第2話 赤塚の戦い!
天文21年 (1552年)4月17日、兄上(信長)が山口教継・教吉親子に激怒して、那古野城より兵を引き連れて出陣した。
俺が思うに父上(信秀)に一番似ているのは兄上(信長)と思う。
思い立ったらすぐに行動する。
若き父上は同年代の佐渡守(
特に、いい女がいると聞けば、二人で出歩いて見に行った。
信長も次男・三男を連れ回して、相撲や河遊びをやって腹ごしらえに瓜どろぼうを働いた。
二人とも人の迷惑を気にしないで振る舞うのが似ている。
そう言えば、兄上(信長)も母上の元に何度も土産を持って、尋ねてきたと聞いている。
女の好みが一緒なのかもしれない。
特に重要なことは、二人とも台所の計算ができることだ。
つまり、銭の価値を知っている。
案外、この戦国時代の武将は銭勘定のできない者が多い。
首を取れば、褒美を貰えると思っている馬鹿が多いのだ。
そう考えると、家督はどう考えても兄上(信長)しかない。
信勝兄ぃは熱田や津島に足を運ばない。
織田を支えているのは銭なのに、その足元を見ないような者に織田家を従わせることはできない。
ただ、兄上(信長)は短気なのが玉に瑕だ。
山口教継は熱田と海を挟んだ
それを聞いたのだろう。
中根南城にも信長の使者がやってきた。
「
「山口親子を討つ為に兵を出せと言ってきた」
「何とお答えになったのですか?」
「もちろん、承知した」
「そうですか」
「不満そうだな」
「兄上(信長)はもう少し巧くやって貰わないと困ります」
俺は養父にはっきりとそう答えた。
もう一人の兄、信勝兄ぃもだ。
末森城は混乱していた。
信勝の傅役と末森城の家老が対立し、討伐か、説得かで揉めていた。
家老達の中では山口親子を説得すべきと唱える者が大勢を占めていて、山口親子に使者を出したが、逆に今川に寝返らないかとの手紙が返ってきた。
こうなると、誰が次に裏切るのか不安になっている。
それを押し切って出陣する事のできない信勝兄ぃも情けない。
兄上(信長)と信勝兄ぃが共闘すれば、互角以上に戦えると思うのだが、どちらも頭を下げることを知らない。
そんなことをしている間に笠寺に今川を呼び込まれてしまった。
痺れを切らした兄上(信長)が単独で出陣することにした。
守山城の
つまり、中根三城100人、大喜東北城や田子城など各城から50人を出しても熱田衆は300人であった。那古野衆の500人を合わせて総勢800人にしかならない。
一方、山口教継は500人で桜中村城に立て籠り、後詰に笠寺城を改修して、今川方の葛山長嘉・岡部元信・三浦義就・飯尾乗連・浅井政敏ら援軍500人を迎えていた。
そして、息子の山口教吉は、鳴海城に1,500人の手勢を集めて籠もっていた。
今川方は総勢2,500人に達する。
兵力差があり過ぎた。
「それほど不満か」
「わかりますか?」
「わからいでか。おまえは顔に出過ぎる。武将としては失格だ」
「これは性分です。どうにもなりません。この戦は負けでございます。どうか怪我をなさらずにお帰り下さい」
「やる前から負けと言うな」
「勝てぬ戦に参加して討死など犬死です。ご自愛下さい」
「まったく」
「俺の配下100名をお使い下さい。代わりに城の守りに村人を入れます」
「それは助かる」
俺の手勢は河原者などを拾ってきた者たちだが、土木作業をさせる為に3年も掛けて、しっかり肉を食わして鍛えた。
狩りから土木作業までこなすエキスパートであり、皆から
何故、黒鍬かと言えば。
スコップ、ハンマー、つるはし、のこぎりなどの鉄の農機具を扱う連中だからだ。
3ヶ月は掛かるような荒地開墾を牛や馬などを駆使して一週間でやり遂げる。
異質な集団だからそう呼ばれるようになったので、そのまま採用した。
身を守る為に槍を教え、弓の代わりに抱っこ紐(吊り紐)を使った投石を覚えさせた。
これで鹿や猪を狩るのだから馬鹿にできない。
黒鍬衆の戦い方は大きな木盾で身を守りながら投石で敵を倒し、接近されると盾に身を隠しながら金網の覗き穴から敵を狙い定めて短めの槍で突く。
軍隊式訓練で気帆体力を上げ、謀議を揃え、狩りと守ることに極ぶれした集団であった。
熱田湊の守衛などもやり、熱田衆の戦手伝いにも参加した。
そこで大活躍して、熱田衆の身内から鬼兵扱いだ。
「皆、
黒鍬衆の皆が「へい!」と声を揃えて出ていった。
足軽の装備に大きな盾と短めの槍、背負子にスコップやつるはしなどを背負ってゆく異様な集団が養父の
◇◇◇
ずど~ん!
何故か、俺は信長の前に座らされた。
帰ってくるなり、中根南城に寄ったと思うと、俺を呼びだすとは何事ですか?
