第145話 勇者と聖女の作戦タイム
「ふ〜、危なかった。憤怒の攻撃がリーシアではなく、地面を殴るモーションだったので、まさかと思い逃げに徹して正解でした」
ヒロが額にかいた汗を拭きながら、息を吐いていた。
「やはり家老伝説の
…………
東にストリートグラップラーあれば、西に家老伝説と言わしめた、2D格闘ゲーム界の麒麟児……それが家老伝説だった!
主君を殺された兄弟、
ストリートグラップラーのリョウに高龍拳あれば、照之進に《ロイヤルティー》
主君に対する忠義の心を地面に向かって拳から打ち出し、地面から跳ね返った忠義が巨大な壁となって敵にダメージを与える必殺技で、高い技の威力と広い効果範囲、使い勝手抜群の派手なグラフィックが売りの必殺技だった。
他にも数々の必殺技が存在するが、体力が減った状態から使用できる超必殺技は、劣勢を覆す一発逆転の要素として人気を博した。
史上初、プレイキャラ全てが超必殺技を使えるようになったのは
ゲーム最大の特徴として、戦闘のフィールドを手前と奥の2ラインで表現した、ラインバトルがある。
敵の攻撃を別ラインに移動して避け、別ラインから強襲を仕掛けるなど、2D格闘では表現が難しい奥行きをうまく使った戦略が好評を博した。
初代ではプレイヤーが任意にライン移動ができず、二作目から自由に移動が可能となり、三作目にはこのラインバトルが三ラインバトルに進化を遂げた……だが、これが致命的となってしまった。
あまりにも複雑すぎるラインバトルに、ユーザーがついてこられなかったのだ!
やり過ぎ感を出しすぎた開発者たちは、続編でラインバトルの簡素化や、元の2ラインバトルに戻したりと工夫を凝らした結果……ついにシリーズ最終作で、ラインバトルを廃止してしまったのは、もはや伝説である。
独特なシステムが仇となり、進化の果てで消えてしまった対戦格闘ゲーム界の麒麟児……それが家老伝説だ!
…………
(ラインバトルの要領で奥に全速で逃げなければ、触手に捕まってやられてました)
ヒロは、かつてハマッたゲームに想いを馳せながら、モニターに映る触手を警戒していた。
(ん? 妙ですね……攻めて来ない? いや、少しずつ触手の数が増えてはいるのか⁈ だとすると……触手の数を増やして、確実に仕留めに来るつもりか?)
すると、ヒロが見るモニターの中にオク次郎を始め、何人かの古参オーク達がリーシアに近づいて来る姿が写っていた。
「ジークポークだべ〜。雰囲気が違うべが、ヒロといた娘だべ〜?」
「ん? オークの言葉が分かる? なんでだ? ヒロとコントローラースキルでつながっているからか?」
何気なく答えてしまったリーシア。
「リ、リーシアちゃん? オ、オークの言葉が分かるの?」
モニター越しにナターシャが、不可思議な顔でリーシアを見つめていた。
(ダメです! リーシア! 言葉が話せないフリをしてください! 計画が狂います!)
(やっちまった! ど、どうしようヒロ⁈)
頭の中でヒロに助けを求めるリーシア。
(とぼけて話題を無理やり変えてしまいましょう! 何となく、そんな事を言っているような気がするとかで誤魔化してください)
(お、おう! 任せろ!)
「あっ! ……あ、アレだあれ、何となく、そう何となくだよ! イヤ、オークの言葉なんが話せるわけないじゃん!」
取ってつけたような不自然な答えに、ナターシャ達の違和感は、さらに増していた。
(リーシア……話すとボロが出ます。そのまま何も話さずにいてください)
(このまま何もせずだな。よし!)
