第二十七話 目覚めの朝には

「おはようございます、さくや殿」


 頭の上で声がする。

 機械犬を抱きながらベッドで寝返りをうつさくやは、休みぐらい寝かせてと呟いた。


「朝ですぞ、さくや殿」


 もう少し寝ていたいのにとあくびをし、目を開けたさくやは、思わず機械犬をギュッと抱きしめた。


「あばばばばばばあああああああああああああああああああっ!」


 山羊の鳴き声にも似たバリトンボイスを上げて、機械犬が喚きもがく。

 二人の眠気は一気に吹っ飛んだ。

 目の前には、澄んだ目をして微笑みながら閃星銃の銃口をむける、黒いゴスロリワンピースに袖を通したリョーマがいたからだ。


「二人とも、起きましたか」


 さくやと機械犬は、慌てて首を縦に振った。


「それは何より。すみやかに起床して、冷めてしまう前にお作りした朝食を召し上がってください」

「そ、その前に……」

「その前に?」

「銃を引っ込めてくれると、起きれるかな……」


 リョーマは手に持つ銃を一瞥し、うなずいて引っ込めた。


「リョーマって、あんな過激な子なの?」

「そんなことはなかったのだが」


 折角の日曜なのだからともう一眠りしたかったさくやであったが、仕方なく掛け布団をはねのけて、ベッドから降りた。

 そういえばリョーマが元気になったのは、昨日の晩御飯からだったと思い出す。

 夕食の献立は天ぷらだった。

 一昨日に鱧の落とし、つまり湯切りを食べていたので、まさか二日連続で鱧を食べるとは、さくやも思ってもいなかった。

 そんなさくや以上にはしゃいで食べていたのが、リョーマだった。

 異世界には存在していないものなのだろう。こんな美味しいものは初めてですと感動のあまりむせび泣きながらの食べっぷりに、さくやの両親も気を良くして、自分たちの天ぷらも分け与えるほどだった。

 鱧は生命力が強く、海の魚にしては珍しい皮膚呼吸ができる。おかげで水の無いところでは皮膚から粘膜を出して保水するので、海から遠く離れた京都まで運ばれても鮮度が保てる魚は鱧しかなかった。海のない京都で鱧が名物になった所以である。

 食べ物次第で性格もかわると言うけれど、どうやら本当のようだ。

 そんなことを思い出しながらネグリジェを脱いださくやは、昨日リョーマが着ていた学校の制服に袖を通す。

 ハンガーにかけて置いておいただけなので、汚れやほつれは昨日のままだ。


「今日は学校とやらは休みではなかったか」


 機械犬が首を傾げる。

 さくやは得意げな笑みを浮かべて、姿見の前に立った。


「ちょっと見てて。変身もに☆」 


 光に包まれるとさくやは、純白のロリィタ服に身を包む銀色の長髪をした魔法少女ホワイトエンジェルに変身した。


「そして、変身を解く」


 パッとはじけるように元のさくやに戻った。


「すると、あら不思議」


 さくやは姿見の前でくるりと一周りしてみせる。

 変身前に着ていた、汚れてほつれていた制服が、まるで新品のごとくきれいになっていた。


「すげぇー」


 機械犬は口を大きく開けて見上げていた。


「星の子達が服を戻すときにきれいにしてくれるって、取扱説明書に書いてあったのをみつけてね。試してみたんだ~」


 えへへと笑いながら制服をハンガーに掛けてクローゼットにしまうと、漆黒のゴスロリワンピースを取り出した。

 長いリボンが結ばれた刺繍の入ったレース袖に、胸元をきれいに見せるVネックにリボンを結ぶロング丈のフリルワンピースに着替えたさくやは、黒レースのヘッドドレスを洗面所でつけてから顔を洗った。

 タオルで顔を拭いながら、どうしてリョーマが家にいるのかを思い出す。

 機械犬の追っ手として異世界からやってきたリョーマは何者かに操られていた。死闘の末、彼女を助けたものの行き場がなかったため、両親には「友達だから」と頼みこんで、泊めさせたのだった。


「お父さんたち、買い物に行ってくるから」


 口を濯いでいると、母親が声をかけてきた。


「それにしても、さくやちゃんにあんな友達がいたなんてね。『一宿一飯の恩義だから』と、掃除、洗濯、料理などを手伝ってくれて、助かっちゃった。じゃあ、行ってくるね」


 軽い足取りで玄関へと向かっていった。

 そんな母親の背中を見送りながら、日頃から家の手伝いをしない自分への当てつけかなとつぶやく。


「仲間の中でも、リョーマは家事が得意だ」

「イヌも苦手なんだ、家事」

「好きではないね」


 黒レースのヘッドドレスをつけ終えてからキッチンに入ったさくやは、テーブルの上に機械犬を置いて、自分の席に座る。

 さくやの好物、鍋焼きうどんが置かれていた。

 機械犬は、畳まれ置かれてあった京都日報を開き、熱心に読みはじめる。

 文字もろくに読めないのにわかるのかな、とサクヤは箸を手に持った。

 オーブントースターからパンが飛び出るのをみて、リョーマは皿の上に取り、香ばしく焼けた玄米パンに黒ごまのペーストをたっぷり塗りだす。サイフォンでたてたコーヒーとともに機械犬の傍へと運んだ。


「ありがとう」


 AIBOの機械犬は、コーヒーをひと舐めし、パンをかじる。

 壊れても知らんぞとつぶやきいて、さくやは鍋焼きうどんをすすった。


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