信長が眉間にシワを寄せて睨みつけている。
信長が渡河して
信長は城に籠もる教吉を吊り出し、赤塚に布陣して対峙した。
戦いは巳の刻から午の刻(午前10時から正午くらい)まで続き、互いに離れて戦を終えた。
戦は信長方に始終優勢だったらしい。
信長方の被害は30人ほどが討死。捕虜を交換して引き上げてきた。
しかし、信長は那古野に帰らず、中根南城の大広間に座って俺を呼び付けた。
「大勝、おめでとうございます」
「儂を馬鹿にするつもりか?」
「はて、何のことでしょうか?」
「負け戦とか言ったらしいな。どういう了見か、聞かせて貰おう」
「信長様、何のことか見当が付きません」
「とぼけるな! それに兄と呼べと言ったのを忘れたか?」
まったく、いつのことだ。
最後に信長兄ぃが訪ねてきたのは3年前のことであった。
石鹸やリンスに続き、熱田でうどんを広めると、それに興味が湧いたのか、信長はうどんを食べにやってきた。
そのときの第一声が間抜けな質問であった。
「なにゆえに儂は『うつけ』で、おまえは『神童』なのだ?」
俺は信長兄ぃと同じように農村を周り、商人の真似ごともする。
奇妙なモノを作っては人を驚かせている。
石鹸やうどんの他にも改良した蝋燭や油揚げ、清酒を造り、漁民には網漁を広めた。
皆が勝手に『神童』と呼ぶようになった。
信長は麻着を推奨したり、瓢箪を腰にぶら下げたり、村々に餅を配った。
奇妙な所は信長と同じだった。
しかし、家臣達は信長を『うつけ』と呼び、俺を『神童』として崇めた。
「それは私が清酒を造ったからでしょう」
俺はそう答えた。
甘ったるい濁り酒しかなかった時代に、澄んだ酒は神の飲み物であった。
それを城主達や家老達に配っておいた。
気にいってもらえたのか、熱田の酒が飛ぶように売れて、俺の懐も温かくなった。
家老達とウインウインの関係を築けたのだ。
さらに、帝に献上すると父上(信秀)がお褒めの言葉をいただいた。
熱田御献酒の力としか言いようがない。
「おまえは狡い奴だな」
信長に色々と愚痴られて、最後に備蓄用のうどんを全部持って帰られた。
その記憶しか残っていない。
「もう一度聞くぞ。なぜ、真剣に戦えと命じなかった」
「そんな命令はしておりません。誰一人も欠けることなく、帰って来いと言ったのみです」
「同じであろう」
「違います。我が家臣は負けぬように戦ったハズです。それとも我が家臣の中に逃げるような卑怯者はいましたか?」
「逃げる者はいなかったが、追撃を真剣にやっていなかった。言い逃れできまい」
「勘違いでございます。我が家臣は大盾を持っております。他の足軽と同じと思っていただいては困ります」
「大盾など捨てれば、よいであろう」
「大盾を捨てれば、怪我人も出ます。間違えば死人もでます。そもそも敵を追う訓練などしておりません。兵の使い方を間違えているのに、苦情を言われても困ります」
信長は怒りに任せて怒鳴ってくるが、俺も一歩も引かない。
癇癪持ちですぐに刀に手を掛けて刃を向けてくる。
魔王来たよ。
兄上(信長)は自分の思い通りにならないとすぐにキレる。
実に面倒くさい。
俺は切れるモノなら切ってみろと堂々と座って睨み付ける。
兄上(信長)は土田御前似の美しい顔立ちをしており、光源氏のように凛々しい青年だ。
その青年が刀を抜いて刃を俺に向けている。
一方、俺も熱田の楊貴妃と言われた母親似の美少年らしい。
俺は瞬きもせずに兄上(信長)を見上げたままで座っている。
絵になる光景だ。
絵巻物にすれば、見栄えのいい場面なのだろう。
青い顔をしている従者を他所に侍女達はうっとりと見惚れていた。
ふっと兄上(信長)が笑う。
従者達の肝が冷えただろう。
大丈夫だ。
兄上(信長)は短慮で人を切るほどの度胸はない。
ここで俺が余計な一言をいわなければ…………。
背中から汗が拭き出す程度に緊張はしたが、死ぬ気はしなかった。
兄上(信長)が頭を掻いて考え始める。
どすんと座りながら、さらに首を捻り思考を続ける。
考え始めると冷静さを取り戻す。
冷静に俺を見る目の方が怖いな。
「父上が言った通りだ」
「なんと言われたのですか?」
「野心があるなら織田の家督はおまえが継ぐべきだとぬかしおったわ。あのときは負けすぎて焼きが回ったかと思ったわ。どうだ、お前が継ぐか?」
「遠慮します。そんな面倒なモノを押し付けないでください」
「ふっ、変な所で頑固な奴め」
「それはお互い様でしょう」
「俺は何が不味かった。申してみよ」
兄上(信長)はわずかに笑みを浮かべた。いつの間にか、背中からこびりつく恐ろしくぴりぴりとした空気が消えていた。
冷静に見る目の方が刃より怖かったぞ。
今の兄上(信長)の顔はただ怖いだけの顔だ。
そうなると質問に答えないといけないのか?
面倒だな。
長い話になりそうだ。
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