第94話 オーク村、曇りのち全裸……時々腹◯◯◯
ケイトに、オーク村で知り得た情報をメールしてから数時間……互いに背を向けたヒロとリーシアは、口を閉ざしたまま、ただ時間だけが無意味に過ぎ去っていく。
リーシアは、ヒロから言われた言葉が頭から離れず、ずっと悩み続けていた。
リーシアも、今まで魔物としてオークをクエストで狩ったことはある。生きるためにオークを討伐し、その美味なる肉を食したことも……。
冒険者として命のやりとりをする以上、殺す覚悟と殺される覚悟はできている。
今さらオークが、心を持っているから殺してはなりません……などと言うつもりはなかった。
だが、もしこれ以上オークの数が増え、南の森の豊富な恵みが不足しだしたら……食糧を巡って人とオークの争いが間違いなく起こる。
オークの繁殖力と成長スピードを考えれば、討伐を急がなければならず、時間が経てば立つほどオークの脅威度は上がる。このままでは同じ森の恵み享受するアルムの町は確実にオークたちに飲み込まれる。
ヒロの言う通り……人とオーク、どちら優先するかは自明の理であった。
だが言葉を交わせない小さなオーク……シーザーのリンボーをひたむきに練習する姿と潜れた時の笑顔……その姿がリゲルと重なった時、リーシアの心にオークを助けたいと思う気持ちが芽生えてしまっていた。
「……」
「……」
無言の二人……ふと、リーシアは洞窟の入り口を横目で見ると、入り口に差す掛かる太陽の光が、徐々に赤くなり出し、時刻が夕刻に差し掛かった事を教えてくれた。
ずっと考え事をしていたリーシアは、いつまでもこのままでいるわけにはいかないと、数時間ぶりに口を開いた。
「ヒロ……聞いてください」
「……」
無言のヒロ……いつもなら間髪入れず、返事を返してくれる彼からの返事はない。きっと口も利いてくれないほど怒っているのだと、リーシアは思い、立て掛けた膝に顔を埋もれさせてしまう。だが背中に小刻みに動くヒロの気配を感じた少女は、背を向けたまま再び彼に語り掛ける。
「ヒロ……怒っていますよね。私が変なこと言ったから」
「……」
「話したくないなら、話を聞いてくれるだけでもいいです」
返事を返さないヒロに、リーシアはさらに表情を曇らせる。
「ヒロ、あなたのことだから、もう話すまでないと思っているかもしれませんが……」
「……」
ヒロは何も話さない。
「母様の復讐だ! なんて騒ぐ女が人を助けるならともかく、オーク達を助けたいなんて……我ながらバカなことを言っているのは自覚してます」
「……」
「たった数日、数時間しか接していないオーク達を見て、人もオークも全てを救いたいなんて、傲慢で自分勝手なワガママを言っているのも……」
「……」
「私は卑怯です……ヒロは私やアルムの町を優先して決断している時に、浅はかな考えでヒロに意見して困らせて……私がヒロならばと、勝手に期待して両方を救う手立てを聞いておきながら、自分の手が汚れると知ったら尻込みして泣き出す始末です……ヒロが怒って当然ですね」
「……」
「ヒロはお尋ね者になる覚悟が有れば、両者を助けられる可能性はあると言ってくれました。それがとても困難な道であるとも……」
「……」
リーシアは、膝を抱えていた手に力を込めていた。
「ヒロ、私はどうすれば……どうすればよいのですか……救うことも、見捨てることもできない私は……」
「……さあココを登り切ればエンディングです!」
「え? エンディング? 一体何を言って……ヒィッ!」
無言だったヒロの、突然の発した意味不明な言葉に、リーシアが振り向き彼を見た瞬間、彼女は思わず悲鳴を上げていた。
「ああ……やった、やりましたよ! 最速タイムです。スリランカー二週目の自己ベスト更新です!」
リーシアがヒロの姿を見て言葉を失ってしまった。そのわけは……。
「な、な、⁈な 何で裸なんですか! あとその踊り止めてください! 動きが気持ち悪いですから!」
なぜか全裸で、意味不明な踊りを踊るヒロの姿がそこにあった。全裸のヒロは、ようやく後ろで騒ぐリーシアの存在に気づき振り向く。
「リーシア、聞いてください! スリランカーの二週目の自己ベスト更新です。数年ぶりに更新出来ました。いや〜、洞窟にいるからと何も考えずにプレイを始めたら、つい本気でやり込んでしまいましたよ」
「
何かをプラプラさせながら、リーシアへ振り向くヒロ……だが脳内ゲームの自己ベスト更新による興奮が、裸でいることを忘れさせ、心の中で吹き荒れる感動を伝えようと、リーシアへアソコを隠す素振りも見せず、フルオープンで近づいて来た!
「リーシア、見てください!」
「何をですか! 近づかないで!」
脳内ゲームのクリアー画面を見ながら、リーシアにも画面を見せようと近づくヒロ……当然、脳内画面など、他人に見せられるわけがなかった。
声を上げてヒロから後退るリーシア……手で両眼を覆い、ヒロの姿を見ないように努めるが……指の間からバッチリ何かが見えていた。
「自己ベストを更新したんです。僕はやりましたよ!」
喜びを口にするヒロはあろうことか……リーシアに裸のままバグしようと両手を広げてドンドン近づいていく。
あまりの喜びにヒロは自分を制御できなくなり、正常な判断が下せなくなっていた。
狭い洞窟の中、
迫るヒロの何か……パニクるリーシア!
