第157話 ゲーマーと聖女……真・絶技六式!

 かつてヒロのいた世界で、ある対戦格闘ゲームが産声を上げ発売された。


 始まりはゲーマーたちの妄想だった。『ストリートグラップラーと家老伝説のキャラが戦ったらどっちが強い?』……ストリートグラップラーを世に放ったゲーム会社ナブコンと、ライバル会社のSMK……絶対に不可能と言われたコラボを両社が実現させてしまったのだ!

 

 いまだかつてないライバルメーカー同士の人気キャラクターが、時代と作品の枠を超えて対戦するドリームマッチに、ゲーマー達は熱狂した。


 のちに某アニメ制作会社とのクロスオーバーも実現し、さまざまなキャラクター達が集う夢のクロスオーバー作品、『VS.シリーズ』へと成長して行くことになる。


 そのシリーズの中に、夢のアメリケンヒーローを生み出したマーブル社と、ストリートグラップラーのキャラが戦う夢の対戦格闘ゲームが存在した。その名を『マーブル vs ナブコン スーパーヒーローズ』……略してMVSと呼んだ。


 ゲーム自体は従来のVSシリーズを正統進化させ、より洗練されたシステムはシリーズ六作目を超えても色せず、コアなファンの心をガッチリ掴んで離さない人気タイトルだった。

 

 そんなMVSのシリーズの一作において、誰も知らない謎の必殺技コマンドがゲーム画面に表示され、話題となったことがある。


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 格闘ゲーム史上、コマンド入力の複雑さ・入力の長さ・入力の難しさと、三拍子揃った高難易度を誇り、およそ人類に入力が不可能でまで言わしめた史上最高難度のコマンド技が、あるプレイキャラの勝利画面で表示されたのである。


 謎の超必殺コマンド……その名は『最終戦技・超裂砕風滅拳 竜獄殺 』


 あまりにも常軌を逸したコマンド入力が、コアゲーマー達を戦慄させ、悪夢と称された。たが、史上最高難度の技が目の前にぶら下げられて、技の成功を夢見ないコアゲーマーは居らず……ゲーマー達の研鑽の日々は始まった。

 

 だれも見たことがない必殺技……これだけの難易度ならば、その技の威力は? まさか成功すれば体力が100%でも一撃でKOしてしまう⁈ 憶測がゲーマー達を駆り立てた。


 しかし発動条件が分からず、あらゆるシュチュエーションでのコマンド入力を試すコアゲーマー達…… 暗中模索の状況で、彼らは自らの手で技を成功させる日を夢見て、ひたすらコマンドを入力し続けた……嘘テクとも知らずに!


 そう、実はこの必殺技……ゲームの開発スタッフが絶対に入力できない冗談として、ゲーム画面に表示した嘘の必殺技コマンドだったのだ。


 発売から数ヵ月後、ゲーム会社があまりにも問い合わせが殺到したため、ネット上で冗談ジョークだったと発表をしたほどである。


 その報を聞いたヒロは涙した。彼がそんな技を見せられて挑戦しないわけがない……全力で複雑なコマンドを入力に耐え得る体を作り込み、あらゆる発動条件を模索し……不眠不休で技の成功に取り組んでいた。


「龍獄殺が存在しないなんて……そんな……」

 

 無駄な努力と時間を過ごしたことに涙……ではなく技が存在しない悲しみにヒロは涙した!


「一目で良いから見たかった……」


 涙をそっと拭いたヒロが、『幻の技フォーエバー』と題した24時間耐久追悼ゲームに、そのまま没頭したことは言うまでもなかった。


 史上最高難易度として、ゲーマー達を地獄に叩き込んだ、この世に存在しない世界一難しい必殺技……それが『最終戦技・超裂砕風滅拳 竜獄殺 』だ!



…………



「これは存在するはずがない、超必殺技の入力コマンド⁈」


 リーシアの技表に見てヒロの顔は凍りついていた。



 最終奥義???? 特殊条件+残りHP10%以下時

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 注意 特殊条件が発動時、発動キャンセルは不可。入力を失敗したプレイヤーキャラは強制ゲームオーバー


「よ、よりにもよって、なんでこの技が……」


 ヒロは知っていた。たとえこの世に存在しないコマンド入力だとしても、これがどれだけ難しいコマンドなのかを。


「しかも、レバーコントローラーならまだしも、十時キーのパッドコントローラーで、こんな複雑なコマンドを一発勝負でなんて不可能だ。技のキャンセルはできないのか⁈ クッ! 発動キャンセルが不可? 特殊条件はもう発動しているのか」


 珍しく焦りの声を出すヒロ……その間にも、リーシアが憤怒の左後脚を破壊するため、地を駆け抜けて行く。


「覇神六王流!  連凰脚れんおうきゃく!」


 六道開門により強大な気を秘めたヒザ蹴りが、触手で形成された後脚に叩き込まれる!


 けいの力が体内に浸透すると、打ち込んだヒザを支点に足を90度回転させ、すかさず折り畳んでいた足を伸ばすと、追撃の爪が放たれる!

