第9章 勇者と親子の絆編
第91話 オーク、異文化交流
南の森を強く温かな光が包み込み、世界を赤く染め上げる時刻、オーク村から遠く離れた森と草原の境目で、二匹のオークが夕日を見ていた。
「父上! あれが夕日ですか?」
「そうだ、暖かな赤い光……あれこそが夕日だ」
「すごい! 父上、世界が真っ赤です!」
カイザーが無骨な手で息子の頭をなでながら、沈みゆく夕日を見ていた。生まれて初めてみる真っ赤な夕日にシーザーは興奮を抑えられず、声を上げてはしゃいでいる。
シーザーの住むオーク村では、森の木々が邪魔をして大地に沈み行く夕日を見ることができない。父が話してくれた美しい夕日を見るためには、村から離れ草原と森の境目にまで来なければ、沈みゆく太陽を見る事が叶わなかった。
シーザーが、夕日を見たいと駄々を捏ねると、父であるカイザーは息子を背負い、無言で草原と森の境目まで連れて来てくれた。
遠くを見つめる父を、シーザーは眩しく見上げて話し掛ける。
「父上! あの夕日の先には何があるのです?」
「ここよりも豊かで、争いのない世界があると言われている」
「豊かで争いのない? じゃあそこに辿り着ければ、僕たちオーク族も狙われずに安心して過ごせますか?」
「分からぬ。ここより先に旅立った者は何人か居たが……誰も戻っては来なかった」
「ここよりも、怖い場所なんでしょうか?」
「かも知れぬな……我よりも強い者が居たとしても不思議ではあるまい」
「父上よりもですか! そんなのいるわけがありません!」
「シーザーよ、お前は俺が強いと思うか?」
「当然です。父上は我らがオーク族最強と皆が言っています」
「最強か……俺はお前が思っているほど、強くはないのだ……むしろ弱いのだよ」
「父上が⁈」
「そうだ、我は弱い。シーザー……お前はまだ強さとは何かを知らぬ」
「強さとは何か? 強さとは相手を倒す力ではないのですか?」
「本当の強さとは、力のあるなしではない」
「強さが力でないなら? それはなんですか?」
「弱さを知る事だ……シーザー、お前は俺が強いと言うが、俺は自分を強いと思った事は一度もないのだ……むしろ我は誰よりも弱いのだよ……」
「そんな事ありません! 父上は我がオーク族最強の戦士です!」
「最強か……シーザーお前もいつか分かる日が来るだろう。本当の強さとは何なのかを」
「本当の強さ?」
「そうだ……覚えておけ、本当の強さとは自分の弱さと向き合い、ありのまま受け入れる者の事だと」
「弱さと向き合う? 父上もですか?」
「うむ。我も弱き自分と向き合い、それを受け入れた時、強さの意味を知った」
「父上、僕にも強さとは何かを知る事ができるでしょうか?」
「お前ならきっと分かるだろう……シーザーよ、弱さを知り、それを受け入れよ。そして他者の弱さを知るのだ」
「他者の弱さ?」
「そうだ。自分以外の存在の弱さを知った時、お前は我よりもきっと強くなる」
「自分以外の存在……」
「うむ。我にとってはお前の母、アリアがその存在だった。アイツが居なければ、我はとっくの昔に喰われていただろう」
するとカイザーはシーザーを見ながら目を細め、その口元を綻ばせた。
「父上?」
「いや……ふと昔を思い出してな……こうやって我も、父に強さの意味を問われた事をな」
それは遠き日の思い出……子供の頃、父に言われた言葉を自分の息子に伝えた時、カイザーは笑いながら語っていた父の顔を思い出した。
あの時は父が笑って語っていた意味が、今ならば分かった様な気がした。きっと父も今の自分と同じだったのだろうと……カイザーはなぜが嬉しくなり笑っていた。
「父上? 何がおかしいのですか?」
「ふふ、お前もいつか自分の弱さを受け止めてくれる雌と子を成せばわかるさ……本当の強さと、この笑いの意味がな……さあ、帰ろう! アリアが飯を作って待っている!」
カイザーは息子を抱きかかえ肩車すると、愛用のハルバードを手に、森の中にある我が家へと帰路に着く。
「父上! うわ! 凄い高いや!」
普段よりも高い視線にはしゃぐシーザー、夕日を背に歩く親子の姿は、魔物と言えど、誰から見ても人と変わらぬ親子の情景がそこにはあった。
「ところで父上! 聞きたい事があります!」
「なんだ?」
「父上は自分が弱いと言っていましたが、母上と喧嘩するといつも父上が土下座していますよね? つまり母上は父上より強いのですか?」
「うむ! そうだ! 我などアリアの足元にも及ばぬ……寝技において我はアリアに勝つなど不可能! お前の母こそが最強なのだ!」
「母上こそ最強! だから父上は母上の攻撃に耐えるしかないのですね!」
「シーザー……どう言う意味だ?」
「夜、フト目を覚まし、父上達の寝床に足を運んだ事があるのですが……その時、いつも優しい母上の声が荒々しく「この豚が!」と声を上げてムチを振るい、父上はムチで幾度も叩かれてました……」
「何だと⁈ まさかあれをみたのか!」
「声を殺して耐えている父上を見て、あれは何をしているのかと思っていましたが……母上こそが最強故に、反撃も無駄と防御に徹していたのですね!」
「う、うむ……そうだ。お前の母は我よりも強い……我はアリアの攻撃に耐えるしかないのだ……決して気持ちいいわけではないぞ!」
