49 オールグの街は罪の上に建っている
信託を受ける信者のように、マグヌスさんはジッとワタシの言葉を待っているみたいだった。
「を、をぅ……? あの救ってくれと言われても、そんな力はワタシにはないし、そもそもその子供を生贄にしてるのは貴方たちですよね? それがどうして……」
「我々も好き好んで子供たちを犠牲にしている訳ではございません。可能なら贄など出さず、この街の平和を保ちたい。しかし、それは不可能なのです」
頭を下げた姿勢のまま、マグヌスさんから苦悶に濁った声が絞りだされる。
いったいこれはどういう状況なのか、訳が分からなくて助けを求めて辺りを見渡すも、アーセリアさんも他の
オロオロと視線を彷徨わせるしかないワタシのことなんて目に入っていない……まぁ、跪いて俯いてるから当然なんだけど。
それにしても、もう少しワタシのことを顧みてもいいんじゃなかろうか……って眉間にしわを寄せるワタシをそのままにして、マグヌスさんは話を続けた。
「この街、オールグはアーセムからの恵みによって成り立っています。食料も経済も軍事力も、すべてはアーセムからもたらせるものに頼る他ない。当然です、この街はアーセムのために作られたのですから……」
まるで罪の告白だ。
静かに語られるマグヌスさんの言葉には、この場にいる……いや、この場にいない者も含めて、すべてのアーセリアの人々の咎が乗せられているような気がした。
「つまり、私たちオールグの民はアーセムを支配しているのではなく……アーセムに支配されているのです」
「えっと……アーセムからの恵みがなくなった途端にこの街が破綻して、オールグの人たちは生活の基盤を失って路頭に迷う。そういうことですか?」
「ご慧眼お見事にございます」
なるほど、ようやく理解できる話が出てきた。
つまり、オールグの街を人のためじゃなくて、アーセムのために作ったことが原因で起こった悲劇が今なんだ。
普通の街ならあらゆる産業が各々紐づきながらも枚岩じゃなくて、多層的に社会経済を構築する。そうすることで、一つが駄目になっても他に移ることができる。
でもオールグの場合、すべての産業がアーセムからの恵みを糧に、飼育したり加工したりしてるから、アーセムがなくなれば全部が一気に瓦解する。
確かにそれが本当なら、身寄りのない子供一人の命と、街に集まる住民の何百万という命なら、後者を選択しなければならないのが為政者だ。
それが石を噛み砕くみたいに、苦渋に満ちたものだったとしても……。
「でも、肝心のことが分からないんですが……いったい何から守ってるんですか?」
そう、それがいまいちよく分からない。
街を見る限り、全く問題無しとは言えないけど、生贄を出さなければならないような逼迫した状況には見えない。
そもそも生贄を出さなければならないような危険な存在がいるなら、街の人があんなにも呑気な日常を送っていられるわけがない……。
首を傾げて頭を回していると、マグヌスさんがようやく頭を上げた。
その顔には遣る瀬無さや諦めが滲んだ笑みが浮かんでいた。
「アーセムそのものです」
「……わぅ?」
間抜けな声を漏らすワタシに、マグヌスさんは重たく息を吐いて続けた。
「イディ様。アーセムは人々が集まる以前から巨樹としてこの地にありました。つまり、我々人族を抜きにして、すでに生態系が作られていたのです。
鳥獣に蟲、魔獣に至るまで多くの生物がこの地に入り乱れていました。では、今は? 彼らはいったいどこに行ったのでしょう?」
急な謎かけに頭の中が『?』で埋め尽くされて、思考が生き埋めにされそうになった。
でも、ここで詰まったら話も躓く。真っ白になる前になんとか頭を回した。
普通に考えれば人族が駆逐して、元々蟲と獣がいた場所に住み着いたってのが一番初めに頭に浮かぶ。でも、すべての外敵を一匹残らず排除するのは、いくらなんでも無理がある。
そうなると、残った獣やら蟲は逃げたんだろう。
じゃあ、いったいどこに逃げる?
人の手が入ってなくて、簡単には手を出されない場所。しかも自分たちの生活様式を変化させずにすぐ移れる近場。そんな彼らにとって都合のいい場所は……。
そこまで考えて、頭の奥で火花が散ったみたいに閃いた。
「もしかして……上?」
ワタシの答えに、マグヌスさんは教え子の正答を喜ぶみたいに笑みを深めた。
「はい、その通りです。人族がアーセムの根元に住み着くと、追いやられた彼らは、ズレるようにその住処をアーセムの上に移動させました。
……しかし、彼らは何も自ら進んで上に登ったわけではありません。では、なぜ上に住み着いている者たちが街に下りてこないのか?」
そこでマグヌスさんはまた言葉を切った。まるでその先を口にするのを躊躇しているみたいに……。
でも、さすがのワタシもここまで話を聞けば、少しは想像を働かせられる。
オールグの成り立ち、アーセムという自然、生贄の子供たち。
つまり――、
「子供たちを餌に、上の獣や虫が下りてこないようにしてる、ということですか?」
また、マグヌスさんの顔に疲れと諦めを含んだ笑みが浮かんだ。その瞳は、涙を浮かべることすら忘れてしまったように、心の渇きが浮かんでいるように見える。
彼の感情に引っ張られて、ワタシもツンと胸の奥が痛むような感じがして、ちょっと目を伏せながら彼の言葉に耳を澄まし、
「いいえ、違います」
違うんかいッ!
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