第211話 誤解×曲解×誤読の嵐!

「ふむ。だいたいこんなところか?」



 明かり取りに設けられた鉄格子付きの窓から差し込む光が、部屋の中を明るく照らし出す。

 季節の変わり目に差し掛かり、暖かさより暑いと感じてしまう陽気に、リーシアは少し汗ばんていた。



「はい。いま話したのが、私とラングさんと町の外で出会うまでの大体の経緯です」


 リーシアは事前にヒロから聞かされていたオーク討伐後に町で流すニセ情報を、一字一句漏らすことなく衛士ラングに話す。


 アルムの町に設けられた詰所の一室、疑わしい容疑者を一時的に拘束し、取り調べを行う部屋の中でリーシアはことの顛末を語っていた。


 ことの起こりは、町の厄介者だった斧使いラングのたれ込みに端を発した他愛もない話である。勇者ヒロと聖女リーシアの二人は、オークヒーローを実は倒しておらず、あろうことか森に生きて逃したという信じがたい話だった。


 これが本当なら、異世界ガイヤに生きる者すべてへの裏切りであり、二人への処罰は重いものとなる。良くて投獄、悪ければ死刑は免れない。


 たとえ嘘だとわかっていても、町の安全を守る衛士の職務として確かめなければならない。オーク討伐成功に湧く町の状況を考え、急ぎ真偽を確かめるため、朝の早い時間からリーシアは教会に赴いた衛士ラングに任意同行を求められた。


 聖女は素直に詰所へとおもむき、オーク討伐の経緯を一から説明していた。


 森に調査クエストから始まった一連の事件は、ミミックによる夜襲とさらわれた冒険者の救出クエストへ、そしてオーク村への救出作戦からオークヒーローとの死闘を経て、憤怒と呼ばれる存在との戦いへ巻き込まれていく。


 事前に聞いていたヒロの作り話を語りはじめ、はや二時間……嘘がヘタクソな少女の精神力はモリモリ削られ、顔に疲れの色が見えはじめていた。


 大筋は、昨日から広場で上映されている勇者と聖女の演劇と相違なく、おかしなところは見受けられない……ただ一点を除けばである。



「ふむ。まあおかしなところはないな。しいてあげれば、憤怒とやらを町の近くで倒したあと、突然ヒロが君とパーティーを解散して旅立った点なのだが……」


「……」

(や、やはりそうなりますよね。ここまでは、事前にヒロが作っておいた作り話でなんとかなりましたが、問題はここからです。嘘をつくと私は顔に出てしまうみたいですから、うまく誤魔化せるでしょうか? せめて顔は伏せて表情から嘘がバレないようにしないと……)



 テーブルに置かれた書類に、必要な情報をまとめ終えた衛士ラングは、何気ない言葉を口にしながら顔を上げると、暗い表情でうつむき元気をなくしたリーシアの姿を見た。


「これも仕事なのでな、すまん」

(ヒロのことを思い出させてしまったか? 失恋したばかりでまだ気持ちに整理がついていないようだな。アルムの町で最強と言われてもまだ14歳、ムリもないか)


 多感なお年頃のリーシア……失恋の痛手で心を苦しめている様子に、ラングはどうしたものかと考えていると――



「私にもわからないんです。とつぜんヒロが私とは、ここでさようならだと、一方的にパーティーを解散してそのまま……」

(ヘタな嘘は墓穴を掘りかねません。ここは知らぬ存ぜぬで切り抜けるしか……絶対に顔を上げられません)



――顔の表情を読み取らせまいと、落とした肩に力を込め、リーシアは固くうつむく。すると込めすぎた力が肩を震わせる。



「ヒロは君を置いて、そのまま去ってしまったと?」

(下を向いたままか……相当落ち込んでいるな。あんなに肩を震わせて……)


「は、い……」

(マズイです! き、緊張で声が震えてしまいました。バレていないでしょうか⁈ もう、喋らない方がいいかもしれません)


「そうか」

(声を殺して泣いているな。どうにも女性の涙というものは、いくつになっても苦手だ。いい大人だというのにな)



 ラングはヒロの名を口にするたびに気持ちが沈み、元気のなくなるリーシアを見て罪悪感を覚えていた。


「……」

(もう質問には、うなずくか首を横に振りだけでやり過ごしましょう。しゃべったらボロが出そうです)


