迷惑がかかるかもしれない。

と言うか既にバレてる可能性もあり得る。やばいぞこれは……

俺はパソコンを開く。

横からひょいっと理愛華が顔を出す。


理愛華「そう言えばあんた、まだ手書きでレポートやってんの?Wordの使い方教えてあげたじゃん」

勝幸「いいんだよ、手書きの方がやりやすいんだもん。情報工学やってるお前とは違って、パソコン苦手でも何とかなるんだって」

理愛華「嫌でも機械化が進む世界を前に、そんな事言えるのも後少しだよ〜?」


別にいいもん……とぶつぶつ愚痴ぐちを垂れながら、Gooを開く。


理愛華「Yahooの方が競馬のニュース多いとか言ってなかった?」

勝幸「競馬のニュースは競馬サイトで見てるからいいの‼︎」

理愛華「そうすか」


『家出少女 保護』と調べる。

いくつかのサイトを覗いてみたが、大体は同じような事が書いてあった。やはり最善なのは保護後に警察に頼る事らしい。でも、そうはしたくない。

一方で、保護した側が未成年者略取罪やらで捕まった例を見ると、保護しているだけで、問題解決に向けたアクションを取っていない。

ならば、早めに動けば警察沙汰は何とか避けられそうだ。向こうの両親が警察呼んでなければの話だが。


勝幸「そう言えば、お前の家はどこなんだ?」


俺は風葉にそう質問しながら、次にJR東日本のホームページを開く。決して、JRAのページではない。

移動手段を調べる為に開いた。

俺は車を持ってないから、基本的に移動するなら電車だ。住所を聞いておけば、この首都圏だ。電車で近くまで行ける。

でも、この辺じゃない可能性もあるよな…………流石に北海道とか四国とか九州とかは勘弁してくれよ……


風葉「山梨……山梨県の大月市だよ」

勝幸「了解。確か中央線で行けたな」


良かった。山梨なら、電車でも行ける距離だ。

とは言え、かなりの距離だ。電車で繋がっているけれども、こんな遠くまで来るなんて。

そんな事を考えながら、俺は時刻表を見て電車を探しつつ、経路を確認する。


勝幸「横浜で乗り換えて八王子行って、大月行きに乗る感じかな……」

理愛華「いや、横浜線でしょ?横浜線は横浜駅は通らないわよ」

勝幸「あーそうじゃん、止まるの新横浜か……マジでややこしいな」

理愛華「そうそう。まぁ横浜線乗るんだから、東神奈川で乗り換えるんじゃないの?」

勝幸「そうか。後さ、大月行きがなけりゃ高尾から乗り継ぐのでいいかな」


そんな事を会話しながら、乗る電車を決めた。

布団に背中を預けていた風葉の方へ行き、頭に触れる。

熱はほとんど下がってんな、と呟いて、俺は相談の結果を告げる。


勝幸「明日の朝に出よう。昼前には着くぞ」

風葉「………………うん」


少し暗い表情をしている。

戻るのが不安なのかもしれない。理由は完全には分からないけど、保護した者として、"兄"として、出来るだけ向き合ってやりたい。

俺は額の上の手を、頭のてっぺんまで動かして、優しく撫でた。

一人ぼっちだった時も合わせれば、数日間ろくに風呂を入れてないのだろう。差し込む日光が僅かに茶に色づかせている黒髪は、艶もなくかなりボサボサになってしまっている。

対照的に、昼間に飲んだ薬のお陰で、先程よりも大分体調は良さそうに見える。

これが回復したら、温かい風呂に入って、美味しいご飯を食べて、充実した生活を取り戻して欲しい。時折見せる笑顔を、心の底から現れる物にして欲しい。

その為に、俺は理愛華と出来る限りの手助けをしよう。


ふと、横を見ると、理愛華が不満そうな顔を浮かべている。


勝幸「どうした理愛華」

理愛華「…………私も」

勝幸「……何が?」

理愛華「わ、私も…………勝幸に、頭……撫でて欲しかったり……なんて…………」

勝幸「………………」

理愛華「いやそんなに真に受けないで」



≪≫


結局、理愛華は夜までいる事になった。

気付いたら勝手にシャワー浴びて、勝手に買い溜めしてた棒アイスを食われてた。

陽は完全に沈み、夜が訪れる。

俺は炊飯器のスイッチを入れて、適当に晩飯の準備をしている。

理愛華と風葉は仲睦なかむつまじく会話をしていた。どうやら、お互いに打ち解けて、風葉にも良い会話相手になってるみたいだ。

それだけでも、呼んだ価値はあったな。


勝幸「ふ〜、出来た」


数十分後、食事が出来上がった。

豚肉と野菜を適当に炒めて、米にぶっかけて丼にした。

味噌汁はない。そこまで手を回す余裕はないし、凝って作ろうと思うと中々手間がかかる。だから、基本的に飲む場合はインスタントで済ませている。


「いただきまーす」


3人でちゃぶ台を囲み、それぞれが食事の挨拶あいさつを口に出す。

いつも1人の時は、キッチン横にあるカウンターみたいな場所で食べてたから、こうも続けて複数人で向かい合って食事をするのは、何とも新鮮な感じがする。