だがリーシアの目は、キョロキョロと目線を忙しく動かし、怪しさが大爆発していた。
どうやらヤンキーモードのリーシアも、隠し事が苦手なタイプのようだ。隠そうとすればするほどボロが出る。
ジト目になるナターシャ達……リーシアがダイナミックに、目の中をバタ脚で泳ぎまくっていた!
(マズイ……リーシア冷静に! 顔にモロ出ていますよ!)
(え? ど、どうすればいいんだよ! ヒロ助けてくれよ!)
内心、涙目のヤンキーリーシア……言葉遣いは荒らいが、助けを求める声は可愛かった。
パッと見、オロオロする
「まあ、そう言うことにしといてあげるわ。あなた達といると驚くことばかりで、気が休まらないわね」
(ナイス、ナターシャさん! コッチの意図を汲んでくれました。よし、話題を一気に変えますよ! リーシア、作戦を僕が思いついたと話してください)
「あはは……あ、ヒロが作戦を思いついたって言ってるぜ」
「ホント?」
(よし、とりあえず話題をもっと変えて、オークと話せる事を
「いや、作戦名なんてどうでもよくねえ?」
(何をいっているんですか! 作戦名は戦いにおいて最も重要な意味を持つのですよ! かの『ドラゴンクエスチョン4〜導かれちゃった人たち〜』でも、作戦が攻略の鍵を握るぐらい重要なんです! それにここからはみんなの力を借りなければなりませんから、しっかり伝えてください)
「わかったよ。全くうるせえな〜、言えばいいんだろ?」
「ど、どうしたのリーシアちゃん?」
「いや、ヒロの奴が作戦を説明する前に、作戦名を伝えろってうるせえんだよ」
(リーシア、真面目に頼みます。作戦名は誰が聞いても分かりやすく、かつ本質の意味が理解できる作戦名にしています。早くみんなに伝えてください。作戦名は『ガンガンいこうぜ!』です)
(え? その作戦、大丈夫なのか? 不安しかねえぞ!)
(大丈夫です! 僕を信じてください。さあ、早く! もう時間がありません。急がないと……間に合わなくなります)
ヒロの大きな声がリーシアの頭の中で、ガンガン響き、堪らずリーシアが耳を塞ぐが、心の声には全く意味がなかった。
「……分かった。分かったから」
「これからヒロが、憤怒の紋章を倒す作戦を説明する。作戦名は『ガンガンいこうぜ!』」
「ガンガン行こうぜ?」
冒険者ギルドのマスター、ナターシャがアゴを手で触り、何かを考えながらリーシアの話を聞いていた。
その時、ナターシャの瞳の色が青から赤へと変化している事に気がつくものは誰もいなかった。
「あの触手の森は、少しずつ広がり、大きくなっていやがる。恐らく触手の数を増やして、一気にあたい達を殲滅してくるだろうから、アイツの準備が整う前に、こちらから攻撃を仕掛けてトドメを刺すって」
チラリと皆が触手の生えている外周部を見ると、また一本触手が地面から生え出し、その攻撃範囲を広げていた。
「確かにあの触手を相手に、全方位からバラバラに攻撃しても効果は薄そうね」
「だから1点突破で、オレを憤怒のいる場所まで導いてほしいだってよ」
「つまり……私たちがあの触林に道を切り開き、力を温存したリーシアちゃんを、中心にいる奴の所まで送り届ければいいのね?」
「ああ、中心にさえ辿り着ければ、勝機はあるってヒロが言ってる」
「だけど中心付近にまで送り届けたとして、触手はどうするの? あの様子じゃ、中心付近の触手はどれだけいるか分からないわよ? 少なくとも一本や二本しか触手が生えていないとは言い難いわ」
「だよな? ヒロ考えはあるのか?」
(無論です。リーシアMPは回復しましたか?)
「ん? ちょっと待て……ああ、大分回復してるな」
ヒロもコントローラーのスタートキーからリーシアのステータス画面を開き、残りMPとスキルを確認していた。
名前 リーシア
性別 女
年齢 15
職業
レベル :???
