第4章 勇者、調査クエスト編

第49話 南の森を調査せよ!

 弱肉強食の南の森では、森の奥深くに存在する魔力が満ち溢れる場所、魔力スポットから常に魔物が出現していた。


 なぜ魔力が土地に留まると魔物が産まれるのか、解明した者はおらず、各国で研究はなされているが、いまだ原因は特定されていない。


 ある日突然、何の前触れもなく大地に魔力溜まりが発生し、突如として魔物が生まれる。魔物が発生する規模は、魔力スポットに満ちる魔力に左右され、魔力が貯まれば貯まるほど、強大な魔物が数多く発生すると言われている。


 発生した魔力スポットは自然消滅する事はなく、出現した魔物を倒し続け、魔力スポットの魔力がなくなるまで消滅はしない。


 なぜ魔力スポットが生まれるのかは誰も分からない。だが、コントロールはできる……魔力スポットがもたらす恩恵を享受することで、人は勢力圏のさらなる拡大に成功はした。だがそれが、人の傲慢が生み出したエゴだと気付く者は誰もいなかった。

  

 アルムの町の南に広がる広大な森の中には、数多くの魔力スポットが存在していた。その魔力スポットが生み出す大量の魔物がアルムの町の躍進に貢献しているのは、誰の目から見ても明らかだった。


 森の外周から浅い場所までは強い魔物は生息しておらず、せいぜいGランクのウサミンや、Fランクのシカーンが出てくるくらいである。南の森は中心に向かうほど、魔物の強さとその数が多くなり、森の中心付近にはCランクのオーガベアーを始め、Bランクの魔物の姿も確認されている。


 アルム冒険者ギルドには、現在Bランクパーティーが数組とCランクパーティーが十数組在籍しており、このトップランカー達が森の中心に湧いた魔物を狩る事で、定期的に魔力溜まり減らしているのだった。


 魔物の出現率をコントロールする事で。アムルの町は発展してきたのだが、当然イレギュラーな事態が起きることもある。


 魔力の暴走……すなち魔物のスタンピードを指す。


 本来ならば、魔力スポットに沸く魔物を定期的に狩り続ければ問題はないのだが、ごく稀に魔力スポットが暴走し普通では考えられない魔力が短期間で溜まることがある。


 結果、魔物が際限なく生まれ、溢れ出した魔物が一斉に人へ襲い掛かる現象……それを人々はスタンピードと呼んだ。


 魔物のスタンピードが発生すれば、小さな町など簡単に滅んでしまう。それ故に普段とは違う魔物や状況を確認したならば、ギルドはすぐに調査に乗り出す。


 それは暴走の兆候が見受けられれば、全力で魔力スポットに湧く魔物を駆除しなくてはならないからだった。

 

 そのため、冒険者ギルドに身を置く者は、魔力スポットのクエストが発動されれば、強制参加が義務付けられており、特別な場合を除いて不参加は認められない。報酬もギルドが一括して管理し参加者に分配される。


 冒険者にとっては絶好の稼ぎ時だが、報酬が少すぎると不満を漏らす者が後を絶たない。


 アルムの町も、暴走前の魔力スポットの討伐クエストは、年に何回か起こるが、今までに魔物のスタンピードが発生した記録は、数回しか確認されていない。


 一年前に起こった魔物のスタンピードは、辛くも町を魔物から守る事ができた。Bランクの魔物までも出現し多数の死傷者が出てしまった。


 このように、魔力スポットは人に多大な恩恵を与えると同時に、悲劇を持たらす存在でもあるが、危険だと分かっていても人はそれを手放せないのであった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 

