45 エルフたちの長


      §      §      §


 マグヌスさんに半ば強制的に連行されたのは、不思議な木造りの建物だった。


 いや、そもそもこれを人工物と言っていいのか……。


 材質は木で間違いないのに、切り目だったり継ぎ目というのが一切見当たらない。

 部屋を区切ってるドアでさえ、言われなかったらそこに扉があるのが分からないくらいだ。


 まるで木が成長しながらそのまま部屋の形作ったみたいな、言葉にしづらい空間だった。


「それにしても……」


 タンポポの綿毛を巨大化して密集させたようなふわふわのソファーに座りながら、耳をピクピクさせつつ辺りをそっと伺った。


 隣にはここに来てから一切言葉を発してないリィルさんが立ち尽くし、正面にはアーセリアの一族の人だと思われる森人族エルフの男性が二人。

 メルヘンチックでありながら、木目調の落ち着いた雰囲気の空間には似合わない緊張感が部屋の中を渦巻いている。


「……わふ~ぅ」


 大きなため息が溢れてきた。緊張で体がガチガチに固まってる。


 ワタシの軽い体重でさえ、どこまでも沈んでいきそうな極上の座り心地のソファーなのに、どうにも座りが悪くて、何度も尻尾とお尻の位置をもぞもぞ動かした。


 あの倉庫での戦闘は、マグヌスさんが来たことで双方が武器を収める結果になった。というよりも、せざるを得なかった。


 リィルさんはマグヌスさんの登場により戦意喪失。

 ノノイさんはアミッジさんの一撃で気を失っており、シュルカさんは子供たちを守るのに手いっぱいで戦闘どころじゃない。


 唯一善戦したらしいガルドさんも、あの人数差は覆せなかったらしい。

 それでも十人近い手練れに囲まれた状況で半数以上を打ち倒して、ワタシたちの元にアミッジさんが来ていた時点でも、満身創痍になりながらもまだ奮闘していたという。


 本当に凄まじい。祈祷師シャーマンはどこの世界でも戦えないとやっていけないんだな……。きっとキングを決める戦争とかあるに違いない。


「ゔぅ~」


 それにしても暇でしょうがない。尻尾も揺れなくなって久しいよ。


 この部屋に連れてこられてから、かれこれ十五分ぐらいは経ってる。

 ここで待てろって言われた以上、ワタシは大人しく座ってるしかないんだけど、こうも待ち惚けをくらってしまうと色々と浮ついてしまう。


 リィルさんも話しかけてくれないし……。

 というか、再開してから一度も口を利いてくれてないような気が……もしかして、ワタシはまた何かやっちゃいました?


 ……いや、マジで。何かやらかしてたとしたらシャレになりませんよ。

 でも考えてみても、リィルさんにやらかされた記憶はあっても、ワタシがやらかした記憶はないんだよなぁ。


 まぁ、だいぶアレなことをやらかしてるからな。話しかけづらいってのは分かる。

 そうなると、ここはやっぱりワタシから話しかけるべきかもしれないな、うん。


 ――ヨシ!


「リ」

「お待たせ致しました」


 声をかけようとした瞬間、音もなく扉が開いてマグヌスさんが入ってきた。


「………」

「おや、何か?」

「いいえ、なんでもないです」


(間ぁ! ホント間が悪いよッ! いるよね、本人が悪い訳じゃないけど、とにかくタイミングが悪くて微妙な空気にする奴ってさぁ!)


 なんて、本人に愚痴をぶちまける訳にもいかないし、そんな度胸もないので大人しく口をつぐむしかなかった。


 一度は態度に首を傾げたマグヌスさんも、それ以上何も言わなかったのでとにかく用事を進めることにしたらしい。

 扉を片方の手で押さえ、もう一方の手であとから続いて入って来た人をエスコートして部屋の中ほどまで進んできた。


「改めまして。お待たせ致しました、マレビト様。ここまでご足労いただき、感謝の念が堪えません。ここよりは、今代の当主、アーセリア本人とお話しいただきたく思います」


 一方的にそれだけ言うと、マグヌスさんは後ろについていた人を差しだすように横にずれた。


「――お初目にかかります」


 ワタシの前に進みでてきたのは、どこか儚げな印象の少女だった。


「今代の樹護守きごもりを務めております。アーセリアが当主、アニム・ウ・ス・アーセリアと申します。どうぞ、アーセリアと御呼びください。稀なる旅人様」


 左右の手で反対側の耳をなでてから、親指と人差し指を合わせて三角を作り、それを覗き込むように頭を下げながら膝を曲げる。


 複雑なカーテシーのような、儀式めいた挨拶をしてきた少女は頭を上げると、淡く微笑んだ。


 ほとんど色が抜け落ちてしまったようなホワイトブロンドの髪に、一度も日に当たったことがないんじゃないかって疑いたくなるくらい透明感のある白い肌。

 儚く見えたのは、若枝のように頼りなく華奢な体躯だけじゃなく、全身が白で埋め尽くされていたせいだった。


 ――先天性色素欠乏症アルビノ


 でも、その白さよりもワタシの目を引いたのは、彼女の瞳だった。


 ワタシの方を見ているのに視線が合わない。

 ずっと、焦点の合っていない視線が宙を漂っている。


 色々と察しが悪いワタシでも、これは分かる。


 ――この、目が見えてないんだ。




      ☆      ☆      ☆




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