第124話 廃神女神の人生勉強

「馬鹿な……ワシが……ワシが破れるいうのか?」


「ふん、お主は……少し生き急ぎ過ぎなのじゃよ」


 憂いた目で老婆が老人を諭す。


「なんだと?」


「お主がやろうとしている事は善なのだろうさ。だがな、やり方が間違っておるのじゃ……その善なる願いを急ぐあまり、悪となっていては本末転倒じゃよ!」


 老婆は呆れながら、老人に言い放った。


「馬鹿な! ワシは皆のため、世界をより良くするために……もうワシには時間がないのだよ! 世界はひとつにならねばならん! それには絶対の強さが必要なのだ!」


 老人は自分以外の人が、幸せに生きられる世界を夢見ていた。


「じゃから、お主はソレを作ったのか?」


「そうだ。あらゆる武芸、武術の達人の技と経験をコピーした、このヒューマノイドマシーン『デュアル』……誰も逆らえない強さを持つこのデュアルの元で、人は管理運営されてこそ、未来永劫幸せな時を過ごせるのに……なぜ、それが分からんアキコ!」


 猛る老人に、アキコは憐みの目を向けた。


「だがその人形も、人の想いの前に破れ去ったようじゃな」


 デュアルを倒すため、犠牲になった仲間たち(平均年齢65歳)の亡骸を、老婆は哀しみの目で見ていた。


「アキコ、お前さえ、お前さえいなければ!」


「ジーさん。お主の想いは分からなくはない。じゃがな……自分の幸せが他人の幸せとは言えんのじゃよ。幸せとは千差万別、100の人が居れば100の幸せがあって然るべきなのじゃ」


 ハンマーで殴られたかのような衝撃が、ジーさんを襲う。


「ワシが……ワシが間違っていたと言うのか?」


「人生とは何を成したかではない、どうして成そうとしたかじゃよ」


「……フッフッフッ、アキコよ。60を過ぎて教えられたよ。生き急いでいたか……確かに死を前にしてワシは焦ってしまっていたのかもしれん」


 何か吹っ切れたジーさん……その顔は清々しかった。


「じーさん……人生は長い。まだいくらでも、やり直しはできるはずじゃ」


 アキコはジーさんの目を見て、その手を差し出す。和解の握手……だがジーさんはその手を取るのを躊躇ちゅうちょしていた。


「アキコ……ワシはまだ、やり直せるのだろうか?」


 自信なさげなジーさんの問いに、アキコは満遍の笑みで、その手を握り言い放つ!


「まだ60の若造が何を言っておる。そんな言葉を吐くのは……10年早いんじゃよ!」


 

「アキコさん最高です!」


「すごいアキコさん!」


 そこは天界にある女神セレスのプライベートルーム。部屋の中でクッションに座り、モニター画面に向かって拍手喝采する女神たちの姿がそこにあった。


 ゲーム廃神と化しつつある神界の実質トップ、大地の女神セレス。


 最近セレスのそば付きとして抜擢された、見習い女神のニーナ。


 二人の女神がモニターの前で、釘付けになっていた。

  

「ばーちゃんファイター、コレは神です! 戦いの中に哲学を盛り込んだ神ゲーです!」


「アキコさん、カッコいい! 私こんな老婆になりたいです!」


 二人が狂喜乱舞して讃えるのは、サガパターンが誇る3D対戦格闘ゲームの元祖、『ばーちゃんファイター』だった!

 

 

 ばーちゃんファイター……世界初の3D対戦格闘ゲームとして、2D対戦格闘ゲームが主流の時代に、忽然と現れた巨星である。


 当初は地味なグラフィックと1Pry¥200が災いし、人気は低迷していたが……その奥深いシステムに魅了されたゲーマー達の間で、ジワリジワリと人気を上げ、その名を格闘ゲームの歴史に残す程にまで至った伝説である!


 八極拳の使い手アキコさん(62歳)を主人公に、最強の座を目指し戦うこのゲーム最大の特徴は、ポリゴンによる3Dで表現されたリアルな動きだった。既存の2D対戦型格闘ゲームとは異なる操作性と演出で一世を風靡ふうびしたのだ。

 

 名機ギガドライブの後継機、サガパターンのキラータイトルとして発売されたこのゲーム……コアな信者を有するSAGAファンの絶大な支持を得て売れに売れた!