 そこはアムルの南に広がる深い森の中、中心部に近い場所だった。

 小さな、とても小さな生命……弱肉強食を常とする森の中で、吹けばすぐに消えるような小さな生命たちが足掻いていた。


 それは喰う側と喰われる側の一方的な戦い……どう足掻いても敵わない恐るべき捕食者に、なす術もなく仲間が喰われていく。


 周りを見れば自分より大きく同じ姿をした者たちが、次々と殺されていた。辺り血の海で満たされ、むせ返るような血の匂いに小さな命たちは恐怖していた。


 それは死の恐怖……逃れられない恐怖に、小さな生命の心は絶望の海に沈み、ただ死を待つしかなかった。


 弱き者は強い者に喰われる……それは至極当然の自然の摂理であり絶対の掟だった。


 自分たちは喰われる存在、ただ喰われるために生まれてきた。だから喰われる時まで、ただ静かに死を待つ。死の先に幸福があるのだと……そう体の大きな者たちに教えられ育った。


 だが、いざ死ぬとなった時、それは死に恐怖してしまった。大きな者たちが言う死の先の幸福が何なのかが分からず、小さな子供は無様に泣き出していた。


 喰われる者にとって、死を受け入れられないのは不名誉な行いとされていた。それは誰に言われる訳でもなく、魔力スポットから生まれた時から、本能に刷り込まれている。


 だが、魔力スポットから生まれていない子供たちは、その教えを疑問に思っていた。

 なぜ食べられるためだけに生かされているのか? 生きる事を望んではいけないのかと……。


 いざ死ぬと思った瞬間、それは死に恐怖し泣き出してしまった。その恐怖は他の小さき生命にも伝わり、次々と泣き出す者が現れる。


 死を受け入れられない子供の泣き叫ぶ声を聞いた大きな者たちが、一人二人と次々に子供たちの前に立ち、壁を作り出す……そしてついに捕食者と喰われる者との戦いが始まってしまった。


 だが所詮、喰われるだけの存在が勝てるわけもなく、一方的にただ殺されていく……しかし彼らの思惑は、自分たちを囮にして一人でも多くの子供を逃すことだった。


 誰に言われるでもなく、大人たちは子供を逃すため、死を恐れずに時間を稼ぐ。


 それは本能に従う死ではなく、子を思う意思が自己犠牲の死を選んだ瞬間だった。


 子供たちは、出来るだけ遠くへと逃げ出していた。大人たちが稼いだ時間を無駄にしないよう走り続けた。


 皆が泣いていた……生き残れた事に対する安堵の涙、無残に殺された親の死に悲しむ涙。力のない自分に対する悔しみの涙。千差万別の涙を流す子供たち……やがて彼らは森の中域辺りの開けた場所へと辿り着いた。


 捕食者の姿はない。どうにか逃げ果せた子供達……だが彼らは途方に暮れる。生き残れたからどうなるのかと? これからどうするのかと?


 未来に展望を見いだせない子供達は、絶望に打ちひしがれる。

 だがしばらくすると、一人の子供がおもむろに立ち上がる……それは最初に泣き始めた子供だった。


 絶望の海に溺れる子供たちを見て、彼は思ったのだ。このままでは待っているのは死だと、抗わなければ遠からず親と同じ道を辿る事になるだろうと……。

 

 喰われる存在だから死を恐れてはならない? 弱き者は強き者に従わなければならない? なら自分たちが強き存在になれば良い! 強き者になって喰われる側から喰らう側になれば良い!


 そう仲間に言い放つと、一人二人と仲間が立ち上がる。

 その言葉に希望を見いだした者たちが次々と立ち上がり、ついに全員が立ち上がった時、その瞳には絶望や悲しみではなく、希望が満ち溢れていた。

 絶望から立ち上がる者達の、苦難の道が始まりを告げたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 



「ヒロ、おめでとう。これであなたの冒険者ランクはFランクへ昇格よ。そしてペナルティとして、森の中域手前までの調査クエストを命じるわね」



 冒険者ギルド内にあるギルドマスターの部屋でナターシャに呼び出されたヒロとリーシアは、強制クエストを受ける事になってしまった。



「ナターシャさん、ありがとうございます。ですがペナルティと言うのは?」



 ヒロは覚えのないペナルティに、疑問を持ち質問すると……。



「斧使いゼノンとポテト三兄弟の件よ。あなた達二人は、物事を強引に進めすぎよ。もう少し穏便にする方法を学んで頂戴。世の中を力技だけで生きていけるほど簡単じゃないって事よ。今回のペナルティはあなた達の戒めを兼ねた強制クエストだから拒否権はないわよ」