「……」

(ヒロとの間に何かあったのはたしかだな。あまり触れてほしくはないだろうが、仕事ゆえに聞かないわけにはいかん。しかしあの男、とつぜん一方的に別れ話を持ち出すなんて……情報提供の話もあり、もしやと偽装で別れたのかと思ったが、この子の様子からしてそれはないか)



 ラングは書類に書き込む手を止め、彼女自身が口を開くまで待ち続ける。町の治安を守る衛士ゆえ、斧使いゼノンとリーシア、どちらの話も鵜呑うのみにはできない。客観的に互いの話を聞く必要があった。だが少女の悲痛な様子を見て、それが演技などでは決してないと感じる。


 ゼノンからは、ヒロとリーシアの二人が森にオークヒーローを逃していたと情報提供はあった。しかしオークヒーローを見たこともない者が、なぜその姿を知っているのか? しかも、いま町で噂のオークヒーローだったと断言していた。この時点でゼノンの話がデタラメだろうと思っていたが……少女の様子を見てラングは確信した。二人は嘘を吐いていないと!




「……」

(なんで無言なんでしょう? まさか嘘を吐いていると疑われてます⁈ もう絶対に喋っちゃだめです! 無言でやり過ごすしかありません!)



 もう決して口を開かない。そう硬く決意してリーシアは口を固く閉ざす。



「……」

(別れた詳しい経緯など根掘り葉掘り聞くべきことではないのだが、仕事なのでな。つらいだろうが、もう少し詳しく状況を聞きださないと……せめて気持ちが落ち着くまでは待ってやろう)



 仕事だからと割り切ってムリに話を聞き出せばどうなるか? 既婚者であるラングは自らの経験でわかっていた。ここは心に折り合いをつけ、口を開くまでじっくり待つしかないと判断したラングもまた沈黙する。


 静寂が部屋の中を支配し、時だけが無為に流れていく。すると――『トントン』と部屋の扉を叩く音が二人の耳に届く。



「ラング隊長、緊急案件です!」


「なに?」



 ラングの返事を待たずして部屋の扉を乱暴に開け放ち、ひとりの衛士が取り調べ室の中へと駆け込んできた。思わずラングは何事かと腰に刺した剣の柄を握りながらイスから立ち上がる。



「緊急案件? 何があった?」


「それがオーク討伐隊の指揮官であるドワルド隊長と、数名の討伐隊の者が詰所に押しかけておりまして、そこにいる聖女に今すぐ会わせろと騒いでいます」


「なんだと?」


「わ、私ですか? ドワルドさんって……あっ!」



 ドワルドの名を聞いてリーシアはドキリとした。少女の脳裏に『コントローラー』スキルでヒロと合体した際、誤って仮死の必殺拳『ハートブレイクショット』をドワルドに打ち込んだ場面シーンが浮かんできた。



(あの人ですか? すぐに蘇生はしましたが……さすがにいきなり殺されたら、文句のひとつも言いたくなりますよね。はあ〜)



 合体後のガサツで、はしたない性格に心の中でため息を吐くリーシア……ドワルドとの面識が、ほぼない自分に思いつく理由はこのくらいしかなかった。リーシアであって、リーシアではない不思議な人格のやらかしに、肩を落とした少女は暗い表情を浮かべる。



 一方、部下の報告を聞いたラングは、眉間にシワを寄せて険しい表情を浮かべていた。オーク討伐隊の隊長……部下の慌てようから只事ただごとではない何かを感じ、どうしたものかと思案していた。



(町の治安を守る衛士とオーク討伐隊指揮官では立場が違いすぎる。普通ならばすぐにでも明け渡すべきなのだろうが……)



 ヒロとの別れ話しを語り、心を痛めるリーシア見て、せめて落ち着くまではソッとしておいてやりたいという思いが、ラングの中で込み上げていた。



「いま事情聴取をしているところだ。終わるまで、待っていただくように伝えてくれ」


「それはもう伝えました。すぐに会わせろの一点張りです。なんでも今回のオーク討伐の功績を勇者ヒロが横取りしようとしたと叫び、そこにいる聖女の身柄をすぐに寄越せと要求、コチラの静止を振り切って建物の中へ踏み入れようとしたため、数名の衛士で止めに入っています」


