第122話 二つの咆哮!

「死者40名……重傷者100名以上だと⁈」


「対してオーク側に与えた被害は……ゼロね。見事なまでの完敗よ」


 オーク討伐隊指揮官、ドワルドは副官からの報告に頭を抱え、冒険者代表のナターシャが損害報告を分析していた。


「すぐにポーションを与えて戦線に復帰させろ! 隊の10分の1が戦線離脱など……クソッ! なぜこんな事に」


「無理です!」


 報告する部下が、復帰不可の回答を口にすると、ドワルドはその言葉に当たり散らす。


「貴様、何が無理だと言うのだ! ワシの命令が不服なのか!」


「違います! 無理と言ったのは……」


「ツベコベ言わず、さっさとワシの命令を伝えんか!」


 頭に血が上っているドワルドが、副官の話を聞かず叱咤する。


「ドワルド指揮官、すぐに戦線復帰は無理よ」


「なに?」


 副官を叱咤する様を見て、ナターシャが助け舟を出した。


「ポーションによる治療は軽い怪我なら問題はないけど、重傷者の怪我はそうはいかないわ。短期間で怪我を治すために、体力を消耗するから、すぐに戦線復帰は無理よ」


「その通りです。すでにポーションを使い、傷の回復を図りましたが、皆、立ち上がることができません」


 大怪我をポーションで回復するのは諸刃である。


 そもそもポーションとは、厳密には体の細胞分裂速度を早める効果があるだけで、ポーション自体に傷を治す力はない。


 体は傷を治す代償に、体力を消耗する。


 怪我が軽症なら問題はないが、大怪我の場合はそうはいかない。


 大量の体力を消耗すれば、それだけで立ち上がることもできず、体力の回復を待たねばならない。

 体力のない者にポーションを無理やり使えば、最悪の場合、傷が治らず衰弱死する可能性も否定できない。


「重傷者100名は、体力が戻るのに少なくとも2〜3日は必要です」


「クッ、もう今日のオーク討伐には、参加できんと言うことか? とんだ痛手だ! 仕方ない、残りの兵で予定通りオーク討伐を開始するぞ!」


 その言葉に副官が顔を曇らせたのをナターシャは見逃さず、言いたい事が言えない副官に変わって代弁する。


「ダメよ。ドワルド指揮官、この陣地に怪我人を置いて行くにしても、最低限の防衛力を残しておかないと……少なくとも兵数200は残す必要があるわ」


「そ、それではオーク村を攻める戦力が1000人を下回るではないか!」


「だからと言って、何かあった時に、怪我人を見捨てて逃げるわけにはいかないわよ」


「使えぬ兵など、捨ておけ! 我らはオークを討伐せぬば、明日はないのだ!」


 ナターシャはドワルドが言いたいことも、分からなくはなかった。王国はこの討伐隊でオークの実力を計るため、全滅しろと言って送り出したのだ。


 捨て石にされた王国兵士1000人が生きて帰るには、任務を達成させなければならない。オークヒーローを倒し、オーク600匹を全滅させる任務を……。

 逃げることはできない。逃げれば任務放棄による、敵前逃亡の罪に問われるからである。


 そうなれば、良くて降格して一兵卒からやり直し。悪ければ、王国に損害を出した罪で財産没収の上、投獄……最悪、全責任を取らされて死刑である。


 自らの保身のため、部下の事など気にかける余裕が、ドワルドにはもはやなかった。

 背水の陣……冒険者と王国軍兵士からなるオーク討伐隊は、一蓮托生の関係となっていた。


「ドワルド指揮官、安心して頂戴。オークヒーローを倒す算段が、私にあるから!」


「ほ、本当かナータ⁈」


 ナターシャの言葉に期待するドワルド。


 元Aランク冒険者が倒せる算段があると言った……もし倒せれば自分はオークヒーローを討伐した隊の隊長として、英雄扱いをされるだろう……最悪失敗した時は全ての罪をコイツに被せれば、最悪死刑だけは免れる……ドワルドに光明が見えた。


「本当に、オークヒーローを倒せるのだな?」


「ええ、だから陣地の防衛に兵力を200名残しても問題はないわ。それにオークの討伐が成功した時、味方を見捨てたことが知られれば……」


「……分かった。良いだろう。陣地防衛に200名を残す。残りは予定通り、準備が整い次第、オーク村への進軍を開始する。ナータ、お前と冒険者たちには先頭で露払いをしてもらうぞ」


