47 笑顔の絶えない職場
アーセリアさんは、こほんと咳払いを一つしてから居住まいを正して話しだした。
「我々、アーセリアの始祖は初めてこの地を訪れた人族たち、開拓団の一員でした」
アーセリアさんの口調は、その幼げな声には似つかわしくなく厳かだった。
曰く、この場所は元々アーセムの根っ子が縦横無尽に絡み合い、地表にまで飛びだしていて、とても人間の住めるような土地ではなかった。
しかし、その頃から世界のどこにいても見えるような巨大な樹には、それだけで人を惹きつける魔力があった。
――あの樹のことを知りたい。
ただその一心で、遥か昔、この地に集まった人々は種族の垣根を越えて手を取り合った。
少しずつ、本当に少しずつ。代を継ぎながら、街は形をなしていった。
「その頃からアーセリアの責務は決まっていました。なにぶん、他の種族には担えない重要な役でしたのでそれだけで重宝され、重用され、街の重役にまで上り詰めたほどです」
「それって……」
「はい。アーセムの声を聞くことです」
「……んん?」
なんか知っていて当然みたいな感じに言われてしまい、思わず首を傾げた。
アーセムの声を聞くっていうのはどういうこと?
アーセムって、あの巨大な樹だよね。それの声を聞くって……駄目だ、分からん。
「あの……」
「なんでございましょう?」
「アーセムって、いくら大きくっても樹ですよね? 声を聞くって……?」
「えっ? あの、そのまま意味なので……あっ、申し訳ありません! ご存知だとばかり……」
手を当てて胸を張りながらの渾身のドヤ顔をいただいてたのに、非常に申し訳ない。
恐る恐る訪ねたワタシの言葉に、頭に『?』を浮かべながらこてんと首を傾げたアーセリアさんは、ようやく合点がいったようでハッとしてから慌てて頭を下げた。
ふんっ、と可愛らしく鼻息を吹きながら自信満々でいたのに、パッと頬を赤らめて、恥かしそうに顔を俯かせてしまう。
きっと普通の人なら知っていることだったんだろうし、なんなら街の中どころか外にまで広がっているような話だったのかもしれない。
ワタシが非常識だったばかりに無駄に恥ずかしい思いを……なんか、すみません。
「ううぅ……」
「あ、あの……ワ、ワタシがモノを知らなさすぎるだけで、別にアーセリアさんたちが無名だとか、そんなことはないかと……」
「いいんです、いいんです!
うっそ。泣きだしちゃったよ、この
そんな癇癪起こされてもどうすればいいのか分からないし、ワタシまで泣きたくなってくるんですが!?
顔を手で覆ってオイオイ泣き喚くアーセリアさんを前にワタワタしてると、マグヌスさんがスッとアーセリアさんの背後に回った。
――ゴッ!
「ななッ!?」
後頭部を見舞った結構容赦のない一撃に、アーセリアさんは後頭部を手で押さえながら涙目で振り返った。
マグヌスさんはその庇護欲をそそる泣き顔を冷ややかに見下ろしながら、ニコッと微笑んだ。
「お気を確かにお持ちください。マレビト様もお困りです」
口元は笑ってるのに、声も目も全く笑ってなかった。マグヌスさんの全身から溢れてくる目が見えなくても分かる迫力に、アーセリアさんはビクッと肩を跳ね上げた。
……実はこの人がアーセリアを牛耳ってるとかってことはないよね?
「こ、こほん! 御見苦しいところを失礼いたしました」
「い、いえ。大丈夫です」
だからマグヌスさんは、そんな強者のオーラを溢れさせないでください。
なんかニコニコしながら、笑みを崩さずに敵を殲滅する感じの強キャラ感でちゃってますから。なんならワタシも泣きそうですから。
アーセリアさんと二人、向かい合って一緒にガタガタ震えながら話を続けるしかなかった。
「えっと……なんでしたっけ?」
アーセリアさん……ついに頭まで……くぅッ!
冷や汗と涙と一緒に、『?』を四つほど浮かべたアーセリアさんに、背後からマグヌスさんが耳打ちをする。
「
「あッ、そうでした。も、もちろん忘れてなんかいませんよ! ええ!」
表面上は持ち直したように見えるけど、胸の前で握った拳は震えっぱなしだった。
「えっとですね。すべての人族はそれぞれ種族ごとに特徴を持っています。
あ、やっと持ち直したっぽい。
アーセリアさんはなんとか息を落ち着けると、今度こそ真剣な間差しを崩さないように目に力を入れて語りだした。
「通常、
一つ間をおいて、アーセリアさんは改めて誇らしげに胸を張って言葉にした。
「すなわち――アーセムの機嫌を伺うのです」
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