閑話.猛将の森可行、お館様と呼んではいけない。

お館様(信長)が長光寺砦 (浅野屋敷)に来られると張り切っている所に、増田砦の康直やすなおの使者が到着して、森-可行もり-よしゆきは震えた。


「お館様をお助けし。森家の強さをお見せするのだ」


もり家は美濃守護の土岐とき家に代々仕えていた。

運悪くお家騒動になったが、 可行よしゆき 頼芸よりあき様を支えた。

一方の土岐-頼純とき-よりずみ様は朝倉孝景と織田信秀を頼り、公方様を動かし、六角定頼の仲介で守護職に就いて美濃に戻ってきた。

もり家は本流から隅に追いやられてゆく。

しかし、天文16年 (1547年)11月17日に頼純は急死した。

利政としまさに毒殺されたとも噂されたが、詳しいことは判らない。

いずれにしろ、再び美濃守護の地位が戻ってきたのだ。

その実権は利政としまさに移っていたとしても守護は守護であった。

しかし、次は自分と 頼芸よりあきは恐れ戦き、美濃を捨てて夜陰にまぎれて、妹の嫁ぎ先である六角家を頼って逃げてしまった。

流石に一戦も交えずに逃げた 頼芸よりあきに六角定頼も呆れたらしい。

主が逃げた為に 可行よしゆきは知行地300貫を失うことになる。

しばらく長井-道利ながい-みちとしの世話になっていたが、織田で兵を求めていると聞いて那古野に移った。


天文21年 (1552年)5月、信長の常備の足軽兵になる為に那古野城を訪れた。

なんと 可行よしゆきを信長自身が出迎えてくれたのだ。

信長は常備軍の必要性を説いた。

手柄を立てても領地ではなく、俸禄(銭)で支払われるということを何度も念を押された。

奪った土地をすべて直轄地にされるつもりらしい。

この際だ。

一族を食わせる為に土地でも銭でもどちらでもよかった。


足軽からやり直す気持ちでいた 可行よしゆきに信長様が提示されたのは、足軽大将の上、侍大将の下に当たる軍奉行 (徒大将、徒頭、士分)であった。

俸禄はなんと500貫文であった。

領地で換算すれば、1,000石相当と言う破格の俸禄であった。

直臣として、徒部将 (侍 徒士、士分)、小者を養うのに十分過ぎる報償である。

しかも足軽は信長様が直接に揃えられる。

可行よしゆき、評定にも出ることが許された。

信長様は名君に違いない。

弟の魯坊丸ろぼうまる様は魏の荀彧のような名軍師だ。

織田は天下を取るぞ。

可行よしゆきはそう確信した。


越後守護代の長尾 為景ながお ためかげが『御屋形様』を許されたのだ。

尾張守を頂き、守護代になるのも確実だ。

幕府の貢献も他を寄せ付けない。

間違いない。

いずれは名を頂いて『お館様』になられるに違いない。

俺がしてみせる。

(常備兵に『いずれはお館様』を広めた張本人であった)


