第6話 候補は瑕疵物件

 火事の話をすると、采真はポカンとしてから、ポンと手を打った。

「そう言えば、帰り道、消防車の走って行く音がしてたわ!あれがそうだったんだな!」

「今日は悪いけど、家探しするよ。今週中に探さないと困るから」

「わかった。

 なあ、俺も行っていい?実は俺も家を出ようかと思っててさあ」

「いいけど、何で」

「1人暮らししたい。それに、プロ探索者になる事に、親がいまだにいい顔しないんだよな」

「まあ、心配なんだろ。安定した職業とはとても言えないからな」

「大手企業だって倒産する時代だぜ?安定もクソもないだろ」

 というわけで、俺達は放課後、伯父の所から武器を受け取った後、不動産屋へ行く事にした。


 ない。見事にない。

「春は新社会人や新入学生が部屋を借りるのが多いですから……」

 眉間にしわを寄せている俺達の前で、社員が申し訳なさそうに言う。

 俺もそういう事情がわかっていたから、早めに不動産屋を回って、契約しておいたのだ。まさか、退去期限寸前になって、こんな事になるとは……。

「なあ、鳴海。もし退去期限までに決まらなかったら?事情が事情だし、置いてもらえるのか?」

 采真が言い、俺は首を振った。

「まさか。次の入所者が来るし、部屋割りも済んでる。何が起ころうと出される。税金で運営してる施設だぞ」

 社員が困ったように口を開く。

「月々22万円のワンルームならまだ多少はありますが」

 俺と采真は、同時に首を振った。高すぎる!

「無理です」

「じゃあ、門から電車で4駅離れた所の山の中とかは」

「それも困ります」

 電車とバスを乗り継いで門へ通うなんて無理だ。車を持つには、維持費がバカにならないし。

「まあ、俺は家でしばらく我慢できない事もないけど、鳴海はそういうわけにもいかないしなあ。俺の家も、鳴海を泊めてやれるほどにはでかくないし。スマンな、鳴海」

「謝るなよ。そもそも、大邸宅だろうと、居候する気はない」

 するとそこの上司らしき人が出て来た。

「どうしてもと仰るなら、瑕疵のある物件ならございますが」

 そう言って、3枚の紙を出す。

 俺達はゴクリと唾をのんだ。これはいわゆる、事故物件という奴ではないのだろうか?

 1枚目は、元はラブホテルだったというマンション。夜中にシャワーの音がしたり、寝ていると女の幽霊が布団に入って来るらしい。恐ろしい部屋だ。

 2枚目は、元暴力団の組長の愛人の家。未だに、ヒットマンが鉛玉をぶち込んで来る事があるという。別の意味で、とても恐ろしい。

 3枚目は、元喫茶店。時々女のすすり泣く声がし、朝方には男の苦しそうな声がし、キッチンが消えたという。

「消えた?え、消えた?」

 見直してみたが、そう書いてある。

 上司は真面目な顔で、声をひそめた。

「はい。

 まず女のすすり泣きですが、それは文字通りです。時々女のすすり泣くような声が聞こえて来るそうです。

 男の苦しげな声は、毎朝に近いようです。『ウッ』とか『ウウッ』とかいう声がひたすら聞こえるとか。

 消えたキッチンですが、これは……消えたんですよ」

「いや、それが一番わからないんですが」

 俺と采真もつられて小声になりながら訊き返す。

「外から見れば異常はないんですが、窓もドアもどうやっても開かないんですよ。歪んでるわけでもないし、何かが開かないように塞いでるわけでもなさそうで。一度仕方なく壊そうとしてみたそうですが、何をしても、キッチンのドアも窓も壁も、傷がつけられないとか。それで、開かずのキッチンと」

 俺達は額を寄せたまま、ゴクリと唾をのんだ。

「なので、キッチンが使えない家という事になります」

 俺は考えた。キッチンが使えなくともいいんじゃないか?外食でもテイクアウトでもいいし、簡易コンロとかで十分だ。

 声くらいはどうって事はない。布団に入って来られると安眠妨害だが。

「ここ、おいくらですか」

 上司は紙を見、眉をぴくりとさせた。

「月々2万円です。本当は昨日までに決まらなかったらキッチン以外を家ごと取り壊して公園として寄付でもしようとオーナー様が」

「昨日ですか」

「連絡してみましょうか」

 上司はすぐに電話し、

「新幹線の時間までに契約するという事ならOKと仰ってます」

と言った。オーナーが離れた土地の人で、今夜の新幹線で帰るからだという。

 俺は取り敢えずは現物を見る事にして、上司と一緒に店を飛び出した。


 

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