「功績の横取り?」


「はい、なんでも『勇者の連れである聖女がここにいるはずだ。奴らの所持するオークヒーローの遺体は討伐隊のものだ!』と……入り口で騒いでいます」


「……」

(まずいな。指揮官のドワルドは王国騎士、街の治安を守る衛士とでは、あきらかにあちらの方が立場は上だ。それにマルセーヌ王国が任じたオーク討伐隊だ。王国内においてある程度の権限を持ち合わせている。この子をさっさと差し出せば面倒はないのだが……そうもいかんな)


「どうしますか⁈」


「俺が対応しよ『ここに例の冒険者がいるのか!』⁈」



 ラングの言葉を遮って、野太く大きな声が部屋の入り口から聞こえてきた。ドカドカと慌ただしく乱暴な足音が響くと、部屋の中へ小太りな中年と二人の若い兵士たちが足を踏み入れた。



「ここにいたか! 女、オークヒーローの遺体はどこだ⁈」



 部屋に入るなり、目的の人物を見つけたドワルドは詰め寄る。椅子から素早く立ち上がり身構えるリーシア……だがそんな二人の間に、ラングが体を滑り込ませ壁となる。



「お待ちください!」


退け! ワシはそこの女に用がある! キサマ、オークヒーローの遺体をどこにやった」


「オ、オークヒーローの遺体ですか? おそらくヒロが持っています」


「おお! あの時アイテム袋を持っていた奴だな? それでそのヒロとやらはどこだ!」



 興奮気味にリーシアへ詰め寄ろうとするドワルドを、ラングが必死に押し返す。



「えと、旅の途中だったので、ここでお別れ……と言って旅立ちました」


「はあ? では、オークヒーローの遺体は⁈」


「……ヒロのアイテム袋に入ったままです。ほ、他の町に持ち込んで……討伐報酬は一人占めだと……」



 リーシアは言葉に詰まりながら、ヒロの用意してくれていた言葉を伝え終えると、心に痛みが走った。



「なんだと? あのオークヒーローの遺体はオーク討伐隊の……いや、隊を指揮していたワシのモノだぞ! それを……ふざけるな!」



 ドワルドは怒りをあらわに激昂すると、リーシアを守るように立ち塞がるラングを自分から引っぺがそうと手に力を込める。



「邪魔するな! 衛士風情が退け!」



 ドワルドとラングは揉み合いとなり、その場から一歩も進めなくなってしまう。



「退きません! 現在、この者は我々で別件の事情聴取していたところです!」


「なんだと? 事情聴取なら任意同行だろう。法的な拘束権利はない。さっさとその女をこちらに渡せ!」



 腐っても王国軍に籍を置く貴族の三男坊であるドワルドは、幼少期より貴族として最低限の教育を受けておりマルセーヌ王国の法律を学んでいた。



「たしかに……ですが彼女は、別件に関わる重要な情報を漏らしました。それにより、今から重要参考人として取り調べに移ります」


「何だと⁈」



 王国法を知るドワルドはラングの言葉に目を見開いた。それは王国法を知るものなら誰もが知ることゆえだった。



「彼女は黙秘を続けております。このままだんまりとされてしまうと、拘留期限の二日間はこの詰所から出られません。拘留中は取り調べを行う衛士か法的許可を受けた教会関係者、もしくはその地を統治する貴族とその代理人しか面会できません。それは王国騎士であるあなたもご存じでしょう」



「クッ、詭弁を!」



 いくらオーク討伐隊を指揮したドワルドといえど、王国法に逆らえる権限など持ち合わせていなかった。法に逆らえば王族でも罰せられる越権行為を犯すほど、ドワルドも馬鹿ではない。そう、普段の彼ならばである。



「ふざけるな! いいからその女を引き渡せ!」



 引き下がらないドワルド……その目に黒い影がチラついていた。



「我々も王国に命じられ職務を遂行しており、王国の法に逆らうことはできません」



 だが、ラングも引き下がれない。アルムの町を救ってくれたヒロとリーシア……二人が居なければ、今ごろ自分の愛する家族はどうなっていたか? 事情聴取の最中、傷心の苦しむ少女の姿を見て力になってやりたいという思いが、ラングの心を突き動かす。