「ち、父上?」
「お前にもいつか分かる時が来る……焦る必要はない。ゆっくりと目醒めていけば良いのだ!」
「ち、父上! 目醒めるとはなんですか?」
「さ、さあ帰ろう! 皆がまっているぞ!」
「父上! 目醒めるとは一体? なんに目醒めるのですか! 父上ぇぇぇっ「いい加減に目覚めてください!」」
突然目の前にいた父が消え、シーザーが目を開けると目の前に人間の雌の顔が、そこにあった。
目をパチクリさせて見つめる顔は、リーシアと呼ばれる少女のものだった。
「坊ちゃん、やっと目を覚ましましたか……」
「ムラク……あれ? 俺どうしたんだっけ?」
「リーシアのお尻を触って引っ叩かれた後、気絶していましたね」
「まったく、雌の尻なぞ触るからそうなるのです。反省してください」
シーザーに、呆れながら門番のムラクが反省を促す。
「ヒロ、目を覚ましたのなら、起きなさいと伝えてください。あと次にエッチな事したら子供と言えど容赦しません。ヒールすると言っておいてください」
「待ってください。リーシアにヒールされたらシーザー君が死んでしまいますよ? さっきどんな理由があっても子供を怒るのは感心しませんって言ってませんでした?」
「ヒロ? 女性にヤラシイ事をする者が子供だと? 女性の敵を生かしておいても、ロクな事はありません。そんな
リーシアがしれっと笑顔で恐ろしい事を口走る……殺気を放ち、凄惨な笑みを浮かべるリーシアを見たシーザーは……リーシアの膝枕から飛び上がり、ガクブル状態で立ち尽くす!
「ム、ムラク、このリーシアと言う雌……なんか怖いんだけど!」
「強いとは思っていたがこれ程の殺気を放てるとは、武人として、戦ってみたいものだが……勝てないかな」
「まあまあリーシア、お尻に触ったくらい……子供のやった事ですから、許してあげてください」
「ヒロ……子供のやった事でなければ瞬殺していましたよ。子供と言えど、ダメな事はダメと叱ってあげないと、ロクでもない子に育ってしまいます」
両手を胸の前で重ねて、ポキポキ骨を鳴らすリーシア……言葉は分からなくても、シーザーは自分に警告を発している事を悟ると、その身を地に伏せ、土下座していた!
「
「反省しているのですかね?」
「二度とやりませんと謝っています。反省しているみたいですし、許してあげては?」
「仕方ありませんね。つい本気で引っ叩いてしまいましたし、さっきの事は許しましょう。ヒロ伝えてください。次はないと!」
「……わかりました」
ヒロは顔を伏せガクブルしているシーザーの肩を叩き、お許しが出た事を伝えると、シーザーは立ち上がりムラクの後ろに隠れてしまう。
「とりあえず、シーザー君が無事で何よりです」
「調子に乗り過ぎました……ごめんなさい」
反省したシーザーが、ムラクを盾にヒロとリーシアに謝りを入れる。
「立ち話もなんですし、座りながら話をしましょうか?」
「そうですな。色々聞いてみたいこともありますし」
ヒロがそう切り出すと、ムラクが地べたへ胡座をかき、ヒロとリーシアも一緒に座る。
シーザーはまだリーシアが怖いのか、ムラクの背に隠れて座っていた。
ふと、ヒロはこれから何かを話すにしても、互いに異種族と言うこともあり、皆が少なからず緊張している事を感じとっていた。
まずは共通の話題と緊張をほぐすため、ヒロがアイテム袋のメニューを操作して、予め街で購入していたある物を取り出した。
「とりあえず、お近付きの印にどうぞ。リンド焼きと言う食べ物です。甘くて美味しいですよ」
ヒロの両手には、出来立て熱々のリンド焼きが握られていた。アルムの町の屋台で購入しておいた、ハチミツがたっぷり掛かった甘いリンゴに似た果実が入ったクレープであった。
「え? い、今どこからそれを出したの?」
「そんな物、ヒロ殿は手に持ってなかったですよね?」
「内緒です」
突然、ヒロの手の中に現れた物に二匹は驚きの顔をあげていた。手に持ったクレープから、ほのかに甘く香ばしい臭いが漂い、二匹の鼻がヒクヒクと動く。
「さあ、どうぞ」
ヒロは手に持ったクレープを、シーザーとムラクの二人に手渡しで渡していた。
初めて見る食べ物を手に持ち、興味津々のシーザーとムラク。
「リンド焼き? これ食べられるのか? 美味そうな匂いがするけど……」
「食べられますよ。オレンの果物を差し入れてくれたお礼です」
「初めて見る食べ物ですが、食べて大丈夫でしょうか? まさか毒でも? 坊ちゃん食べてはいけません!」
「え〜、美味しそうだけどな……食べちゃダメなの?」
渡されたリンド焼きを警戒するムラクは、シーザーに毒の混入を示唆して食べるのを止めていた。
「ヒロ、ヒロ」
リーシアがそっとヒロの袖をクイッと引っ張り、何か物言いたげな表情でヒロを見る。
「はい。分かっています。リーシアの分です」
再びアイテム袋の画面を操作して、リンド焼きを二つ取り出すとリーシアに一つを手渡す。
少し不満そうな顔をしながら、リンド焼きを受け取るリーシアだが、すぐに笑顔になると……。
「ヒロありがとう。ん〜♪ 美味しいです」
受け取ったリンド焼きを美味しそうに頬張るリーシア。幸せそうな顔をする彼女を見て、シーザーは我慢出来なくなり……ムラクの警告を無視してパクッと一口食べてしまった!