 数定販売本数71万本、続くグラフィックが大幅に向上したばーちゃんファイター2は、130万本と破竹の勢いで対戦型格闘ゲーム業界を席巻した。


 派手な技が売りの2D対戦格闘ゲームに比べ、ばーちゃんファイターはパッと見、地味な見た目だったが、それはリアルな動きを追求した結果だった。


 3Dを生かした位置関係やパースの正確さ、モーションの動きで魅力を引き出し、既存の2D対戦格闘ゲームとの差別化を計る事に成功したのだ。


 ゲームシステムは6個ボタンが主流だった格闘ゲーム業界において、パンチ、キック、ガードという3個ボタンを採用することで、打撃・投げ・ガードのシンプルな三すくみの攻防が確立され……戦いの駆け引きとシンプルでありながら、より深い戦略が立てられる玄人好みのゲームへと仕上がっている。

 

 主人公であるアキコさん(62歳)の決め台詞、『10年早いんじゃよ!』は、あまりにも有名であり、格闘ゲームをやった事がない人でも、一度は聞いたことがあるだろう。62年と言う歳月がもたらした言葉の重みに、誰もが納得の決め台詞である。


 60歳を超える高齢キャラクター達が織りなす、人生を賭けた戦い……3D対戦格闘ゲームの元祖、それが『ばーちゃんファイター』だ!



「アキコさん……長い時を生きたからこそ言える、その言葉の重み、勉強になります」


「セレス様、私アキコさんみたいな女神になれるよう、頑張ります!」


「それは良いです。私もアキコさんを見習わなければいけませんね。何を成したかではない、どうして成そうとしたか……この言葉は深いです!」


「セレス様、早く対戦モードで遊びましょう! 私も早くやりたいです!」


「分かっています。ちょうど今、もう1台のばーちゃんスティックの作成が終わりましたから、一緒に遊びましょう!」


 セレスが両手を上に向けて目を閉じると、手の上に、光る魔法陣が描かれ、その中からジョイスティックが浮かび上がる。


 横幅738mm、縦幅230mmと、かなり巨大なジョイスティックが現れ、セレスはあまりの大きさに取り落としそうになる。


「ヒャア! あ、危なかったです。せっかく作ったジョイスティックを落として壊すとこでした!」


「セレス様、お気を付けてください。神気も節約せねばですから」


「分かっています。ようやくニューハードの作成に目処めどがついたのですから……できるだけ節約して、まだ見ぬゲームソフトの作成も急がねばなりません」


 セレスはなんと、ヒロのために作る予定だったギガドライブを作らずに、次なるニューハードの作成に着手していた。

 足りない神気を、ニーナの神器を作るために溜め込んだ……莫大な神気を使って!


 『世界のため』、その一言を免罪符に、セレスは廃神女神の道を突っ走っていた!

 止まらない加速に快感すら覚え、アクセル全開のセレスは、今日もゲーマーの道を爆走する。


「早く、他のソフトで遊びたいです。ところで、このジョイスティック大きいですね」


「はい。ヒロ様の記憶にある風景から再現しましたが、ヒロ様はコレを一人で操って、対人戦の修行をしていました。元々は二人で遊ぶ拡張機器で、『ばーちゃんスティクPRO』と言うらしいです」



 ばーちゃんスティクPRO……ゲームセンターに置いてあるばーちゃんファイターと、同じ環境を自宅で再現できる夢の拡張機器である。


 特出すべきはその大きさである……横に並んで2プレイ対戦するため、ジョイスティックとボタンが二つずつ並んでいるのだ。


 ゲームセンターと同じ感覚で遊べるばーちゃんスティクPROは、コアなゲーマーを中心に売れた!


 当時のサガパターンの販売価格が¥44800に対して、ばーちゃんスティクPROは¥24800……サガ信者達の信仰度を試される拡張機器、それが『ばーちゃんスティクPRO』だ!



「セレス様、これを一人で……どうやってですか?」


「寝っ転がって、両手と両足で2プレイしていました……」


 ヒロの名誉のために補足しておく! 決して友達が居ないわけでも、遊ぶ相手が居ないわけではない!

 真のゲーマーとは孤高……人知れず鍛錬に励む姿こそが、美徳なのだ!


「勇者様って器用なんですね!」


「ええ、動きが若干気持ち悪かったですが、器用に一人で対戦してました。さあ! 私たちも対戦しましょう!」


「はい! 私アキコさんを使いたいです!」


「いいですよ。じゃあ私はこっちの忍者なる格好のシャドー丸を使いますよ」


 和気あいあいと、ばーちゃんスティクPROのコネクターをサガパターンに差し込むセレス。


 サガパターン……株式会社サガエンタープライズが世に解き放った次世代32bitゲーム機である。


 3Dポリゴン機能を持つが、最強の2D機能を有するモンスターマシン、それがサガパターンだった。


 サガパターンは、高性能のCPUと2Dスプライト機能により、格闘ゲームやシューティングゲームといったジャンルを得意とする本体ハードだった。


 とくに業務用ゲーム筐体からの移植に強いサガパターンは、ゲームセンターにたむろするゲーマー達を取り込み、コアな信者を抱えるサガ信者に合流させる事で、さらなる勢力拡大に成功した話は有名である。