そして遂にリーシアの精神状態は極限を迎え……ある本能のスイッチが『カチッ』とオンになってしまう。
「リーシア! やりましたよ!」
「やりましたねヒロ……じゃあ今度は私が
手を伸ばせば触れられ程の距離にいた二人……リーシアがついにキレた!
「
震脚からの爆発的な力を推進力に変えて、至近距離からリーシアの右膝蹴りが、下から突き上げる軌道でヒロの鳩尾にめり込む!
そしてめり込んだ膝を密着したまま、時計と逆回転に90度回転させると、ヒロは斜め後ろへ反動で飛ばされる。
空中に浮かされたヒロの鳩尾に、リーシアは膝蹴りのために畳んでいた足を伸ばす! 爪先が、飛び蹴りを浴びせた鳩尾に寸分
急所への連撃……間髪入れず同じ箇所への急所攻撃に、ヒロは地獄の痛みを味わうことになる。
「ゴハァッ!」
全裸で地面を転げ回るヒロ……あまりの痛みに苦悶の表情を浮かべ、涙していた。
「 教訓その一! ダボッが何を言っても聞きやしねえ! 話すだけ無駄だ! そんな奴はワンパン入れて黙らせろ!……母様の教訓はためになりますね♪ とりあえずヒロ、落ち着いたら服を着てくださいね? いいですか? 分からなければ教訓その二ですからね!」
痛みにのたうち回るヒロ……苦しみながらもリーシアの言葉を聞くとコクコクと首を縦に振る。そして痛みを堪えながらも、ヒロは服を身にまといだした。
「イツツ、リーシアお願いですから「ヒロが悪いんです!」……すみませんでした」
ヒロが文句を言い終える前にリーシアの声が上がると、もはや伝統芸の領域に足を踏み入れつつあるヒロの土下座が、すでに炸裂していた。
ジト目のリーシア……虹彩をなくしたエメラルドグリーンの瞳が、
「言いたいことはありますか?」
手をポキポキしながら、
「スリランカーの自己ベストを更新できた喜びで、我を忘れてしまいました……申し訳ありません」
スリランカー……それはウラコンで発売された世界一最弱な主人公が洞窟内を冒険する、シビアな操作性がコアなファンを作り出した横スクロールアクションゲームだった!
このゲームの主人公、とにかく貧弱坊やとして有名で、とにかくよく死ぬ。
ロープからずり落ちて死亡、ジャンプし損ねて死亡、ゴンドラ・リフトの乗降で隙間によく落ちて死亡。コウモリのフンに触って死亡。ジャンプで天井に頭をぶつけて死亡。階段を踏み外して死亡。階段を1段飛ばしてジャンプして死亡。下り坂でジャンプして死亡。蒸気に触れて死亡。
死ぬのが目的なのかと思うくらい死にまくるのだ! シビア過ぎる操作性は、コアなファンすら地獄へ叩き込み、一瞬の操作ミスが死へとプレイヤーを誘う。
パワーアップアイテムを取ればスピードアップして普通は攻略が楽になるものだが、コレが罠であり攻略難易度を跳ね上げる……パワーアップアイテムを取ると、移動スピードとジャンプ飛距離が上昇してしまい、操作難易度がさらに上がって死にまくるのだ! 最速クリアーを目指すためには、このパワーアップ状態をいかに制御するかが鍵を握っている。
正にデスゲームの名を冠にしていいくらい、死ぬことに定評がある死にゲー……それがスリランカーである!
「スリランカー? またヒロのゲームとか言うアレですか?」
「はい……ゲーム難易度が高く、コンマ何ミリの操作性を求められるムズゲーです!」
「それが裸になる事と何の関係が? 返答次第では腹キックです」
腹パンチよりパワーアップしたリーシアの腹○○○シリーズ……ヒロの顔が青ざめていた。
「ええと……服を着ていると、服と肌が触れる感触が集中力を切らしてしまう可能性がありますので……シビアな操作を余儀なくされるゲームをやる時は、いつも裸で集中プレイしています。かなりいいタイムが出そうだったので、リーシアが居るのを忘れて、いつの間にか脱いでいました」
「バカなんですか? どこの世界に集中するために、女性がいる空間で裸になる人間が……まあ、目の前にいますね。はあ〜」
リーシアがため息を吐きながら、土下座状態のヒロを見下ろしていると……牢屋の入り口付近で話し声が聞こえてきた。
「シーザー君が、狩りから戻ってきたんですかね?」
「ですね。仕方ありません。今回はコレで許しましょう。ですが集中するために、裸になるのは禁止です! いいですね?」
「え、ここぞと言う時に裸になるのは?」
「
「はい……」
渋々、約束を交わすヒロ……気分を取り直しシーザーが中に入って来るのを待つが、中に入って来たのはムラク一人だけだった。
手にオレンの実を持ったムラク……その表情は固い。
「あれ? こんにちは、ムラクさん。シーザー君はどうしました? 確か狩りに行くって言ってましたが?」
ただならぬ雰囲気に何かを感じたヒロは、喋り難そうにするムラクに話し掛ける。
「ヒロ、坊ちゃんのことなんだが……狩りの途中で深林オオカミに襲われてな」
「え?」
「急なことだったらしい。深林オオカミは徒党を組んでの連携を得意とする奴らで、陽動に引っ掛かり隙を突かれ坊ちゃんが後ろから襲われたと……」
「シーザー君が⁈」
「首を噛まれたのだが、運悪く太い血の
〈オークの村で、小さな命が消え去ろうとしていた〉
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