「分かっているわ。それじゃあ準備があるから行くわね」


「出立は1時間後だ。副官、各隊の隊長を全員集めろ。隊を再編成だ!」

 

 声を上げるドワルドをおいて、ナターシャは冒険者達がいる陣へと急ぎ戻ると、既に各パーティーのリーダーが集合していた。


「いかがでしたか?」


 ギルド職員である解体屋ライムが、ナターシャに会議の結果を問う。


「被害は甚大ね。140名以上が戦線離脱、怪我人をこの陣地に置いて行くから、200名をここに防衛として残すわ」


「すると……オーク村を攻略する人員は1000人以下になりますね。大丈夫なんでしょうか?」


 ライムは言い知れぬ不安を口にしていた。


「やるしかないわね。できればここで仕留めたいけど、もしもの場合……ライム、貴方が皆を指揮してアルムの町へ撤退して頂戴」


「ナターシャさん、それは……」


「はっきり言うわ……私にオークヒーローは打ち倒せない。昨夜の襲撃で感じた重圧プレッシャーがオークヒーローが発したものだとしたら……あれは化け物よ」


「そ、そんな……ナターシャさんで勝てないなら、もうこの討伐隊には……」


 ライムが暗い顔でナターシャに答るが、当のナターシャの顔は悲観してはいなかった。


「でも希望はあるのよ。ケイト、ヒロにメールして頂戴。現状のオーク村の状況確認と、ヒロとリーシアがどこに囚われているか、大体の場所を教えてってね」


「分かりました」


 ケイトは素早くヒロにメールを打ち始める。


「ケイト、シンシアの『水の調べ』には、別働隊として、ヒロの救出に向かってもらうわ。護衛として『殲滅の刃』を連れて行きなさい」


「分かりました。必ずヒロ達を助けて装備を届けます」


「チッ! 何だって俺らが……」

 

 ケイトが承諾するが、ポテト三兄弟長兄、マッシュポテトは不満を漏らしていた。

 困り顔のナターシャが、マッシュポテトをたしなめる。


「これは重要な仕事なの。ヒロの強さは貴方達も実感しているはずよ? 今は一人でも強い者が必要なの。そしてアルムの町の最終兵器ファイナルウェポン、リーシアの強さはアナタ達も知っているでしょう? あの子はヒロよりも強いわよ」


 1年前、南の森で起こった魔物のスタンピード……町の住人総出で難局を乗り越えた時、その中心にリーシアの姿があった。


 誰ともパーティーを組まないリーシアは単独で行動し、スタンピードの原因であるボスモンスターを、単独撃破したのである。


 相手との相性が良かったのもあるが、その働きは単独でありながら、Bランクパーティーを凌駕してしまい、アルムの町の最終兵器ファイナルウェポンとまで呼ばれるまでになっていた。

 

 ポテト三兄弟も一年前のスタンピードに参加していたが、まだ駆け出しでロクな戦果を上げられなかった。


 あの頃とは違い確実に実力は付けたが、未だにリーシアの足元をにも及ばないと、ヒロとの戦いを通じて痛感させられていた。


「たしかにあの娘がいれば、オークヒーローに勝てる可能性はあるな……チッ、仕方ねえ」


 マッシュポテトが承諾し救出パーティーは結成された。


「さあ、1時間後には出立するわ。私たち冒険者パーティーの役割は、王国軍の主力部隊を無傷でオークヒーローの前まで連れて行く事……私が先頭に立ち、露払いをするから、皆は討ち漏らしたオークの始末をお願いね」


 ナターシャが皆にウィンクして、勇気付ける。


「時間がないわ! 各自準備に入って頂戴!」


 ナターシャは手を『パンパン』と叩くと、リーダー達が踵を返し、それぞれのパーティーメンバーの元へ散って行く。


 ライムも持ち込んだ解体武具を装備するため、冒険者陣営のテントへと向かって行った。


 一人その場に残るナターシャは、背中に背負う大剣を手にすると構えを取る。


「ここが正念場ね……あまり好きじゃないのだけど……」


 ナターシャの目付きが、鋭さと凄みを増し、その口調が変わっていた。


「やるしかねえ! オークヒーローよ! 千鞭の力……見せてやるぜ!」


 戦いを前に、一匹の獣が咆哮を上げた!