 

 同じ箇所を連撃された太い後脚がぜ、憤怒のヒザ部分に大きな穴が開く。


 そしてヒロの見るモニターに四つ目のゲージが灯り、リーシアのHPバーがガクッと減る。


 まるで命を削るような攻撃に、ヒロは気づいていた。

 

 これがおそらく特殊条件であり、六撃目を放った時、リーシアのHPバーは限りなくゼロに近くなる。そして最後の七撃目でこのコマンド技を入力しろと……説明文を読む限り、もう後戻りはできない。矢はすでに放たれていた。


「リーシア! なんで、なんでこんな技を」


 ヒロがモニターの前で叫ぶが少女は声を無視し、憤怒の足を駆け上がる。


「へっ、コイツはオレの全てを賭けねえと勝てねえ。だから今のオレが放てる最強の技……ソイツをぶちかますだけだ!」


「でも、この技は失敗すれば君が死ぬんですよ?」


 憤怒の背中に飛び乗った聖女が背中を駆ける。憤怒も背中にたかるハエを追い払うべく翼の触手を撃ち出していた。


「そんなのは承知の上だ」


 憤怒の背を駆ける聖女が五度目の震脚を踏み、爆発的な震脚から生み出された力を推進力に変えて、触手の攻撃の中へとその身を躍らせた。


「ヒロ、任せるぜ」


 迫り来る触手……だが聖女に恐れはない。信頼する男に全てを託し、目を閉じ、技を打ち出すために気を練り込む。


 迫り来る触手の軌道を瞬時に読んだヒロは、コントローラーを操作し、攻撃をいなして出来たスペースへ少女の体をねじ込むと、最小の動きで憤怒攻撃を避け切ってしまった。


 無駄な動き一つない、薄皮一枚のギリギリの回避運動……否、少女の体を触手が掠め、浅い傷から血が流れ出ていた。


「クッ、避けきれない、なんで⁈」


 生きるか死ねかの瀬戸際で、ヒロの心に迷いが生じ、コントローラー捌きに陰りが出ていた。


「ヒロ、飛ぶぜ!」


 聖女の叫びに、ヒロがコマンドを入力する。


 二段ジャンプによって生まれた足場を、Bダッシュで踏み抜き、さらなる加速を得た聖女が弾丸のように撃ち出された。


 あまりのスピードに触手は反応できず、攻撃が当たったと思った時には、もうそこには聖女の姿はなくなっく……全ての触手が空を切っていた。


 攻撃が無駄と悟った憤怒が、翼の触手を全て紐解ほどき、防壁として聖女の突進を受け止めようとする。


「覇神六王流、猛襲獣牙拳!」


 左ヒジと左ヒザを振り被った聖女がそのあぎとを閉じた時、突進する力と上下から襲いかかる牙の力が一点に集約され、触手の壁を食い破る!


 そして再び、あぎとを開いた時!

 

 「喰らい尽くせ!」


 聖女が吼えると腰だめの右手が突き出され、膨大な勁を秘めた拳が翼の付け根に炸裂した。


 勁の力で内部から破壊された翼の付け根から、憤怒の両翼が大地に地響きを立てて落ちる。


 モニター画面に五つ目のゲージが灯り、もうHPバーは残り20%を切っていた。


「グゥゥゥ、おのれぇぇぇ!」


 長い首を捻り、顔を背中に向ける憤怒が再び背に着地した聖女を探す。


「リーシア、ダメです。僕にはできない。失敗すれば君の命が……」


「あん? 何をヒヨッてやがる。いつものおまえらしくねえな」


「リーシアが今放とうとしている奥義は、僕がコマンド入力を失敗すれば、ゲームオーバーになってしまうんです」


「ゲームオーバーてなんだ? またいつものゲームか? こんな時にまでホント好きだな」


「ゲームオーバーはお終いを意味します。つまり、僕が入力を失敗すれば、リーシアが死んでしまうんです」


 顔を後ろに向けた憤怒が聖女の姿を見つけると苦々しい視線を向けて目を細める。


「しかもこのコマンドは、誰も成功したことがない幻の技……ぶっつけ本番で成功する可能性はほぼ0%に近い。ゲームなら失敗しても冗談で済みますが、これは現実です。僕にはできない……」


「ヒロ……おまえ……」


「リーシア、コントローラースキルを解除しましょう。僕のスキルが関係しているなら、それを解除すれば助かるかもしれません。いまコントローラーを外します」


 憤怒の触手顔が口を開き大きく開き、息を大きく吸い込み始める。


 それを見た聖女は、憤怒の背で足を肩幅に開き自然体で両手を腰に当て気を練る。


「バカやろう! ヒロ、今ジョイントを解除したら、おれは一生お前を軽蔑するぞ」


「リーシア……でも、そうしないと君は」


「忘れるな! オレ達が倒されれば、憤怒が次に狙うのはアルムの町なんだぞ。お前はオレが死ぬかもしれないからって、町のみんなを見捨てるのか」


「分かっています。ですが、コレはゲームではないんです。大好きなゲームならどんなハードな難関でもクリアーする自信はありますが、これは現実なんです。僕は君を失いたくない……」


 ヒロのコントローラーを握る手が濡れていた。


「ヒロ、お前にとってゲームッてのは命をかけるに値しない遊びだったのか?」


「遊び? 違いますよ! ゲームは僕にとって命です」


「なら、ゲームだとか現実とか関係ねえだろうが! お前が命をかけたゲームと同じだ。オレはアルムの町を……孤児院にいるみんなを……命をかけて守りてぇ!」


 憤怒がついに限界まで息を吸い込むと、一瞬口を閉じて静止すると……聖女に顔を向け、その口を開いた!


