第16話 夏休み

 施設は、高校卒業を機に出る事に決まっている。なので、高校生になったら、大抵はバイトをする。そして職員も、それを推奨する。

 俺は4月になって探索者免許を取れるようになったら、即、免許を取った。免許があると、色々な魔獣に関する資料も見られるようになるからだ。

 そして最初は、訓練と情報収集に費やした。迷宮地上階を繰り返して、訓練と小遣い稼ぎくらいをする。

 潜り出したのは、1学期の終わりくらいからだ。

 ソロは珍しいだけでなく、危険だからなるべくやめておけと協会には言われたが、俺と組む酔狂な奴なんていない。

 いや、1度だけ誘われて組んだが、盾代わりにされかけた挙句、見習いだからと正当な報酬を渡されなかった。それで、1人でやって行こうと思った。幸い、俺は魔術が使えるし、他の魔術士とは違った運用ができる。

 しかし、夏休みのうちに少しでも稼いでおきたかったのと、つい夢中になったのとで奥へ行ってしまい、想定外の大物とぶつかってしまった。

 結果としては倒せたのだが、肋骨2本を折り、脇腹をごっそりと削り取られ、自分で傷を回復させて戻ったが、戻った途端貧血で倒れた。

 そこを、音無が見ていたらしい。

 医務室で目を覚ますと、

「貧血にいいらしいぞ」

と、干しプルーンを差し出して来た。

 音無はその後、時々俺について来た。音無は剣道部の経験から剣を武器にしていた。真っすぐすぎるきらいはあるものの、カンと反射神経が恐ろしくいいようだ。

 俺は自分のペースで進めながらも、そんな音無が一緒の状態に慣れ始め、いつの間にか、一緒に行くのが普通になり始めていた。


 事件が起こったのはそんな時だった。イレギュラー個体が俺達の前に現れたのだ。

「何でこんなに強いんだ!?」

「イレギュラー個体だ!別物と思え、音無!」

 俺と采真は、そいつに何度も繰り返しアタックをかけた。が、硬すぎて刃が弾かれる。

 この時俺は、人前では魔術士である事を隠していた。この俺が魔術を使うというと、不安を与えるか、忌避されるかなのは明らかだと思ったからだ。

 しかし、俺達はそいつに追い詰められ始めていた。

 采真は嬉々として向かっていくが、決定打に欠ける。

 そいつの弱点は火だと俺は思ったが、迷いもある。他の探索者達も集まっていたからだ。

 だが、そいつはもてあそぶように采真に攻撃を仕掛け、追い詰めていく。

「危ない!誰か何とかならないの!?」

 焦ったような声がするが、俺こそが焦っていた。

 そして、壁際に追い詰められた采真に向けて腕を振り上げたのを見て、俺は火の魔術を放った。

「霜村!?」

「音無、傷口を狙え!」

 言いながら、こちらに向き直ったそいつに、もう1発火を撃ち込む。同時に、背中の傷口に采真が剣で切り込み、俺は胸にできた傷に魔銃剣の刃を突き入れ、横に払った。

 そいつは叫び声を一声上げて倒れ、魔石と牙を残して消えて行った。

「はああ、やったな!」

 采真が笑って言う。

「ああ」

 言いながら近付き、采真に大きなけがが無い事を確認する。

 そして、周囲の目と声に気付く。

「霜村?あの?」

「やだ!魔術士なの!?まさか、親みたいに事故を起こさないでしょうね!?」

 そんな声が渦巻く。

 俺は、2人で組むのもここまでだな、と思い、意外と寂しい気がする事に驚いていた。

 が、もっと驚く事が起こった。

「やっぱりお前は頼りになるな!流石は俺の相棒だぜ!」

 そう言って、采真が笑いながら肩を組んで来たのだ。

「え、いや、お前、ほかに言う事があるだろ」

「ん?あ!音無じゃなく、采真って呼べ!俺も鳴海って呼ぶから!」

「え、何で?」

「4文字よりも3文字の方が早いじゃねえか!」

「そういう意味じゃなくてだな」

「鳴海、鳴海、鳴海。女の子みたいだなあ。迷宮以外では鳴海ちゃんって呼んでもいい?」

「殴るぞ」

 こうして俺達はコンビになり、今に至る。

 夏休みで、アルバイト感覚の探索者が多かったあの場では俺が魔術士だとわかって恐れる人間が多かったが、プロ探索者はその限りでは無かったのも驚きだった。

 強いか強くないか。それが探索者らしい。


「それから、俺達はいつも一緒にやるようになったんですよ!」

 采真はにこにことして言った。

 俺があの霜村なのは、柏木は知っていたが、理伊沙さんは知らなかったらしい。

「そう。霜村鳴海、あの霜村博士の……」

「黙っていてすみませんでした」

「仕方ないじゃない。会う人会う人に、そんな自己紹介できないじゃない」

 理伊沙さんは笑って言うが、どこかぎこちない。

「でも、あれ引き起こしたのって、鳴海の親父さんじゃないんですよ」

 采真がしれっと言って、柏木兄妹は「え」と訊き返した。

「魔族だと、本人が言ってました。3人の魔族が来て辺りを火の海にして、両親を連れて行ったんです。父を連れて行くのが目的で、母は人質だと。俺は死にかけてたせいで、置いて行かれました。

 ああ。そういう意味じゃ、父のせいだというのは言えるのかなあ」

 言うと、采真が珍しく目を鋭くして怒った。

「んなわけあるか!お前の親父は被害者だ!お前のお袋さんも、お前も!謝れ!」

「え、誰に?」

「誰だろう……?そう!親父さんとお袋さんとお前にだ!」

「……ええっと、ごめんなさい」

「よし!」

 理伊沙さんはしばらく呆然としていたが、笑い出した。

「変なの!」

「そうかあ?

 まあ、そういうわけだから、俺達は探索を進めて向こうに行って、鳴海の親父さんとお袋さんを取り返して、その魔族をぶん殴るのが目的!」

 迷宮の奥は別の世界に通じている、まことしやかにそういう噂が囁かれているのだ。

「信じられなくても、これが真実なんです」

 柏木兄妹は、しばらく黙ったままだった。

「急ぐような探索も、焦るようにA級まで短期間で行きついたのも、そういう事だと?」

「……」

「そんな戯言を信じられるか!お前の親が起こした事故で、理伊沙は足が動かなくなって、夢を断たれたんだ!責任転嫁するのは卑怯者のする事だ!帰れ!」

 俺と采真は立ち上がった。

「それでも、真実は真実です。

 ご馳走様でした」

 柏木家を出て、俺達はしばらく無言で歩いた。そして、言う。

「それでも、誰が信じなくても、真実は真実だ。構わない。俺は奴らをぶっとばして、両親を取り返す」

「違うぜ、鳴海。俺達、だ」

 俺と采真は拳を突き合わせ、朧月に誓った。



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