 静かな森の朝、背水の陣でオークヒーローに挑む討伐隊は、にわかに活気付くのであった。



…………



「ラジオ体操第三!」


 ヒロの声が高らかにオーク村の広場から聞こえて来る。闇夜の攻防から一夜明けた爽やかな朝……ヒロはオーク達とラジオ体操をしていた。


 キッカケはヒロとリーシアが、たまたま朝ご飯後の腹ごなしに軽く体を動かしていた時だった。


 次々と目を覚まし広場に集まるオーク達は、不思議な踊りを踊る二人を見て、何をしているのかと疑問に思った様子……。

 

「戦う前の準備運動です」


 ヒロのその一言で、オーク達が次々と、ヒロとリーシアの動きを真似てラジオ体操を始めていた。


 気がつけば、族長のカイザーも加わり、広場は夏休みの小学校の様相を呈していた。


 ラジオ体操第一と第ニを終えたが、オーク達はまだ、体を動かし足りない様子……ヒロはそのまま幻のラジオ体操第三の動きを始めた。


 ラジオ体操第三……ヒロの国で、老若男女を問わず誰でもできることにポイントを置いた体力向上、健康増進の体操であり、その効果は絶大だ! 


 たった5分の準備運動で体のウォーミングアップを終わらせられるお手軽さも相まって、爆発的に普及した体操……それがラジオ体操である。


 一般的には第一と第ニのふたつが普及しており、第三まである事を知る人はあまりいない。


 そのわけは、ラジオ体操のコンセプトである、誰でもできるポイントを忘れてしまった激しい体操だからであった。


 スローテンポの第一と第ニに比べ、第三のテンポはかなり早く、動きもダイナミックになる。

 一般人でもかなりの運動量になるため、子供や年老いた者には危険な体操だった。


 それ故に、ラジオ体操第三は普及せず、一部体操好きな人たちの間で、受け継がれるに止まった。


 時代が早すぎた……体操好きな人々は嘆き、いつか時代が追いつくことを願われながら、ラジオ体操第三は世の中から消えていったのである……幻のラジオ体操第三、悲しい物語であった。


「さすがは歴戦の戦士です。初めて見た動きなのに、シッカリとついて来てますね」


「フッ、ヒロよ、もう少し激しくとも良いのだぞ? なあ、皆もそうであろう!」


「「おうよ!」」


 ヒロの言葉に、カイザーが物足りないとヒロを煽り、古参オーク達も賛同して来た。


「いいでしょう……ならば幻を超えた極地! 僕ですら完璧に出来ないラヂオ体操第四!」


 ヒロは体操マニアが受け継いできた、幻のラジオ体操第三をさらに発展させた最高難度、ラヂオ体操第四を披露する。

 

 体を後ろに逸らし、そのまま地面に胸つけシャチホコみたいな状態のヒロ……足を動かして右、左、右、左と体を動かす。


「さあ、ついて来られるものなら、ついて来い!」


 息を荒くしてオークを煽り返しヒロだが……オーク全員の視線が、哀れな者を見る生暖かい目でヒロを見下ろしていた。


 さっきまでの熱いノリが、一気に冷めてゆく……もう冷えひえの空気に、ヒロはやらかした事に気づいた。


「ヒロ……戦いを前にはして、バカな事しないでくださいね。先に戻ります」


 リーシアが呆れた顔でヒロに苦言を残し、スタスタと歩いて行ってしまった。


「ヒロよ……強く生きろ!」


「可哀想にな……」


「あれはないわ……」


 カイザーを始め、オーク達も広場を後に解散してゆく。


 一人広場にシャチホコ状態で取り残されるヒロ……穴が有ったら入りたいと思うのであった。

 

 その時、ヒロの視界に映るパーティーに、メールが届いた事を知らせる表示が光っていた! 早速メールをヒロが開く!

 

「ケイトさんからメールが来てますね。ふむふむ。どうやら討伐隊が動くみたいですね。ついにこの時が……エクソダス計画、最後の山場です! 必ずやり遂げて見せます!」


 戦いを前に、一人シャチホコ状態の男が咆哮を上げるのであった!


〈ラヂオ体操第四……ガイヤの世界には、まだ早過ぎた!〉

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