04 アラサーおっさんは〇歳児犬娘


「わん! わんわん! ハッハッ、あはは待て待てーじゃない! 待つのはワタシだッ!!!」


 ――どないなっとんねん!


 なんだよ四足で尻尾を追い駆けるとか、犬かよッ!? ……犬だった!


 いやいや待って待って、いくら体に対する違和感がないからって、理性までなくなるのはおかしいでしょ。


 ちくしょう、これが肉体に精神が引っ張られるってやつなのか?


 しかも、ワタシって! ワタシってぇ!!


 なんでナチュラルに一人称が変わってるんだよ。

 しかもそれにまで違和感を覚えられないとか……いやワタシに関しては会社で普通に使ってたわ。


 ま、まぁ、一人称は許したるわ。

 でもな、尻尾は駄目だ。これは許されねぇよ、ショタ神様。


 こんな綺麗で、もふりがいがあって、思わず抱き着きたくなる尻尾は、尻尾は……、


「わふーん、じゃない!」


 ――人じゃなくても過ちは繰り返す。


 なんでだ、なんでこんなに自制が効かない!?

 まるで初めて自家発電を覚えた男子中学生のような……初めて?


 そ、そうかッ! 初めてなんだ!

 人間の衝動ならいざ知らず、獣人、犬としての感情なんて持ったことがない!

 必然、ワタシは犬の衝動にどう対処していいかなんて分からない!


 つまりワタシは人間としてはアラサーなのに、獣人としては〇歳児という珍妙な状態であると。


 そりゃあ違和感なくさなかった発狂してるわ。


 でも、それってさ……ワタシ、詰んでない?


 えっ、だって我慢できないんだったら、ワタシが犬の感情と衝動を抑制できるようになるまで、数重ねて慣れるしかないってことですよね。

 ということは、ワタシはこの極上の尻尾を前にして、もふらないことを覚えなきゃいけないってことですよねッ!?


「ひでぇよ。そんなのって、そんなのって……あんまりだぁ!」


 目の前、もとい尻の上からご馳走がぶら下がってるのに手が出せないなんて、いっそのこと手を縛ってくれれば諦めもつくっていうのに。


 手の自由はそのままに意志の力だけで我慢さようだなんて虫が良すぎる、大人がそんなに我慢強いなんてことないんだぞ。


 むしろ自由が増えた分だけ我慢に弱くなってるんだ。


「ちくしょう……我慢しようとすればするほど手が止まんねぇよぉ」


 ――もふんもふんもふん


「ワタシだって、こんなこと本当は止めたいんだ! でも……!」


 ああ、この心地良い毛並み。


 しゅごい、しゅごいよぉ!


 顔を擦りつける度に心が安らぐ気がする。

 これは人を駄目する尻尾だな、永遠にこうしていたい。


 股の間から尻尾を前に持ってくれば体を捻る必要もなくて、全身で尻尾を感じられる自給自足の生活。

 これには全世界のナチュラリストの皆さんも満面の笑みで頷くだろう。


 柔らかな毛の中にどんどん沈んでいく、夢のような心地にうっとりしちゃうね。

 それでいて毛に包まれた尻尾の芯はほどよく硬くて、通した股座をいい具合に絞り上げて気持ちい、


「そこから先はヘブンだッ! はぁはぁ……あ、危なかった。もう少しで道を踏み外して、異世界どころか別世界に入り込むところだった」


 ここは危険だ、こんなところにいられるかよ。

 ワタシは街に行くぞ!


「ぶるぶるぶるっ……ふぅ~。……当たり前のように四つん這いで身震いをした自分を、ワタシはこれからどうやって信じていけばいいんだろうなぁ……」


 ワタシはもう駄目かもしれない。


「いやいや、沈むんじゃないワタシ、諦めるんだッ!

 そう、すべては時間が解決してくれる。これは逃避とか先送りとかそういうことじゃない。時は犬にも人間にも平等、滞りなくなだらかに進んでいくだけ。

 すなわち、なるようにしかならないのさ……なるべく本能に飲まれないように気をつけよう」


 ヨシッ! いいこと言ったし、そしたら道らしい道が見当たらないここから、どうやってあの街まで行けばいいか考えよう。


 とりあえず手で作った丸を双眼鏡代わりにして、街までの距離を測ってみるか。


「う~ん……」


 正確なところは分からないけど、この距離は歩き通しても丸一日ぐらいはかかってしまう気がする。

 これじゃあ、ワタシの嬉し恥かしドキドキ異世界生活が危ういじゃないか。


 あの神様も異世界にただ放りだすとか、もうちょっと考えて送って欲しかった。


「さて、どうするかな」


 しゃがみ込んで、うんうんとない知恵を絞りだすのに頭を抱えてみても何も出てこない。


 こんな状態じゃあ獣耳がペタッとヘタレてしまうのも仕方ないよね。


「うん? あっ」


 手をくすぐる柔らかい毛の感触に声を上げた。


 うっかり忘れてた、そういえば今のワタシは獣人だった。

 その身体能力がどの程度かは知らないけど、ごく普通の運動不足リーマンよりはマシなはずだ。ファンタジーの獣人と言えば、身体能力の高さが売りだと相場が決まってるからな。


「ふふふ、しかもこの体は自称の上ショタってるとはいえ神様作の特別製。全力で走れば五、六時間ぐらいで着けるかもしれない。まさにひとっ飛びだな!」


 そんな長い時間は走り続けるとか普通はきないけど、ワタシは獣人の可能性を信じてるから大丈夫だよ。


 そうと決まれば、まずは準備体操だ。

 いくら身体能力が優秀に違いない獣人でも、急に走りだしたら危ないからな。


 全身の筋肉をぐいぐいと動かしてストレッチをする。

 屈伸から始めて、五分ほどかけて足腰を中心に念入りなストレッチをしてから、手を後ろに引いてしゃがみ込んだ。


 旅行系のテレビ番組で県境なんかを越える時によくやっているアレ、実はちょっと憧れてたんだよな。


 なんと言っても異世界に来てからの記念すべき始まりの一歩だ。

 少しでも思い出に残るようにしなければ!


 すでに丘を駆けあがったり、はしゃいだりで、何歩も異世界の地を踏みしめていると言われても、そんなことは気にしてはいけない。



 さて、それでは――いざ行かんッ!



「異世界ファンタジー、始まりの街に向けて! 初めの一歩、とーんだあ゛ッ?」



 ――ズドォオオオンッ!!!




      ☆      ☆      ☆




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