「あ! 坊ちゃんダメです! 吐き出して!」
ムラクが警告を無視したシーザーに、吐き出させようと声を上げていた。
無言でじっくりとリンド焼きを味わうシーザーが、ゴクリと喉を鳴らして咀嚼していたものを飲み込むと……。
「あま〜い♪ ヒロ! コレ何! 初めて食べたけと美味しい!」
一口食べて、シーザーはその甘さと美味さに虜になってしまった。
すぐに二口目、三口目に取り掛かり、あっという間にリンド焼きを平らげる。
その姿を見たムラクは少なくとも毒は入っていないだろうと思いリンド焼きを見ていると?
「ムラク……それいらないなら、俺に頂戴!」
シーザーが、ムラクの持つリンド焼きをターゲットし、それを貰おうと手を伸ばす。
「坊ちゃん、食べないとは言っていません。コレは私の分ですので!」
シーザーの伸ばし手が空を切り、ムラクは手にもったリンド焼きを口に運ぶ。
「ほっ! この甘さ……確かに美味しいですね!」
ムラクもまたリンド焼きの美味しいに虜となってしまった。じっくり味わいながら食べるムラクに、シーザーが物欲しそうな視線を向けている。
ヒロはその姿に苦笑すると、手に持った自分のリンド焼きをシーザーの前に差し出す。
「よかったらどうぞ」
「え? いいの! これヒロの分だろ?」
「甘い物はそこまで好きではありませんので、シーザー君に食べてもらえると助かります。僕は差し入れてくれたオレンの実を頂きますので」
「分かった! じゃあ代わりに俺が食べてあげる!」
ひったくるような勢いで、ヒロの手からリンド焼きを受け取るシーザー。今度はは一口ずつじっくりと味わいながら食べ始める。
ヒロは、三人がリンド焼きを食べ終わるのを待ちながら、差し入れてくれたオレンの実を食べて待つ事にした。
「美味しかった! こんな食べ物、食べたことないよ! ヒロありがとう!」
「確かに、私も初めて食べました。人族はいつもこんな物を食べているのですか?」
「たまに食べますね。いつもだと飽きてしまいますし、甘いのが苦手な人もいますから」
「俺なら毎日でも食べたい!」
「坊ちゃん、美味しい物を毎日だと飽きますよ。こう言う物は、たまに食べるから美味しいのです」
「え〜、絶対に飽きる訳ないよ。こんなに美味しいのに!」
「坊ちゃん、毎日ドングーリの実を食べ続けてみてください。その内、飽きて見るのも嫌になりますよ」
「あれを毎日食べるのは嫌だな、美味しくないし」
「でしょう? 何年も前、ここに村ができるまではドングーリの存在を皆知らなくて、食べ始めた頃はこんなに美味しい物はないって、みんなで毎日食べていたと聞きました。今では皆、ドングーリは飢えを凌ぐための非常食扱いで、見向きもされていません」
「ドングーリを美味しいって、昔はどれだけ食べ物がなかったんだろう……む〜、毎日だと飽きるか……ムラク教えてくれてありがとう」
「どう致しまして」
「なんとなく分かったよ。リンボーの練習も毎日だと飽きてくるのと一緒だって」
「坊ちゃん……まだリンボーの試練を受けてないのですか?」
「うむ……族長の息子として、父上と同じ高さで試練を通らなければ皆に示しがつかん」
「族長と同じ高さって……50cmですか? 無理でしょ!」
ヒロはシーザーとムラクが話し始めたリンボーの言葉に、興味を持ち質問してみる。
「あの〜、お話のところ申し訳ありません。リンボーて、なんですか?」
「ん? リンボーを知らないのか?」
「坊ちゃん、オーク族以外で我々と話が出来たのはヒロ殿が初めてでしょうから、リンボーを知らなくて当然かと」
「それもそうか……ヒロにはリンド焼きを貰ったし、教えてあげるよ」
「シーザー君、ありがとうございます」
「へへ、リンボーは、オーク族の子供が、狩りに出る事を神に許して頂く儀式のことだよ」
オーク族の試練を、シーザーは語り始めた。
〈オーク族最強にして、M属性の父を持つシーザーの口から、リンボーの全容が語られる!〉
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