第126話 風雲オーク城 中編

「ジークポーク! 同志ヒロ、ちょうど良かったべ。言われた通り、溝を掘り終えたから、今から知らせに行くとこだったべ」


 河原から石切と採取を終え、オーク村に戻って来たヒロは、砦の土木監督を任せたオクタと、村の入り口で鉢合わせした。


「ジークポーク! 同志オクタさん、ありがとうございます。早いですね。助かります。僕らの方も河原での岩の切出しと、回収が終わりました」


 予想以上に早い、作業完了の報告を受けたヒロは喜び、二人で工事現場のある村の中心へと歩き出した。


「しかし、あんなデカい溝を掘ってどうするのだべ?」


「はい。これらかここに、砦を作ります」


「砦ってなんだべ?」


「戦うための建物ですかね?」


「建物で戦うべ?」

 

 建築技術に乏しいオークでは、せいぜい掘立て小屋を建てるのが関の山であり、それ以上の物は考えもつかない様子だった。


「皆さんが立て籠って戦う堅牢な建物ですね」


「ふ〜ん、同志ヒロは、いろんな事を知っているべ」


「いえ、ゲームをやる上で得た知識ばかりですよ。それじゃあ、砦の基礎部分を作りましょう。溝を掘った後の土は?」


「言われた通り、脇に積んおいたべ」


 すると、ヒロの目に数メートルの高さに積み上げられた土の壁が見えてくる。


「お〜、これだけの規模になると壮観ですね」


 ヒロの目の前には幅10m、深さ6mもある溝の姿が見えてきた。

 村の中心である広場に、三角の形で掘られた溝は1片が200mもある巨大なものだった。


「取り敢えず、やることがないから、土木班はみんな休憩にいれたべが、次はどうするべ?」


「基礎の土台作りの後、石垣作りで力をお借りします。それまではカイザーさんの水路作りに参加してください。ジークポーク!」


「分かったべ。ジークポーク!」


 オクタが挨拶すると自分も休憩に入るため、ソソクサとその場を後にする。


 一人残されてヒロは、早速土台作りを始める。


「さて、まずは積んだ土の回収からです」


 ヒロは腰に吊るしたアイテム袋の口を、積みげられた土に触れさせると……突如、ヒロの前から土壁が消え去ってしまう。だが全てが消え去った訳でなく、半径3mの土壁だけが消えていた。


「うん。やっぱり検証どおりだ!」


 ヒロは自分の検証結果の正しさに喜んでいた。


 ヒロは砦を建造する際に、一番の問題……大量に必要な土や岩、そして木材をどう調達するのかと頭を悩ませた。

 少ない労働力で最短の方法を思考した時、このアイテム袋の検証に至り、実証実験を繰り返した。

 結果……アイテム袋の新たなる特性が分かり、ヒロはさっそく砦建設に乗り出したのだ。


 実証実験において1番の収穫は、所有権のない自然物は回収できないが、一度でも自然な状態から形を変えた物は、所有権が他者になければ回収できる事だった。


 つまり、大地にアイテム袋の口をつけても収納はできないが、掘り起こすなどの何かしらの手が加われば、半径3m以内の物を回収できる事を発見したのだ。


「良し! 一気に回収だ! Bダッシュ!」


 ヒロはBダッシュで、次々と土を回収していき、ものの5分で総計600mもあった大量の土壁を、アイテム袋に回収し終わってしまった。


「さて、次は盛土ですね」


 ヒロが溝の内側の大地に立ち、今度は端から順にアイテム袋に回収した土を出していく。

 ヒロは、右手でアイテム袋のメニューを操作し、かざした左手から土を次々と放出していく。

 その勢いは凄まじく、放水車から水を撒くかの勢いで吹き出し、ものの30分で盛土をヒロは終えた。


「こんなものですかね? 一応、地固めは、やっておくかな」


 ヒロがアイテム袋を操作すると、ヒロの掲げた手の前に、巨大な岩が出現し、ドシンと大きな音を立てて地面に落ちた。


 あらかじめショートソードで下面を切り裂き、平にした巨大な岩が、自重の重さと落下による加速で地面を踏み固める。


「手のひらの向きと位置で、収納アイテムの出現場所がコントロールできると、使い方に幅が出て便利だな」


 再びアイテム袋に岩を収納し、出現させること数百回、40分掛けて盛土の地固めが終了した。


 そこには元の地面より、高さ6メートルも地表から盛り上がった大地が完成していた。


「ふ〜、土台はこんなとこですかね。次に石垣作りですね。人手が要ります……土木組に戻ってもらいましょう。その間に、僕は木こり組の切り倒した木材を回収してきますかね」