「ヒロ? 私がいない所で何したんですか? まさかまた変態的行為を……」



 リーシアがヒロをジト目で見つめると、慌てて否定した。



「誤解です。何も変態的行為はしていませんよ。ギルドで横入りを注意したら絡まれただけです。やましい事はしていません。信じてください!」


「本当ですか? 私の目を見て同じ事を言えますか?」


「本当です! 変態的行為はしていません!」



 ジ〜と真剣にリーシアの顔を見つめるヒロ……するとなぜかリーシアが顔を赤らめて顔を逸らした。



「コ、コホン。分かりました。今回は信じます」



 リーシアのお許しが出て誤解を招く追及を免れたヒロを見て、『仲が良いわね〜』と思うナターシャ。


 だが同時に、パーティー結成した時よりも親密になった二人を見て、ナターシャは危ういと感じ始めていた。


 リーシアは勿論だが、ヒロの実力も新人の域を脱しており、このままトントン拍子にランクを上げて行ってしまうだろう。


 だからこそ今の内に、ナターシャはヒロにある事を教えておかなければならなかった。


 実力がある新人冒険者が死に直面した時に感じる恐怖……これを体感したかどうかで、強敵と相対した時に生き残る確率が飛躍的に向上する。


 冒険者家業に絶対はなく、常に危険は付きまとう。自分の実力に合った魔物がいつも目の前に現れるとは限らない。


 偶然が重なり、自分では到底叶わない魔物に遭遇する事だってあるのだ。


 そんな時、初めて経験する絶対的な死の恐怖の中、動ける者は皆無である。


 普通は、ベテラン冒険者と新人冒険者がパーティーを組み、ベテランがフォローしながら、新人がその恐怖を乗り越えて一端の冒険者になっていく。


 だが、ヒロとリーシアにはそれができない。リーシアの強さは申し分ないが、パーティーをほとんど組んだ事がない彼女にヒロのフォローは難しい。


 ならばと考えた末、ヒロ達の実力ではギリギリな森の中域までの調査クエストを、ペナルティとしてやらせる事にした。


 森の浅い場所より格段に強く……そしてからめ手で、一癖も二癖もある手強い魔物が生息する森の中域。


 このクエストを通じて、単純な力だけでは勝てない魔物がいる事を学び、あわよくば死の恐怖を学んでくれればと思い、今回の強制クエストをナターシャ用意した。


 今、言葉で伝えれば簡単だが危惧する場面に直面した時、決して役には立たない……これは戦いの中で、自分自身で気がつき乗り越えなければならないからだった。


 この調査クエストを通して、ヒロ達が気付いてくれるかは賭けだが、やらせないわけにはいかない……それは生命のやり取りの中でしか学べないからだ。


 特に一足飛びに強くなり、冒険者ランクを上げているヒロが気付くのは難しい。気づいた時にはもう遅すぎて、下手したら生命を落としている可能性も否定できない。


 ナターシャは、まだ低ランクの今の内に気付かせるため、ギリギリ達成できるであろうランクの調査クエストを、ペナルティとして二人に受けさせる事にしたのだった。


 だがこの調査クエストを通じて、二人ならば必ずそれに気付いてくれるとナターシャは確信している。



「分かりました。森の中域までの調査クエストをお受けします」


「仕方がないです。クエストを受けます」


「二人供、頑張ってね♪」



 ヒロとリーシアは承諾すると、早速クエストを受注するため、ギルドマスターの部屋を後にするのだった。


 この時、ナターシャは夢にも思わなかった。このあと南の森で起こる出来事が、アルムの町を飲み込み国を巻き込んだ騒動に発展するなど、予想すらできないのであった。そしてのちの世に、廃人勇者ゲーマーとして語られる勇者が誕生するとは……誰一人として予想できた者はいないのであった。


 南の森に嵐が吹き荒れようとしていた。




〈異世界ガイヤで、新たなる勇者伝説の幕が上がった!〉

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