 

 だが、このサガパターンの発売が、株式会社サガ崩壊の引き金を引く事になろうとは……当時の関係者は誰も想像がつかなかったのである。

 

 ライバル機とシノギを削るハードウエア戦争で、サガパターンは構成パーツの多さから、思うように価格が下がらず……逆に構造が安易なライバル機は、大量生産によるプライスダウンに踏みきられ、大きく水を開けられてしまった。

 

 下がり続けるライバル機の価格に、赤字覚悟の価格対抗で迎え撃つサガパターン……それがトドメとなった。


 売れば売るほど赤字が計上され利益が出せない。

 価格を下げたにもかかわらず、ライバル機のさらなるプライスダウンに販売台数が伸び悩んだ。


 当然、ハードが売れなければソフトも売れない……ゲーム制作会社もソフト開発を考えねばならず、数多くの会社がサガパターンでのゲーム発売を諦めねばならなかった。


 日本国内では販売台数580万台、世界合計で900万台と予想を下回る販売台数に関係者は頭を抱えた。旧ハードであるキガドライブが、全世界3075万台売り上げた事を考えれば。察する人も多いだろう。


 ハードが売れない原因……それはギガドライブで大人気だったゾニッグ・ザ・ホッドドックの続編を出さなかった事も起因している。


 ギガドライブのキラータイトルが、後継機のサガパターンで発売されないなんて、だれが予想しただろうか……しかも、海外でもっとも人気が高いゾニッグがである!


 日本では売れたサガパターンは、このせいで海外ではサッパリ売れず、散々な結果を出すことになる。


 そしてこれが、株式会社サガの転落へとつながるのであった。


 最強の2D性能を持ちながら価格競争に敗れた不遇のハード……それが『サガパターン』だ!

 


「しかしヒロ様のために、もう1台ギガドライブを作ろうとしましたが、サガパターンを作って正解でした」


「セレス様、こっちのが対戦出来るゲームが多くて、二人で遊ぶには最適ですね。英断でした」


 ニーナ褒められ、ドヤ顔のセレス!


「ニーナ、あなたの神気は無駄にはしません! 世界を救うため、大事に使わせてもらます」


「はい! 私の神気がガイヤを救う手立てになるなら、本望です」


「良くぞ言ってくれましたニーナ……あなたの献身を私は絶対に忘れませんよ。ありがとう」


 ニーナの肩に優しく手を置き、礼を述べるセレス。


(この子の莫大な神気があれば、まだ見ぬハードを開発できます。フッフッフッフッ。ニーナ、あなたの神気……全てハード開発のために搾り取らせてもらいますよ)


「どうしましたかセレス様?」


 黒い感情がセレスの心に闇を落とし、その顔を一瞬暗くする。

 だがニーナの声にすぐに笑顔を作り、その本心を悟らせぬよう取り繕っていた。


「な、なんでもありませんよ。さあニーナ、ばーちゃんファイターやりましょう。今夜も徹夜です!」


「はい、セレス様! 五徹でも六徹でも世界のため、お付き合い致します」


 公務の仕事以外は、全てをゲームに捧げるセレス……ゲームに出会ってからというもの、徹夜が続きすでに7日も寝ていない。

 女神故、寝なくてもどうとでもなるが、目の下にできた深いクマは、セレスの美貌に影を落とし始めていた。


「さあ! 朝までに300戦はしますからね♪」


「お供します。セレス様!」


 二人の女神は、いつ終わるともしれない戦いのロンドへと、その身を投じるのであった。


 だがこの時、女神セレスは思いもしなかった……自分の行いが、株式会社サガと同じような運命を辿ることになろうとは、夢にも思わないのだった。

 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「…………な、なんだこれは!」


 オーク討伐隊指揮官、ドワルドがそれを見た時、驚愕で言葉を失っていた。


「どう言う事? こんな砦を作るくらいオーク達の知能は高いというの? ありないわ!」


 それ見たナターシャも、その異質な光景に驚きを隠せないでいた。


 アルム町の南に広がる豊かな森、町から遠く離れたその場所に、突如として砦が現れたのである。


 高い岩壁と水が満たされた幅広の堀り。およそこんな深い森の中には似つかわしくない……堅牢な砦がオーク討伐隊の前に現れたのである!


〈希望のやらかしが、オーク討伐隊に絶望を植え付けた!〉

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