「なんだと⁈ キサマ誰にものをいっているかわかっているのか!」


「当然です。ドワルド指揮官。ですが、たとえあなたがオーク討伐隊を率いた者だとしても、王国法に逆らうことはできません。お引き取りください!」


「クッ、きさま! このワシに、オークどもを討伐したワシらに楯突くつもりか!」


「王国法に反すれば、たとえ貴族であろうと王国の名の下に罰せられます。それは王族であろうともです」


「き、きさま……」


「これ以上、騒ぐのであれば、然るべきところへ報告します。よろしいですね?」



「このワシに、英雄であるワシの邪魔をするなど……」


 ラングの言葉にドワルドは怒りを露わにすると、揉み合いで拮抗した状態から後ろにも『バッ!』と跳び下がる。


 急に行き場をなくした力に、前のめりとなりバランスを崩すラング……ドワルドの手が、腰に差していた剣の柄へ素早く伸びる――



「ラングさん、下がって!」



――後ろで二人のやり取りを見ていたリーシアは、ドワルドの動きを見るなり、声を上げて震脚を踏んでいた。


 拳ではリーチの差で間に合わないと瞬時に判断したリーシアは、片足を折り畳みながらおへその上にまで膝を上げる。修道服のスカートが『ビリッ!』という音を立てて破れるのもお構いなしに、その足を鞘から抜き放とうとしている剣の柄に向かって解き放つ!


 曲げた膝から伸びる足がドワルドに蹴り込まれる。槍で突き刺すかのような、最速最短の前蹴りが剣の柄にあたり、剣は鞘に押し戻されてしまう。止まらない蹴りの勢いは、そのままドワルドを壁にまで蹴り飛ばしてしまう。



「ぐおっ!」



 盛大な音を立て壁に激突したドワルドは、床を落下すると痛みで地面をのたうち回る。それを見たドワルドの引き連れてきた若い兵士たちが駆け寄っていた。



「ラングさん、大丈夫ですか?」


「あ、ああ、私はなんとも、助かったよ。ありがとう。だが……」


「や、やり過ぎてしまいました。とっさだったので技の加減ができなくて……コレ、まずいですよね⁈」



 チャイナドレスのように、横にスリットが入ってしまった修道服のスカートを抑えながらリーシアは介抱されるドワルドを見ていた。



「う〜ん。やり過ぎなのは否めん。しかし状況が状況だしな……事情酌量の余地はあるだろう。私に斬りかかろうとしたこの人にも問題はある」


「普段、ヒロにやり過ぎだとよく言いますけど、これでは人のことはいえませんね。はあ〜」



 ションボリしてしまうリーシア……だが心なしか、さっきより表情は明るかった。



「クッオォォ! お前ら、英雄であるワシにこんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな? みな剣を抜け! 抵抗するなら、その女以外は殺しても構わん。英雄である我らに楯突いたのだ。殺されても文句は言わさんぞ!」



 ドワルドが痛みに耐えながら上げた言葉に従い、二人の若い兵士たちは剣を抜き構える。



「正気か⁈ 詰所で衛士相手に剣を抜くなんて」



 ラングは異常な状況に驚きながらも剣を抜くと、部下も同じく剣を抜き構える。



「オークヒーローは俺たちの……英雄である俺たち、俺たちのものだ!」


「俺たちのものを横取りするとは……返せぇぇ!」


「やれ! ワシらが英雄になるのだ! あれはワシのモノだあぁぁぁぁ!」



 黒い影が掛かる瞳で、オークヒーローは自分たちのものだと言い続けるドワルドたち……その不気味な雰囲気に、ラングたちは飲まれそうになる。それを見たリーシアは拳を握り二人の前に出ようとした時だった――



「あなた達、一体なにをしているの!」



――野太い女性口調の声が部屋の中を駆け抜けた。


 聞き覚えがあるオネエ言葉に、リーシアは視線をチラリと入り口に向けるとそこには……黒い短パンレザーに素足の黒革靴、そして乳首スッケスケの網目タンクトップを着た、いかついオッサンが立っていた!




〈聖女の前に、ボンデージファッションに身を包んだできる女(?)、いや……変態ヒーローが現れた!〉

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