 ◇◇◇


信長は城や領地は与えないと言っていたが、長光寺砦 (浅野屋敷)を任された。

どうして、どうして。

可行よしゆきは満足そうに頷いた。

城持ちと代官の差がどこにある。

兵は200人と少ないが、この砦の主は儂だ。

いずれはもっと大きな仕事を与えて頂ける。

間違いない。


「父上、あまり張り切り過ぎず、私にお任せ下さい?」

「馬鹿を言うな。お館様を天下一にするのはこの儂だ」

「それは十分に承知しております」


可行よしゆきはすでに59歳であり、家督を息子の可成よしなりに譲ってもよい歳だったが、息子が30歳になっても未だに家長として君臨していた。

道利みちとしの元でがんばっても城の主に戻れなかった。

それがわずか1年で砦の代官まで戻れたのだ。

可行よしゆきは浮かれていた。


しかも長光寺砦は清州と岩倉を結ぶ、重要拠点の1つであった。

ここより西にある大江川を境界に、西の領主がお館様 (信長)に寝返っている。

清州と岩倉を分断し、岩倉勢が中島郡を襲うのを牽制する。

武将として手柄を立てるに打って付けであり、働き甲斐のある場所であった。


「岩倉勢が清州に援軍に行くには、清州川(五条川)の東側か、西側を通らねばならぬ」

「承知しております。東側は林様が担当されております」

「そして、西側は我らだ」

「敵が来たなら、遊軍はお任せ下さい。敵を外より攪乱して見せます」

「何を言うか。遊軍は儂が率いる。お前こそ、砦の指揮を取っておればよい」

「砦の指揮など、誰が取っても守りきれます」


長光寺砦は増田砦とまったく同じ仕様の砦であった。

わずか100人でも、その十倍の敵に対応でき、最終的に敵を誘い込んで全滅に追い込む。

兵の少なさに呆れるより、策謀の陰湿さに舌を巻いた。

あり得ないほど奇抜だ。

敵を引き込んで火計で一気に敵を殲滅する砦?

ないな。

守る武将として面白みのない砦であったが、絶対に負けない砦は心強かった。

つまり、砦の外で敵を攪乱かくらんする遊軍が武将の花形になる。


「父上もお年なのですから、遊軍の指揮は私に任せて下さい」

「まだ、お前に負けん」

可行よしゆき様、お館様 (信長)が増田砦で清州勢に襲われているそうです」

「何だと!」

「父上、遊軍を引き連れて援軍に赴きます」

「待て、儂が行く」

「判りました。近松ちかまつ-門左衛門もんざえもん、砦代官代を命ずる」

「畏まりました」

「父上、行きましょう」


可行よしゆきは数少ない馬に跨った。


「お館様をお助けし。 森家の強さをお見せするのだ」


うおおぉぉぉ!

信長様と何度も演習という名のいくさを経験した強者らが吠えた。

皆、自信に溢れた顔をしている。

装備は槍や弓を持ち、太刀を腰にぶら下げ、小盾を左手に持っていた。

可行よしゆきを先頭に駆け足で増田砦に移動を開始した。


物頭(武頭)一人に番頭三人が付き従う。

(本来は物頭(武頭)一人に番頭二人が付き従う)

番頭一人に組頭 (小番頭)三人が付き従う。

組頭 (小番頭)に10人の足軽が与えられる。

(物頭、番頭には、小者一人が付く)

延べ、物頭一人、番頭三人、組頭九人、足軽九十人の百三人が付き従った。

(通常:物頭(武頭)二人の上に足軽大将 (士分)が配置される)


砦の兵は200人と少数なので、軍奉行(徒大将 徒頭)が足軽大将 (士分)を兼任していた。


 ◇◇◇


「馬を降りよ」


可行よしゆきは増田砦に近づいた所でそう言った。

そこから息を殺して近づいてゆく。

林がいい感じで隠れ蓑になってくれた。

どうやら、いくさはすでに始まっているようだ。

しかし、それほど経っていない。

なぜならば、規則正しい鉄砲の音が響いていた。

この砦は戦が佳境に入ると、鉄砲・弓は各々の判断で撃つようになる。

つまり、戦がはじまったばかりとすぐに判った。


康直やすなおの所を襲わず、儂らの砦を襲ってくれれば良いのにのぉ」

「それは同感でございますが、清州勢に言わねばなりません」

「判っておる」


清州城に近い五条橋に代わって新五条橋を造ったことを妬んでおり、行商人の護衛を担う増田砦が恨まれるのも当然であった。

面子を潰された清州勢はどうしても増田砦を落とさねばならなかったのだ。


清州勢が大きな盾を先頭に東正門に兵が進んでゆく。

それを遠目に覗きながら、 可行よしゆきらは息を殺して後方に回り込んでいった。

うおおおぉぉぉと言うときの声が清州勢からあがった。

東正門が壊れたのであろう。


大里砦と同じなので、 可行よしゆきらには勢いに乗る清州勢の気持ちが手に取るように感じられた。

ダダダァァァンと一度止んでいた鉄砲が再び火を噴いた。

歓喜から混乱に移る。


そろそろ 可行よしゆきらも隠すものがなくなってきた。


「父上!?」


可成よしなりが声を掛けた。

清州勢の中にこちらを振り向く者が出た。

見つかったか?


