ラーメン大好き美少女と彼女を可愛がりたい僕

久野真一

第1章 ラーメン系ユーチューバーな彼女と僕の1日

第1話 ラーメン系ユーチューバーな彼女

「さてさて皆様。今日もRamen Walkersの時間がやってきました!今日は煮干し醤油しょうゆ系ラーメンで有名な「ひのき」にお邪魔しまーす。あ、ちなみに、檜さんは、今の時間は特別に貸し切りにしてもらっています♪」


 ビデオカメラ越しに、ラーメン「檜」の前で、明るい笑顔ではきはきと喋る可愛い彼女を見つめる。今、僕たちがやっているのは、ユーチューブチャンネル「Ramen Walkers」の収録だ。Ramen Walkersは僕と彼女の二人で始めた番組だ。彼女が色々なラーメン店に行ってラーメンのレビューをするといった内容で、今は10万人の視聴者が居る。


 青と白のセーラー服を着た彼女の名前はCeciliaセシリア。イギリス出身で、大のラーメン好きな少女。背丈は150cmに満たないくらいで、ちっこい。碧眼で自慢の赤みがかった茶色の髪を肩まで流した彼女は、どこか小動物のようで可愛らしい。胸がちっちゃい事を気にしていて、その事を言うと怒るんだけど、ぷりぷりと怒るところもまた愛らしい。と、ついつい自慢の彼女のことを語ってしまった。


 なお、欧米人と言えばブロンドの髪というのが思い浮かぶ人が多いけど、実は、


「イギリスで見るブロンドの人って、染めてる人多いの」


 とは彼女の弁だ。


『Cecily. Although it's a good introduction, don't forget to say hello!』

(セシリー、つかみはOKだけど、挨拶を忘れずに!)


 そう彼女に伝える。


「あちゃちゃ。挨拶を忘れてすいません!はじめましての方ははじめまして。またの方はこんにちは。セシリア・アイバーソンとアシスタントのがお送りします。よろしくお願いしますね♪」


 照れ笑いを浮かべて挨拶を付け加えるセシリー。こんな、ちょっとおっちょこちょいなところも視聴者には人気なのだ。


「ではでは、早速店にご案内しまーす!」


 こちらを一瞬見てウインクした、元気な声の彼女に続いて店内に入っていく僕。


「カウンター席のみというのが、本格的な昔気質むかしかたぎなラーメン屋っていう感じですね。厨房からもいい匂いが漂って来て、期待できそうです」


 店内の様子を実況しながら、危なげなく食券を買って、席に着く彼女。


「さーて、楽しみですねー。私、醤油系は大好きなんですよー。でも、煮干し醤油系って、臭みがあるので、好みが別れますよねー。あ、ちなみに、煮干し醤油というのは、スープに煮干しベースの出汁を使った醤油ラーメンの事です。一口に煮干し醤油と言っても色々あるんですが、檜さんは、淡麗系……透き通ったスープを出すところですね」


 そんな、ちょっと通っぽいトークをしつつ、ラーメンが出てくるのを待つ。


『Kyoya, what do you think about?』

(キョウヤはどう思う?)


 と思ったら、僕にコメントを求められた。うーん、どう言ったものかなあ。


『Hmm. I prefer salt based ramen to soy-sauce based ramen』

(うーん。僕は塩ラーメンの方が醤油ラーメンより好きかなあ)


 ひねりがないけど、そう答える。


は醤油より塩派らしいです。いっつもそうなんですよね」


 今度は、セシリーが日本語で僕の英語の応答に応える。この英語と日本語のちゃんぽんなやり取りがこの動画の売りでもある。


 少し待つと、店の売りである煮干し醤油ラーメンが出てくる。透き通ったスープに、煮卵とチャーシュー、ネギと最低限のトッピングが特徴だ。


「さーて、いよいよやって参りました。煮干しとお醤油の香りが漂ってきて、本当に美味しそうです。トッピングがシンプルなところもいいですね。私は一足お先にいただきますが、皆さんには飯テロだったらごめんなさい。先に謝っておきますね♪」


 飯テロなんて、日本語のネットスラングまで駆使するところは長年日本に滞在している彼女ならでは。そして、ずるずると慣れた様子でラーメンをすすり始めるセシリー。


『Cecily, how is the taste? Do you love it?』

(どうだい、セシリー。お味は?好みに合うかい?)