 ヒロは近くにいた連絡役のオークに、水路組に合流せた土木組に、再びこの場所に集合して欲しいことを伝えると、Bダッシュを駆使して伐採組のいる場所へと急ぐ。


「ジークポーク! オク次郎さん、伐採はどうですか?」


「ヒロか〜、ジ〜クポ〜クだべ〜、予定通り伐採は終わったべ〜」


 オク次郎が指差す方をヒロが見ると、伐採された丸太が所狭しと、切り倒された巨大な空間がそこにあった。


「言われたおりにしたべ〜、伐採優先で切り倒した木は転がしたままだべ〜」


「はい。それで問題ありません。では、次にココと村の間に罠を仕掛けてください。場所は……」


 ヒロが落ちていた木の枝を持つと、地面に地図を書き出していく。

 かなり綿密な地図を描くヒロは、その地図に罠の場所記していく。

 

 アイテム袋に続いて、オートマッピングスキルの検証もヒロは行っていた。


 その際、簡易MAPに表示された地形に、自由に文字や印が書き加えられる事に気がついた。

 これは踏破した地形であれば、どこに何があるかを、手動で追加コメントを入れられるのである。


「この印の付けた場所に、落とし穴をお願いします。その穴の中には、先を尖らした細い木の杭を二本程立てておいてください」


「あ〜、分かったべ〜」


「あと、罠の場所や地形を皆で覚えておいてください。ここにいる伐採組から、夜襲部隊を募ります。罠の場所や地形を把握している人から選抜しますから、皆に情報を共有してください」


 その言葉を聞いた周りのオークの戦士達が、ヒロの描いた地図を必死に頭に叩き込み始めた。


 オークの戦士にとって、この戦いは、一族の存亡を掛けた、文字通り命懸けの戦いであり、失敗は許されない。誰が選ばれるかは分からないが、選ばれるなら我が! 自分が! 俺が! っと、皆の気迫が見えるくらい、鬼気迫る様子でヒロの描いた地図を頭に叩き込んでいた。


「オク次郎さん、伐採組は罠組に変更しますので、罠作成をお願いします。僕は伐採した木材を回収して、村に戻ります。ジークポーク!」


「了解だべ〜、ジ〜クポ〜クだべ〜」


 オク次郎の返事にヒロが手を上げて答え、手にアイテム袋を持つと、地面に乱雑に転がる切り倒された木を次々とBダッシュを使って回収していく。


 数百あった木が、20分もしない内にアイテム袋に回収された時、その場には巨大な長方形の空間が出来上がっていた。


 森の中に急に視界の開けた空間が現れ、違和感がことさらに強調されていた。


 不自然に目立つ空間……怪しさ爆発である!


 だがそれこそが、ヒロの策だと言うことに気づいた時には……あとの祭りである。


 ヒロは回収が終わるなり踵を返し、オーク村への帰路へとつく。


「さて、村に戻る間に、アイテム整理をやっておかないと……」


 再び走りながら、発見したアイテム袋の便利機能を駆使し、アイテムソートを始めていた。


 膨大な同じ名前のアイテムをメニューに表示する際、検索窓が出現する事に、ヒロは気がついた。


 ヒロは検索窓に、尖った石と入力すると、大小様々な形状の尖った石が、アイテムメニュー内で自動的に分類されソートされていく。

 ソートが終わるとアイテムメニューの項目が、細かく分類され見やすくなっていた。


「武具なんかより、このアイテム袋の方が大助かりです。セレス様、ありがとうございます」


 所持アイテムの把握がしやすくなる、至れり尽くせりなアイテム袋の機能……ヒロは女神セレスへ感謝するのだった。


 ジャスト1時間、伝令役に言った通り、土木組が戻る時間までに、ヒロがオーク砦建設予定地に舞い戻ってきた。


「ジークポーク! 同志ヒロ。帰ったべか?」


「オクタさん、ジークポーク! 今、戻りました!」


「みんなちょうど揃ったとこたべ、次は何をすればいいべ?」


「チョット待ってください」


 するとヒロがアイテム袋の中から、ソートしておいた先が尖った小岩を、大量に足元へ取り出した。

 チョットした小石の山が、ヒロとオーク達の前に出来上がる。


「今から僕が、あの盛り上がった盛土の側面に、岩を積んで行きますから、皆さんは岩と岩の間の隙間に、この先が尖った石を詰めてください」


「隙間にだべな? 分かったべ」


 土木組のオーク達が、ヒロが取り出した尖った石を手に待機する。


「さあ……石垣作りも佳境ですね……あとは採取した岩を積んでいくだけですが……フッフッフッフッ、ついにお楽しみ「モノリス」の時間です! 久々にやり込みますよ!」


 モノリス……画面上方よりランダムに落ちてくる、様々な形のブロックピースを積み上げ、横一列に隙間なく揃えるとブロックが消え、得点が増えていくと言う、所謂いわゆる落ちものパズルゲーである。


 同時に消すラインが増えるほど得点が高くなり、最大4ラインをまとめて消す事を『モノリス』と言い、最大得点が与えられる。


 いかにして隙間なく、ブロックピースを的確に積み上げていくかが、高得点の鍵である。


 だが得点を重ねれば重ねる程、ブロックピースの落ちるスピードが上がり、最高スピードに達すると、もはや瞬間移動に近いスピードでブロックピースが落ちていく!