「ここまでだ」


可行よしゆきが一旦足を止めた。

息を大きく吸ってから、吐き出すように大声で叫んだ。


『掛かれ』


うおおおぉぉぉぉぉ、100人の足軽衆が走り出した。

敵は500人余りだ。

前衛200人が混乱し、中堅支援100人が弓を射ているが届いていない。

そして、残り200人の本陣に突撃を行った。

常備兵の強さだ。

一糸乱れぬ突撃に敵の本陣が慌てた。


可行よしゆきが外輪の敵を一突きし、そのまま敵中に突入する。

ずぼ、ずぼ、ずぼっと目の前に現れる敵を 可行よしゆきが一人、また一人と突き刺して進んでゆく。

邪魔な敵を槍で払い、次の獲物を見定めて突き刺してゆく。


「足を止めるな。そのまま突っ切れ」


一方、可成よしなりもまた無双していた。

しゅっと風を切るように槍を振り回し、槍で刀のように引き裂いてゆく。

父のような苛烈さはなく、槍を振う姿に美しさがあった。

可成よしなりが通った後には鮮血を飛び散らす敵が、訳も判らないという感じで残されてゆく。

家臣がそんな敵にとどめを刺し、あるいは、蹴り付けてはその場から排除してゆく。


「私に続け」


可行よしゆき可成よしなりの二人が敵本陣へ道を切り開いてゆく。


「ヌルい、ヌルい、ヌルいぞ。我と思う奴は掛かって来い」

「父上、腰を痛めても知りませんぞ」

「そのようなヌルい鍛え方はしておらんわ」

「殿と若様をお守りしろ」

「今更、若様という歳でもないぞ」

「がははは、そんなことを言っておるから若様と呼ばれるのだ」


森の直臣も大変だ。

主君が誰よりも先に突き進んでゆく、二人を守りながら見失わないように追い駆けねばならない。

並の兵の三倍は働かされた。

だが、その強さに魅了された者ばかりであった。


それを追うのが常備兵らであった。

その二人が広げた傷口に槍隊が突進し、槍兵を守るように盾兵が付いてゆく。

その後方に弓隊が援護の矢を放っていた。

走りながらの弓の精度など知れている。

それでも構わない。

遠間で狙っている敵や槍兵の背後を襲おうとする敵を狙ってゆく。

相手の気が一瞬逸れれば、それでいい。

敵の弓の命中率は酷く下がるし、背後の敵が一瞬だけ怯めば、捌く技量を身に付けている。

常備兵の基本は三位一体。

攻める槍兵、守る盾兵、援護する弓兵だ。

盾兵は黒鍬隊が持つような大盾ではなく、片手で持てる軽い盾に短槍か、刀で武装する。

必ず、予備の装備を持たせていた。


ずぶずぶと清州勢の斜め後ろから中央に掛けて引き裂かれてゆく。

歩兵の突撃は騎馬隊のような突進力はないが、確実に本陣を近づいてくる。

そして、反対側からも増田砦の遊撃隊が現れた。

中堅の敵弓隊に襲い掛かった。

前衛は交通渋滞を起こして砦から的にされている。

中堅は横から敵に慌てて崩壊する。

敵の反応がヌルい。


どこも冷静に対処すれば、敵は少数だ。


取り囲めば、数の優位で対応できるのに、武将が慌ててしまって指示を出せないので、兵が四散してしまい、気が付いた時は身動きができない。


「敵が迫って参ります。如何致しましょう?」

「撤退だ」


迫る 可行よしゆき可成よしなりに背を向けて、清州の大将が撤退を開始した。

素早い判断が鮮やかだ。

清州勢は軍を編成するごとに襲い掛かってくる那古野の兵を恐れていた。

逃げることに慣れていた。

本陣が引くと、各武将も塵尻に逃げ出してゆく。

これを追うのは歩兵では難しい。

将が消えると兵も蜘蛛が散るように兵も四方に退却してゆく。


「逃げるな。掛かって来い」


可行よしゆきに応える武将はいない。

雑兵の首を取った所で手柄にならない。

那古野の軍規は『首、お捨て』だ。

疾速しっそくを尊び、従軍のかせとなる首狩りを禁止していた。

価値のある首は敵将のみであった。


手柄を取り損ねた 可行よしゆきが吠えた。


それを合図に味方がときの声を上げる。

織田軍の勝利が確定した瞬間であった。


えいえいおぉ、えいえいおぉ、えいえいおぉ!