 口から吐き出される炎のブレス! 


 ドラゴン特有の広範囲攻撃が聖女を襲うが、少女は逃げる素振りすら見せず腰だめに置いた拳を開くと、胸の前で構える。


「覇神六王流……風廻し逆風!」


 8の字を横にした動きで、気を練り込んだ両手のひらを動かすと、少女の前に激しい空気の気流が発生する。


 空気の気流に炎のブレスがぶつかると、ブレスが気流に流されていく。そして聖女が憤怒に向かって諸手もろてを突き出すと、気流がブレスを真っ二つに引き割いて突き進む!

 

 憤怒に向かう気流に導かれ、逆巻く炎のブレスが全て憤怒へと跳ね返された!


「馬鹿な! 我のブレスが! グォォォォッ!」


 リーシアの放った気流に顔を切り裂かれ、気流に導かれた自らの炎に憤怒は顔を焼かれる。


「ヒロ! オレにはゲームが何か分からねえが、お前が命をかけるに値するものだってのは分かる。だから……そのゲームでオレが命を落とすことになろうとも、オレはお前を恨まねえ。むしろやらずに逃げる根性なしなら、オレがこの手でお前を殺してやる」


 リーシアが六度目の震脚を踏む。もう足は度重なる震脚の連続使用に悲鳴を上げていた。

 だが、肉体の痛みを意思の力で押さえ込んた聖女が、爆発的な震脚の力を推進力に変え、憤怒の顔に向かって突進する。

 

 炎に顔を焼かれた憤怒が、接近する聖女に反応が遅れた。

 

「覇神六王流! 開門かいもん頂肘ちょうちゅう鉄城靠てつじょうこう!」


 下から突き上げるような右肘が憤怒のアゴを跳ね上げ、無防備な喉を聖女の前に晒けだす。

 二段ジャンプを発動し、足元に足場を作り出した少女は、突き上げた肘をそのままに、後ろ足を前に出すと肩を回転させながら、背中から憤怒の喉に体当たりをぶちかます!


 強大な気が憤怒の流れ込み、ダメージが完全に憤怒の首に通ると……首の反対側が爆発した。


 大きな傷口を作り首が地面に倒れ込むと、ついにモニターに映る謎のゲージが……六個全てに光が灯り、聖女のHPバーが10%を切った。


 最終奥義を放つ全ての条件が揃ってしまった。


「リーシア……僕は……」


「いつまでもウジウジしやがって! お前のゲームとやらは所詮そんなもんか? 命をかけると言いながらも口だけのシロモンか? だとしたらゲームとやらも、たかがしれてるな? どうせ、くだらないもんなんだろ? ああ? だとしたらそれに命をかけたお前の人生も、くだらないものって事だな」


「はあ? ゲームがくだらない⁈ それをやったプレイヤーの人生もくだらない? やった事もない人に言われたくはないですね⁈ ゲームをクリアーするためなら、あらゆる手を尽くし命がけでクリアーして来たゲーマーを侮辱しないでもらえませんか」


「はん、口ではいくらでも言えるさ。いざ、命をかける場面で逃げ出す情けない奴をオレは何人も見てきたんだ。お前も同じさ。ゲームに命をかけると言いながらも命が惜しい腰抜けだ!」


「たとえ死ぬと分かっていても、やらずに死ぬくらいなら、やって死ぬのがゲーマーですよ。馬鹿にしないでください!」


「なら命をかけろよ。技の入力に失敗したらお前も死ぬ覚悟でやれよ。お前が命をかけて失敗したのなら、オレは誰にも文句は言わせねえよ」


「ならやってやらぁ! だがな、僕は入力を失敗するつもりはない。超難易度のコマンド入力? 上等だ! この僕にクリアーできないゲームなんて存在しない。見せてやる。ゲームの称号がタダの記号でない事を」


「おのれ、滅べ、滅べ、滅び去れ! 愚かな人どもよ」


「うるせえ! 今取り込み中だ、黙ってろ! どうせテメエはもう真・絶技六式で体が動かせねえんだからな」


「な⁈ 体が!」


 憤怒が首を動かし聖女に噛みつこうとするが、体はピクリとも動かず、憤怒の声を上げる事しかできない。


「無駄だ。絶技六式は、もともと覇神六王流、最終奥義を決めるための拘束奥義なんだからな。神すらも封じる技、簡単には抜け出せねえ。さあ、ヒロ、お前の命をかけたゲームがくだらないものでない事を、オレに見せてみろ!」


「ああ、一発で決めてやるよ!」


聖女ヤンキーの発破が、勇者ゲーマーの心に火をつけた〉

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