 再び、英語で彼女に感想を求める。


「美味しいです!煮干しの苦味が全然無くて。煮干しが苦手な人も大丈夫ですね。ああ、あっさりしてて、これならいくらでも行けそうです」


 そう言って、再び美味しそうに麺をずるずるとすする。ちなみに、煮干し出汁を使ったラーメンの欠点に、煮干しの濃厚な匂いがして、人を選ぶというところがあるのだけど、このお店はそうじゃないらしい。食べながらカメラを回されて緊張しないのかなとよく思うのだけど、『キョウヤだし平気』らしい。


 そして、気がつくと、彼女は大盛りのラーメンを平らげていた。大した健啖家けんたんかだ。


「はー。幸せですー。天国に居るみたいですよ。やっぱり、ラーメンはいいですね」


 食べ終えて、ほんとに天国にいるかのようなだらーんとした表情をする彼女。


『Cecily, you forget the review. You're always like that』

(セシリー。レビュー忘れてる。君はいっつもそうなんだから)


 動画撮影中な事を忘れそうになっている彼女を突っつく。ラーメンに夢中にあまり、番組の事をふと忘れそうになる事があって、そういう時に本題に引き戻すのも僕の役割だ。


「ああ、すいません。ラーメンが美味しすぎて、つい。でも、それくらい美味しいってことですよ!ほんとですからね!こってりが苦手な人も、これなら美味しくいただけると思いますよ。あっさり系が好きな人にオススメですね」


 慌てて、笑顔でいう彼女。きっと、こういう、番組の収録をふとした瞬間に忘れるようなところグッとくる人も多いんだろう。


『Hey, Cecily. How do you rate this ramen?』

(で、セシリー。このラーメンは何点だい?)


「うーん。10点満点中……9点です!本当に美味しいんですが、私はちょっとこってりが入ったくらいが好みなんですよね」


 彼女のポリシーとして、基本的に酷評はしないけど、9点ならなかなか。


「というわけで、今日は檜さんにお邪魔してみました。煮干し醤油ラーメン以外にも色々ありますから、今度お邪魔する時にはもっと色々食べてみたいですね」


 とちょっとしたコメントを流して、


『See you next time, everyone!』

(それでは、皆さん、また次の機会に!)


 最後に、セシリーが定番の締めの挨拶をし終わると、カメラを止める。


「お疲れ様、セシリー」


 撮影を終えた彼女をねぎらう。


「キョウヤもありがとね。でも、大将、本当に美味しかったですよ!」


「どうもありがとうございました、大将」


 取材に協力してくれた店主さんに揃ってお礼を言う。


「いやあ。これだけで宣伝になるんだから、いいよいいよ。うちみたいな個人経営だと、なかなか大々的な宣伝も難しいからねえ」


 そう気さくに応じてくれる店主さん。許可は取っているし、ある意味店の宣伝にもなるけど、料金は払うようにしている。彼女なりに、ラーメンを食べさせてもらうのだから、きっちりしたいとのことだ。


「それにしてもお嬢ちゃん、日本語が上手だね。ガイジンさんとは思えないよ」


 日本人から見ると定番の褒め言葉とという言葉を聞かされた彼女は、一瞬になるけど、すぐ表情を切り替えて、


「もう、私も日本は長いですからね。心は日本人!ですよ」


 笑顔で受け答えをする。ああ、これ、帰りしなに愚痴を聞かされるパターンだな。その後も、少しの間、店主と雑談をして、店を出た僕たち。


『Hah. "You are good at Japanese"? I'm fed up. Moreover, "gaijin"?』

(はあ。また、「日本語が上手だね」よ。うんざり。それに、「ガイジン」?」


 店を出た途端、不満顔になるセシリー。彼女は、感情が高ぶると、こうして英語でまくしたてる事がある。


「抑えて抑えて。大将も悪気があったわけじゃないし。君もそれはわかってるだろ?」


「わかってるわよ。でも、この言葉しょっちゅうだもん。それに、私、日本国籍持ってるんだよ!?」


「気持ちはわかるよ。ほんとに」


 そう。名前はともかく、彼女の一家は、日本国籍を持っているし、日本人としての自負もある。だから、「外国人なのに日本語が上手」という褒め言葉には、微妙な気持ちになってしまうのもよくわかる。ただ、いきなり普通の日本人にそれを分かれと言っても難しいだろう。だから、


「そんなに嫌だったら、動画やめる?別に止めても誰も責めないよ?」


 そう聞いてみる。結構な視聴者数が居る動画だけど、あくまで趣味は趣味だ。だから、僕は彼女の気持ちを尊重したい。


「ううん。続けるわ。楽しみにしてくれる人も一杯いるし。やっぱり、色々なおいしいラーメン屋さんを皆に紹介したいもの」


 少しムスっとした顔ながらも、答えを返す彼女。

 こういうところで一本筋が通っているのが彼女だ。


「じゃあ、ちょっとは我慢しないと。僕はずっと君の味方だからね」


 愛情を込めて、ぎゅっと、彼女の小柄な身体を抱き締める。小ぶりだけど形の良い胸の感触と身体の温かさと柔らかさが伝わってくる。今日の彼女が薄着で良かった、なんて思ってしまう。