 ◇◇◇


前衛の敵は半数が降伏した。

武将は臣従、兵士は奴隷として売られる。

臣従を拒否した武将は首を狩られて丁寧に清州に送り返されるのだが、皆、臣従を望んだ。

可行よしゆきは「根性がない」と蔑む。


臣従した武将は客将として扱われ、那古野での行動のみ自由にできる。

軍奉行の下に付けられ、評定に参加できない徒部将 (侍 徒士)の地位が当てられる。

訓練に勤しみ、手柄を立てれば、軍奉行に成れる。


「信長様は甘い」


そう影口を立てる者も多い。

信長様は一度の過ちは赦すと公言されている。

それが「信長様の大器な所だ」と 可行よしゆきは言う。


一方、兵士で那古野方に付きたい者は三年の課役が科せられる。

予備兵として、土木作業と戦訓練などに従事させられ、三年の課役が終わると、装備一式と住まいとわずかな銭が与えられ、足軽の兵長からはじまる。

兵長は組頭の下で上兵を追い越すことになり、手柄2つで士分の足軽大将になれる。

これも甘いと批判されている。

しかし、信長様は言う。


「三年間は命令に従って手柄を立てても評価しない。だが、命令に従わないのなら首を刎ねる。そのような過酷な中を生きぬいた者に兵長では不憫だと儂は思う」


信長様は正しく手柄を評価しようとされる。

やはり名君であられると 可行よしゆきは思う。


可行よしゆき、此度は大義であった」

「お館様のご無事。何よりでございます」

可行よしゆき、そのお館様は止めよ」

「しかし、いずれはお館様でございます」

「いずれはいずれ、今、ここで口にすべきではない。よいな、儂はお主を罰したくない」

「畏まりました」

「聞き分けてくれて助かった」


いずれ、そう呼ぶ日が来る。

それまで我慢するだけだ。

可行よしゆきは自分にそう言い聞かした。


さて、信長様は男装した帰蝶様と予定を話される。


「殿、この後はどうなさいますか?」

「視察を中止にしたいところだが、川賊退治でやきもきしている前田らを訪ねずに帰ると、あとで愚痴られるのも面倒だ。このまま続けたいと思う」

「承知しました」

「帰蝶は疲れたであろう。那古野に戻っておくか?」

「いいえ、同行させて頂きます」

可行よしゆき、大里砦に行く予定であったが、次の機会でもよいか?」

「次を楽しみにしておきます」


後始末を康直やすなおに任されると、信長様は中島郡へ進んで行かれた。


 ◇◇◇


【那古野、番所の軍政】

侍大将 (大番頭、士分) 〔軍奉行1人、足軽300人と直参50人(騎馬50騎)〕

・部将(侍大将、中士、士分) 〔馬廻衆〕

・直参 (中士、士分) 〔騎馬武者〕

・領民兵 (招集兵 兵)

軍奉行 (徒大将、徒頭、士分) 〔足軽大将2人と名番頭2人、足軽240人と直属足軽60人〕

・徒部将 (侍、徒士、士分) 〔直近衆〕

足軽大将 (士分) 〔物頭2人、足軽120人〕

組頭(小番頭、兵)〔足軽10人〕

 

兵長 10人組の長(5人組の長を兼ねる)〔組頭の補佐、兵長が3組3人を束ねる〕

上兵  5人組の長

中兵 兵長・上兵の補佐兵(のこり3人が部下)

下兵  一般的な兵

見習い兵 〔盾、槍、刀、弓、投石、穴掘りができない兵〕

(一通りできるようになると下兵になれる)

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