14 母は強しって言うもんね……


 女性の身体への忌避感はないのに女児服に対する危機感や羞恥心は残っているとか、とんだ罰ゲームだ。

 これはあれか、男勝りで勝気な少女がひらひらでピンクのスカートを履くのに抵抗感を覚えるような、そんな感じか? 恥ずかしすぎて床を転げ回りたくなる。


 でも、それもすでに過去のことだ。

 今のワタシはリィルさんのコーディネートを褒め続けるマシーン……。


 未だに耳にしがみついている蜘蛛とか気にしている余裕なんてない。

 他人に服を脱がされる羞恥心を感じる間もなく、気がついたときには新しい服に着替えさせられているんだから。


 無駄な抵抗しようとする気力は三着目でついえた。


 漫画の中の少女がお気に入りの人形にするみたいに満面の笑みで抱きついてくるリィルさんに、ささやかな苦言を呈する気力は六着目で枯渇した。


 そう全ては過去のこと……ワタシにしては頑張った方だと思うんだ。


 結構なお手前の胸に抵抗することなく沈んでいくワタシを、リィルさんは頬ずりをしながら全身を使って愛でてくる。

 その手捌きは魚類の名前を冠する動物アニキチプロ雀士並で、このよ~しよしよしを前に抵抗は無意味な気がした。


「あぁ~、やっぱり可愛い~。もう全身なで回したくなるぅ」

「すでになで回してます。あっ、ちょ頭は止め、あっ!」


 それでも、このまま流されたらさっきの路上と同じようにリィルさんのなすがままにされてしまうのは分かり切ってる。


 なんとか頭だけは死守しようとしたけど、虚しい足掻きだった。


 ――ああ、またか……。


 痺れに似た心地良さに支配されて、頭の中を諦めが埋め尽くした。

 もうどうにでもなれば良かろうよ……。


 髪の毛を整えるように頭を滑る手のひら、喉から顎先にかけてくすぐってくる指先。

 ワタシの頬に擦りつけられるリィルさんの柔らかな頬まで、何もかもがワタシを心地よい堕落に誘う甘美な魔の手だった。


 もう我慢しなくてもいいんじゃないか?


 だって、ここはリィルさんの店の中だから外みたいにたくさんの人の見られることもないんだし……。


 そんなことを考えながらボーッとしていると、いつの間にかワタシは力の入らない全身を預けるように寝転がっていた。


 捲れ上がった上着から覗くへそを、リィルさんの手がくりくりと弄ってくる。


「それじゃあ、イディちゃん。最後にもう一着だけ、お着換えしよっか」


 甘くささかれる声が耳をくすぐる度に、ピクピクって体が疼くみたいに震えた。

 相変わらず思考がまとまらなくて、すっぽり布団をかぶってるみたいに身体も頭も重い。


「いっちゃく? さいごぉ?」

「そう。でも、だいじょうぶ。イディちゃんはそのまま横になって、くて~んてしてていいよ。全部、私がやってあげるから」


 リィルさんが何か言ってるのは分かるけど内容が頭に入ってこない。

 自分が吐きだしてるはずの言葉まで、どこか遠くから聞こえてくるみたいだった。


「そう、全部。ぜ~んぶ、私がやってあげる。イディちゃんの欲しいものはなんでも買ってあげるし、行きたいところはどこでも連れてってあげる。

 美味しいご飯も、可愛い服も、私が用意するよ。イディちゃんはなんにも考えなくていいんだよ。ご飯も、お金も、住む場所も……おトイレも」


 リィルさんが白いもこもこした物を持って迫ってくる。頭の奥で警鐘が鳴らされている気がするけど……なんかめんどくさいし、いいや。


「それじゃあ、あてちゃおっか……おむつ」

「……わぅ、ん」


 誰かが「逃げろ!」って叫んでる……でも、そんなことよりお腹なでなで最高である。


 もうすべてが他人事みたいに感じられた。


 何もかも手放して、頬を紅潮させながら口を三日月に歪めるリィルさんに委ねようとして……耳に鋭い痛みが走った。


いたッ! って、アッカァーーーン!!!」

「きゃあッ!?」


 我を取り戻すのと同時に全身を使って文字通り跳ね起きた。どうやるかなんて考える間もなく空中で体制を整えて、四つん這いの体勢で音もなく着地した。


 あ、危なかった! 何が危ないってワタシの人間性の危機だった!


 自分が晒されていた危機的状況を今になって理解して、耳と尻尾がピンッと後ろ向きに張り詰める。ザワザワと全身の毛が逆立たせながらリィルさんを注視した。


 すぐにでも逃げだすべきなんだろうけど、今リィルさんから目を離したら何をされるか分からない。


 胸を床に擦るくらい低く保ったままお尻を持ち上げて警戒するしかなかった。

 瘴気みたいなものを垂れ流しながら、ゆらりと立ち上がるリィルさんを見上げた。


「……どうしたのぉ? イディちゃん」


 あっ、これは駄目なやつだ。


 瞳からハイライトが消えて暗く落ち窪んでいるのに、眼光だけは異様に鋭く輝いてる。明らかに正気を失っている人の目だ。


「リィルさん落ち着いてください! 急にどうしたんですか? ワタシ、何か不快に思わせるようなことをしてしまいましたか?」

「ううん、違う。そんなことない。大丈夫、落ち着いてる」


 うん、落ち着いてないですね。せめて上半身をぐわんぐわんさせるのを止めてから言って。


「私、決めたの。私のすべてでイディちゃんの全部を愛そうって。おはようからおやすみまで。ご飯もお風呂もおトイレも、全部! 愛でるんだ……」


 リィルさんはおもむろに動きを止めると、すぅっと大きく息を吸い込んだ。




「――私がママになるんだよぉ!!!」




 ――ゴォウッ!




 声が突風になって店の中を吹き荒れていったみたいだった。すべてを薙ぎ倒していく勢いが込められたその言葉には――魂が乗っていた。




      ☆      ☆      ☆




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