HP:700/735
MP:270/457
筋力:633
体力:633
敏捷:390
知力:415
器用:498
幸運:364
固有スキル 殺しのライセンス
聖女の癒し
天賦の才
Bダッシュ LV 4
二段ジャンプ LV 3
溜め攻撃 LV 3
コマンド入力
オートマッピング LV2
言語習得 LV2
絆 LV 5
所持スキル 近接格闘術 LV 8
発勁 LV 8
震脚 LV 8
回避 LV 6
回復魔法(滅)LV 10
女神の祝福 【呪い】LV 10
身体操作 LV 4
剣術 LV 4
投擲術 LV 3
気配察知 LV 2
空間把握 LV 2
見切り LV 2
(MPがギリギリです。無駄なヒールは使えません。リーシア、MPを温存しておいてください)
「ああ、分かってる。ヒール一発分は残しておくよ」
「ん? どうしたのリーシアちゃん? ヒール?」
「いや、あはは、ヒロが最後にアイツが何するか分からないから、ヒールを温存しとけって」
「そう……まあ、いいわ。今はアレをどうにかしないとね」
「ん? ナターシャの姉御、何かあるのか?」
「何もないわよ。さあ、リーシアちゃんを無事に、あの中心部に送り届けないとね。遠距離から援護してもらうように、討伐隊指揮官のドワルドに話をつけてくるわ。リーシアちゃん以外はついて来て、装備がなければ戦えない。リーシアちゃん達は、今の内に準備をしなさい」
するとナターシャの目の色が、いつの間にか赤色から、元の青い瞳へと変化し、リーシアにウィンクしながらドワルドがいる方へと歩き出していた。
ゾロゾロとポテト三兄弟、ケイトとシンシア、そしてギルド職員ライムが装備を整えるため、ナターシャの後に続く。
その場に取り残されるリーシアとオーク達。
「ワザとオレ達だけにしてくれたのかな?」
(でしょうね。ナターシャさんのスキル『真実の目』が発動してましたし……見逃してくれたみたいですね。今の内にオク次郎さん達と作戦を詰めておきましょう)
「ああ、おまえら、状況はわかっているか?」
リーシアがオク次郎を始め、生き残った十人のオーク達に顔を向ける。
「ジークポーク! 分かってるだべ〜、憤怒の紋章に族長が飲み込まれたべ〜」
「ああ、あの触手の中心にいるクソな憤怒の紋章を殴り飛ばすのに、道を切り開いてほしい……力を貸してくれ!」
「任せろべ〜。どうせ捨てる命だべ〜。最後に一花咲かせるべ〜」
「家族を守るためだ。見事に果ててやろう! ジークポーク!」
「死ぬのは怖くはない。戦士の誇りにかけて、お前を憤怒の元へ送り届けてやる! ジークポーク!」
「俺たちは気にするな。お前は、お前のやるべき事をやれ! ジークポーク」
その言葉を聞いた他の古参オーク達も賛同の声を上げていた。
「すまねえ……必ず奴を倒してエクソダス計画を成功させる。約束だ!」
「ジークポーク!」「ジークポーク!」「ジークポーク!」
リーシアが拳を握り顔の前に掲げると、オーク達も一斉に武器を掲げ声を上げていた。
遠巻きに見ていた討伐隊の兵士たちは、何事かと武器を構えて警戒してしまう。
だが、声を上げるが襲ってくる気配はない……今もなお、笑いながらオークと完全に会話している少女を見て、夢物語の一場面を兵士たちは垣間見る。それは、吟遊詩人が歌い上げる英雄伝の一節のような不思議な光景だった。
人とオークが手を取り合い強敵に立ち向かう……そんな英雄伝の一幕に、自分たちが参加する事になろうとは、その場にいた誰もが思いもしないのであった。
〈絶望の果てに、人は希望の光を見た!〉
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