14.危機

 僅かな休息を挟んだ後にアーシェたちは、ランタンをかざしながら大蛇が潜んでいた先へと足を進めていた。

 ベロニカの話や村人に聞いた限りでは、大蛇は1匹で間違いはないのだろう。

 あとは依頼の品である緑煌石を持って帰れば依頼達成である。


「…でも、わたしたちでも大蛇を何とかできたわね」


 まだ先ほどの戦闘の高揚感を残したままアーシェが口を開けば、エドガーが後方から答える。


「だな。あんな化け物はもういないと思うが…油断せずに行こう」

「だぜ。あの髭面御一行様だって来るかもしれねえし」


 ジークがごつごつした岩肌を照らし、周囲を探りながらエドガーに同調するように返した。

 ここまで深く進んでくれば人の手はほとんど入っていないように感じる。

 岩肌も自然にできた洞窟といった感で、足元も随分進みづらいものになってきていた。

 だが、そのずっと向こうにほのかに小さく淡い緑色の光がいくつか闇の中に浮かび上がっているのが見えて、ジークは目を凝らした。


「……ちょっと待てよ。…動かねえし生き物じゃねえな…」


 ジークがランタンをかざしながら、目を眇めるようにして数歩進んだ時だった。

 背後からの一斉に向かってくる複数の足音が迫ってきたのだ。

 咄嗟にアーシェたちが振り返るも一瞬遅く、エドガーの持つランタンが投げつけられた石か何かに叩き落とされた。


「…くっ」


 ガラスの割れる音とともに光源が1つ失わる。

 はっとして武器に手を掛けようとしたアーシェだったが、すでに背後を取られ腕を捻じり上げられた。

 振りほどこうとしたアーシェの首筋にひやりとした硬いものが押し当てられ、抵抗を封じられる。


「アーシェ!」


 ジークが咄嗟に袖に仕込む黒刃に手をやるも、先ほどの大蛇との戦いですべて投げ切ってしまっていたことに気づき、しまった、と顔を歪めた。

 魔術を警戒してか、セイシェスにも別の男が剣をその首元に突きつけており、2人を人質に取られるような形でクレールもエドガーもうかつには動けない状況である。


「よう、先ほどぶりだな?冒険者」


 そんな中、のそりと姿を見せたのは先刻話に上った髭面…頭目だった。


「化け物蛇を退治して気が緩んじまったか?」

「……わたしたちのこと…つけてきていたの?」


 首筋に当てられた刃物に怯えていないことを示すように、アーシェは努めて落ち着いた口調で返した。


「その白い奴にはひっかきまわされたが、俺は毒じゃねぇとわかっていたからな。追ってみたらあの化け物とやりあってるじゃねぇか。あれには俺らも手を焼いていたからな、おめえらには感謝してやるぜ?」


 白い奴、とは恐らくクレールの白金色の髪の事だろう。剣呑な眼差しがクレールに向けられるも、わざとらしく頭目は手下の1人にナイフを突きつけられているアーシェに笑いかけた。

 そうして、その表情のままアーシェに続ける。


「俺らの木箱から金を盗むのはいけねぇよな?それは盗人がすることだ。それに…あの化け物のせいでこの奥のお宝はまだ手にできていねぇ。今ここでおめえらをぶっ殺してもいいが…まだ先に何があるかわからねぇし別の化け物がいるかもしれねえ。だからお宝を手にするまでは共同前線と行こうや。お前らが先に行って宝まで案内しろ」


「……宝なんて聞いていないわ。わたしたちは石を取りに来ただけよ」

「その石がべらぼうな値がつく宝なんだよ。…おい」


 頭目が声を掛ければ、アーシェの首にナイフを当てている手下が乱暴にアーシェを頭目のもとへ連れていく。


「やめて…っ、はなして!」

「アーシェに何をする気だ!」

「彼女を放しなさい!」


 エドガーとセイシェスの声が重なるも、頭目はアーシェを自分のもとへ引き寄せると、その太い腕で抱き込み、手下から渡されたナイフをアーシェの頬に押し付けた。


「うるせえよ。いいな?妙な真似するなよ。俺たちを奥の宝の場所まで案内しろ。下手な真似したらこの嬢ちゃんはどうなるかわからねぇぞ」


 低く威圧感を伴う声にジークたちは頭目と、人質にされたアーシェを見つめる。

 あの奥に淡く光るものが石なのかもしれない。

 そうすれば、おそらく緑煌石の事だろうがその石が採取できる場所までは間もなく到着する。

 つまりそこまではアーシェも自分たちも命の危険はないだろう。


 ――だが石をとったそのあとは?


 アーシェを人質に取られたままでは手も足も出ない。

 自分たちは殺されるだけだろうが、彼女は下手をすればその場で殺されるよりも、もっと酷く、もっとつらい目にあわされるかもしれない。


「……どうする」

「……今は、下手に動けません。…でも、いざとなれば…」


 エドガーの問いに、セイシェスは杖を握りしめる。

 刺されるまでに詠唱が間に合えば、あの頭目を狙うことができるかもしれない。

 自分に剣を突きつけている手下を視界の端で捉えながら、セイシェスは呟いた。


「やれるだけのことは、やってみます」

「アーシェを放してください!人質には僕がなりますから」


 クレールが言うも、頭目は鼻で笑う。


「この嬢ちゃんがお前たちのリーダーだろう?手下に言うこと聞かすには頭を押さえるのが当たり前だろうが。それに、野郎をこうして抱いても何の得もねぇ、やっぱり嬢ちゃんみたいな若い娘じゃねぇとな」

「や…っ!」


 言いながら、頭目の手が抱き込んだアーシェの腰から脇腹へ撫でるように滑れば、アーシェは悲鳴を上げてその腕から逃れようと暴れた。


「やめろ!」


 思わず叫んで剣に手を掛けたエドガーに、頭目は楽しむようにエドガーたちに目を向けてながら、アーシェの頬にナイフの突きつけて顎で先を示した。


「……ほら、先へ進め。あまり俺らを苛つかせるんじゃねえぞ?苛ついて手が滑って、この嬢ちゃんの可愛い顔に傷が残ることになるかもしれないからな」

「……行くぜ」


 頭目を睨みつけていたジークが短くセイシェスたちに声を掛けると、ランタンを手に歩き出す。

 その後ろに剣を突きつけられたままのセイシェスとクレール、エドガーと続き、アーシェを人質にした頭目とその手下たちが続く。

 アーシェは頭目の腕にがっちりと抱き込むように拘束されて、身動きも満足にとれず殆ど引っ張られるままに歩くしかなかった。

 確かに大蛇を退治したことで緊張感が緩んでいたのは否定できない。

 自分がここで何とかその腕を振りほどくことができたら事態は好転するだろうか?

 だが頭目の腕がしっかりと自分を拘束しており、アーシェは先程の腰を撫でられた感触を思い出して、屈辱と怖気おぞけに唇を噛みしめることしかできなかった。



 ジークはランタンを手に先頭に立って進んでいく。

 周囲を確認しながら、アーシェを頭目のもとから引き離すため何か仕掛けか細工を施せる場所がないか、何か手はないかと目を走らせるもなかなか手立てが見つからずにいた。

 黒刃があれば振り返りざまに1本でも投げつければ当たらなくても牽制になり、アーシェを人質にされることもなかったのかもしれない。


「…くそ…」


 思わずこぼれた親友の悪態に、セイシェスは口を開きかけるも剣が喉元に向けられ、再び口を噤んだ。

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