「ちょっとキョウヤ。恥ずかしいんだけど!?それに、人が見てるし!見てるし!」


 腕の中で、彼女があたふたしている。でも、強引にほどこうとしないところがまた彼女らしい。

 そして、周りがなんだなんだと好奇の視線で見てくる。でも、今の僕にはまるで気にならない。そこで、


「イギリス式の愛情表現のつもりなんだけど」


 しばらっくれてみる。


「こういうのはイタリア式!イギリス式はもっと慎み深いの!わかってるでしょ?」


 言い聞かせるような言葉。時々、ちっちゃい子どもにお説教をされているような気持ちになる。なんて事を言ったら、怒られそうだ。


「はいはい」

 

 あまり虐めても可哀想なので、手を離してあげる。


「「はい」は1回。もう、キョウヤはイジワルなんだから」


 少し怒ったように言う彼女だけど、機嫌は悪くなさそうだ。


「君も家の中だと、あんなに甘えてくるのにね。いつもだって、君から……」


「もう!家の中は別!いいから、早く帰りましょ?」


 手を引っ張ってずんずんと歩き出す彼女と僕。


 さて、僕は雨次恭弥あめつぎきょうや。ラーメンがちょっとばかり好きなだけの高校2年生だ。隣の彼女はCeciliaセシリア Iversonアイバーソン。僕と同じ高校に通う、イギリス出身の少女だ。僕と彼女は、ちょっと奇妙な縁で、幼い頃にセシリーと出会ったのだけど、それ以来ずっとの付き合いだ。


 僕たちは、ラーメン店のレビューをするユーチューブチャンネル『Ramen Walkers』をやっている。元々は、高校1年生になって、ユーチューバーをやりたいと言い出したセシリーに付き合って始めたのだけど、もう放送30回目で、チャンネル視聴者数も日本世界合わせて10万人を突破と、なかなかの人気だ。


 隔週で動画を投稿しているので、月に2回は彼女に付き合っている。

 動画撮影や編集は1人だけだと難しいし、僕も彼女と一緒に何かをしたかった。


「お昼ご飯食べてないや。檜で食べとけば良かった」


 お腹の音がぐーとなる。取材をしているときは、空腹を忘れていた。


「それじゃ、作ってあげる。何がいい?何でも作るわよ?」


 僕の方を伺うように見上げてくる。彼女は和洋問わず、料理が大の得意だ。


「エッグマフィンが食べたいな。セシリーの作ったの大好きなんだ」


 エッグマフィンはハンバーガーのようなものでもあるけど、バンズに相当するものが、マフィンと呼ばれるパンなのがちょっと違う。マフィンがあれば、簡単に作れるのもいい。ちなみに、本来は、エッグマフィンという名称自体はあえて使う程でもない、家庭料理らしい。


「もう、口が上手いんだから。でも、私和食の方が得意なのに」

「セシリーならどっちでも美味しいでしょ?」


 そんな事を話しながら、彼女の家に帰る僕ら。彼女としては、既に和食の方が得意で、そっちをリクエストしてほしいのだ。


 こんな風に、Ramen Walkersの収録をして、そして、帰りにデートのような事をするのが当たり前になってから、どれだけ経つだろうか。彼女と出会ったのが小学校の途中だから、今の関係は幼馴染で恋人と言ったところ。


 当たり前のように恋人同士な会話をしている僕たちだけど、実は、明確に「告白」をした事は一度もない。


 ある朝突然、彼女が押しかけて来たと思ったら、なんだか頬を赤らめていて、ぎゅっと抱きしめられたりして戸惑っていたのだけど、それから、


「これからデートしましょ、キョウヤ」


 なんて言って来たのだ。その初デートで、目を瞑って当然のようにキスをねだられる始末。僕も彼女が大好きなので、ねだられるままキスをしてしまい、なし崩し的に恋人同士になってしまった。


(ほんと、なんでなんだろう)


 「いつ告白したっけ?」なんて事を言おうものなら彼女を激怒させそうで未だに一度も聞けていない。


 いつか聞いてみたいな。なんて事を時折思う。それ以前に、彼女は僕のどこを好きになったのだろうか。未だにそんな事も聞けていない。


 でも、そんな事がどうでもよくなるくらい彼女との日々は楽しいのだ。

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