 そんな無理ゲー……と思いきや、意外にやれてしまうのが、このゲームのすごい所である。


 その秘密は、次に出現するブロックピースが、画面に表示される点である。

 瞬時にブロックピースの落とす場所と向きを判断し、無駄なくボタン操作することで、高速プレイが楽しめるのだ。


 これのおかげで、ライトユーザーからコアゲーマーまで、幅広い層が楽しめるゲームに仕上がっていた。

 

 元はある科学者が作成した教育用ソフトウエアーであったが、全世界で発売されると老若男女を問わず大ヒットを記録した。


 家庭用ゲーム機においては、携帯型ゲーム機『ゲームガール』のキラータイトルとして、424万本も売り上げ、ハードの普及に大貢献を果たした化け物である。

 

 シュールな背景と音楽、独特の重みのある効果音、最後に登場する謎のサルなど……強烈なイメージをゲーマーに与えた。


 単純ゆえに奥が深い、落ちものパズルゲーの元祖、それが『モノリス』だ!


 ヒロはアイテム袋のメニューを開きながら、巨大な三角形に掘り抜いた溝の底に降り立つと、メニュー画面に表示された分類済みの岩の項目を選択する。


 一番上にあった岩の形が表示されると、ヒロは手のひらの向きや形を調整して、岩を目の前に出現させて地面に落とす。

 

「さあ……やりますよ! 我が懐かしのモノリス! 久々に高得点を叩き出します!」


 するとヒロは、メニュー画面を高速に操作しながら、次々と岩を出しては積み上げて行く!

 その手から現れては落ちる姿は、さながら土魔法を使う魔法使いが如き光景に、土木組の皆は唖然としてしまった。


 ものの1分と掛からず、2mを越す岩の壁がヒロの立つ場所に完成したのである!


 完成した瞬間、「モノリス!」と声を上げるヒロ!

 4列同時消しに成功した際の掛け声を、つい癖で声に出してしまう。

 元の世界でも、モノリスプレイ中に、よく声を出していたものである。


 完成した岩壁に見向きもせず、すぐに横方向へBダッシュを使い、瞬時に移動すると再び岩を積み上げ始める。

 繰り返し続けられる作業で、次々と石壁が作られていった。


「モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス、モノリス」


 現場に響き渡るヒロの声に、土木組オーク達が狂気を感じ始めてしまった。


「モノリス! モノリス! モ#リス! #%#リス! %#☆○! 〆^$☆!」


 最初の頃は問題なく、モノリスの声が少し聞こえる大きさの声だったが……今や奇声に近い大声で叫ぶヒロに、オーク達が引いていた。


「だ、大丈夫かアレ?」


「顔が破顔しまくって、笑顔を超えて不気味な顔しているな?」


「声をかけた方がいいんじゃ?」


「いや、止めておけ。もしかしたらアレが普通なのかもしれないし」


「だな。俺たちは言われた通り、岩と岩の間に小石を詰めていくぞ」


 自分たちのために働くヒロに、『大丈夫ですか?』などと、失礼な事が言えず、仕方なくソッと好きなようにさせるポーク達……。

 

 そして土木組のオーク達が、岩壁に空いた隙間を埋める作業を始めてから4時間……ついに石垣部分は完成した!


 高さ15m、1片の長さ200m……巨大な正三角形の石壁が、村の中心に完成していた。


「#%#リス! %#☆○! 〆^$☆! ÷〒%€! ☆*々:!」


 だが、石垣が完成したにもかかわらず、ヒロの奇声は止まらない!


 久々の疑似ゲームの感覚に、抑圧されたゲーム脳が解放され、歯止めが効かなくなっていた。


 アイテム袋内にある採取した岩を全て使い終わっていたが、ヒロの動きと奇声が終わらないのだ!


 バグッた脳が、思考の無限ループを繰り返し、何もない空間に空想の岩を出現させ、幻の岩壁をヒロの脳内で完成させ続けていた!


 永遠に終わらないモノリスに、幸せを感じたヒロの脳が、モノリスのエンドレスモードに入ってしまった。


「これは参ったべ……明らかにおかしいべ?」


「狂っているな」


「危なくて近づけん」


「お〜い、もう完成したべ? 聞こえてないべ?」


 何もない空間に手をかざし奇声を上げるヒロに、危険を感じたオクタが声を掛けるが反応せず……奇声が止まる気配がまるでない。

 

 狂気をすら感じるヒロに、ポーク達はドン引きしていた。


 仕方なくオクタは、バグッたヒロを直せるであろう人物の元へ、駆け出すのであった。


〈バグッた希望に、必殺の腹パンチが打ち込まれ、強制リセットが入った!〉

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