風葉も口に運ぶと、満足そうな表情を浮かべている。それを見ると、何だかこっちも嬉しくなる。

しかし、その時。


風葉「こうやって……皆でご飯食べて、一緒にお話しするの…………凄い、久しぶり」


ふと出た、風葉の言葉。

顔は微笑みを浮かべていた。でもそこには、どこか悲しげな様子を内包していた。

家出している間、ずっとこいつは1人でいたんだもんな。沢山の人々が行き交う中で、こいつは孤独だった。

だから、俺達とこうしていられるのが、嬉しいのかもしれない。



風葉「…………帰りたく、ない……」



そして風葉は、そう言った。


理愛華「何を言って……ッ‼︎」


俺は左手を出し、少し身を乗り出した理愛華を制止する。代わりに、とげのない話し方で風葉を諭す。


勝幸「まぁ、まずはお前の両親と話してみないことには、な…………?」

風葉「うん…………」


理愛華に向かって、左手を立てて軽く頭を下げる。

確かに、何か言いたくなるのは分かる。

まだ両親とも話をしてないのに、そう言うのは甘えである。家に行って、直接話し合わなければ、何も始まらない。


俺の行動の結果は、保護だ。

でも、俺の目的は、解決だ。



理愛華が帰る時間になった。

駅まで一緒に行って、見送る事にした。

風葉はずっと横になっていたからか、気付いたら眠っていた。取り敢えず、今は1人になって貰っている。


理愛華「ねぇ勝幸」

勝幸「何だい」


駅舎前で理愛華は立ち止まって、俺の方を向いた。

俺も足を止める。


理愛華「正直に言ってね」


街明かりを僅かに瞳に集め、理愛華は真っ直ぐにこちらを見ている。

一呼吸の間を置いて、彼女は口を開く。


理愛華「もしも年下の女の子と一緒に住む事になって、あなたは今までと変わりなく生活していける?」


口が開かない。

きっと、風葉の事を言ってるのだろう。あの時の発言が気になったのか。

だが、分からない。俺は固まってしまった。

何が"変わらない"のか。精神的に?それとも身体的な余裕?もしくは、経済面で?

無言の沈黙が夜の駅前に起こる。

俺は腕を組み、目線を落としてシンキングタイムをアピールする。

遠目で理愛華は、電光掲示板に表示されている、次の電車の時刻を見た。しかし、動かなかった。

俺も目線を移す。後、2分。

ごちゃごちゃ考えてはいられない。

嘘偽りなく答えよう。それならば、思った事、そこに理由はいらない。



勝幸「何となく……大丈夫な気がする」



再びの、沈黙。

しかしそれは、3秒程で切り捨てられる。


理愛華「そう…………」


笑ってるのか、がっかりしてるのか、それとも、言葉通りの"無"表情なのか。

沈黙を破った2文字を残して、何とも説明がつかない表情で、理愛華は反対を向く。

俺は言葉なく、その姿を見ているしかなかった。一体何を考えてたのか、どんな気持ちなのか、その予測がつかない。

ふと、向き直った理愛華がゆっくりとこっちに歩み寄って来た。

そして、彼女は両手を伸ばす。


ボフッと、空気が抜けるような音がした。

俺は、彼女の身体に包まれる。


理愛華は両手を俺の背中に回した。俺は何も動く事なく、立ち尽くしている身体は彼女の腕に引き寄せられる。

言葉が出ない。暖かい、柔らかい身体が、俺を硬直させる。

そして、耳元でささやく。


理愛華「分かった。答えてくれて、ありがとう」


心臓の鼓動が少し速くなる。


勝幸「あ、あぁ…………」


身体が熱くなる気がした。思わず俺は目線を逸らし、斜め上にあげる。後、1分。

体を離した理愛華は向こう側へと数歩、足を進めた。そして、こっちを振り向いて、今日の別れの言葉を告げる。


理愛華「じゃあねっ」


そこにあったのは、いつもの理愛華の笑顔だった。



改札を通り抜ける姿を見送った俺は、足早に家へと戻る。風葉を置いてきたままだった。

通りを離れて、静かな夜道に小さな足音を鳴らす。

明日は9時頃に理愛華が家に来ると言っていた。

俺には約束に遅れる悪い癖がある。


勝幸(準備しねぇと、俺の事だ。慌てて大変な事になりそうだな)


そう考えながら家に着き、静かにドアを開ける。

風葉はまだ、安らかに意識を落としていた。

食後に歯を磨いた後のかなり早くから寝ているし、もしかしたら早く起きるかもしれない。俺も、今日は早めに寝ようかな。

そう思って、すぐにシャワーを浴びた。汚れと共に、疲れも少し流される。

ホカホカなまま、俺は保湿クリームを手繰り寄せ、右手で躯幹四肢くかんししに塗りたくる。それと同時に左手で携帯を開いた。


そして、『子供 引き取り 手続き』と調べたのだった。

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