第47話 勇者のお料理教室!

 シスター……神に仕える誓いを立てた女性。男性の場合はブラザーと呼ばれている。

 主に神の仕える者として、奉仕活動を行い社会に貢献する人々。


 ガイヤの世界では、創世神を崇める創世教と女神を崇める女神教が二大宗派として、数多くの信者を抱えている。


 基本は創世神を崇めるのは同じだが、大きく異なるのは女性に対する戒律の違いだった。


 創世教は男性主体で、女性はシスターとして誓いを立てた場合、結婚できない。これは神のために一生を尽くす意味合いから、結婚が許されないのである。


 対して女神教は女性主体であり、女神の教えにある『愛を育むべし』の言葉から、創世神を崇めながらも結婚は許されていた。


 結果……創世教は野郎ばかり、女神教は多くの女性が在籍する宗教となり、ガイヤの世界では二大宗派として各国で信者獲得にしのぎを削っていた。


 シスターになるには、それぞれの宗派で三〜四年の志願期と呼ばれる試しの期間を教会で過ごすことになる。

 志願期を過ぎた際、本人が望む事で、晴れて神に仕えるシスターとして名乗りを許され、志願期中は見習いシスターとして奉仕することになる。


 なお、女神教はシスターの結婚を許しているが、実際の結婚率は低い……神に奉仕しながら家庭を築く難しさを知るのは、大抵シスターになってからと言われている。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「誰が彼氏いない歴=年齢だと言ったぁぁぁぁぁぁ!」



 注)誰も言ってません。


 シスターズの三人が手に包丁を持ち、一触即発な状況にヒロは巻き込まれた!



「クックックッ、図星を突かれて、怒り心頭……」


「本当の事だから仕方ないわ。真実は曲げられないのよ」


「いい根性ね! 最後に言い残す言葉はそれだけ? 他にあるなら聞いといてあげるわ!」



 ジリジリと包丁を手に、自分の間合いを測り距離を詰める三人……このままでは殺し合いが始まると予感したヒロは、慌てて止めに入る!



「ちょっと待ってください。こんな事で争ってどうするんですか!」


「こんな事……? 結婚がどんだけ重要か、分かっているの⁈」


「うわ〜、出た! 男の希薄な結婚願望」


「クックックッ、男なんて、下半身だけで生きているからね」



 三人から辛辣な言葉が返され、なぜかヒロは責められていた!



「とにかくケンカするにしても、包丁から手を離しましょう。そんな人を斬りつけた包丁で料理なんて作ったら、子供たちがトラウマになりますよ。とりあえず落ち着いて包丁から手を離してください」



 ヒロの言葉に渋々従う三人……最悪の事態だけは避けられてヒロは安堵するが、依然ギクシャクした空気が場を漂い続けていた。


 黙々と調理を再開する三人。重苦しい空気に、調理部屋を出るタイミングがないヒロ……このまま黙って立ち去るにしても後味が悪い。仕方なく三人の行き遅れシスターズに料理の手伝いを申し出ることにした。



「肉を切って焼くだけなら、僕もお手伝いします。いいですか?」


 すると、ヒロの調理台の上に『ガツッ!』と、包丁が突き刺さると、三人は黙って黙々と料理の仕上げに取り掛かっていた。


 静寂が支配する調理場と言う戦場に叩き込まれたヒロは、熊肉を無言で切り分け始める。


 とりあえず適当な大きさにブロック肉を切り分け、一人分に切り分けていく。その際、筋に切れ目を入れて食べ易くする。こうすることで肉を焼いたとき縮みにくくなるのだ。


 黙々と作業をこなし肉のカットを終えたヒロは、予め鍋に火を掛けて沸騰させておいたお湯の中へ肉をくぐらせる。

 肉の表面が白くなるくらいで鍋から上げると、すぐに水に浸けて冷ましていた。



「それは何しているのですか? 肉を焼くのに態々わざわざお湯に入れて煮るのに何の意味が?」



 シスターズがヒロの調理方法に興味を持ち、料理をする手を止めてヒロを見る。



「焼く前の下ごしらえに、こうして表面が白くなるくらいまで肉をお湯にくぐらすと、余分な脂や臭み落ちて食べ易くなります。あとすぐに冷すことで肉が引き締まり、焼いたときに流れ出る肉汁が中に閉じ込められて、ふっくらジュ〜シィ〜で美味しくなるんです」



『へ〜』と感心するシスターズ。



「肉の水気を取りたいのですが、綺麗な布はありますか?」


「クックックッ、洗ったので良ければあるよ」


 赤髪のオカッパシスターから洗った清潔な布を受け取ったヒロは、手早く肉の表面の水気を布で拭い去る。


 全ての肉に同じ下ごしらえを終えると、今度は肉の片面に格子状の切り込みを入れ、叩いて肉の厚みを均一にしていく。


 フライパンに火を通し、肉を焼く直前に塩を片面に振るヒロを見て、黄色髪のショートヘアのシスターが質問する。



「まとめて両面に塩を肉に振った方が楽じゃない?」


「塩を振ると肉の水分が染み出してしまい、旨味が逃げてパサパサになってしまいますから、塩は焼く直前に焼く面にだけ降るのがコツです」



 ヒロは強火で塩を振った面を焼き上げていく。片面に美味しそうな焼き色がついた段階で焼けていない面に塩を振り、ひっくり返すと強火で焼き続ける。


 普段シスターズが肉を焼いたときは、肉汁がフライパンに溢れて出てしまいパサついた肉が焼き上がる。だがヒロの焼く肉は肉汁があまり染み出しておらず、ふっくらとしていた。

  


「フライパンにフタをする物はありますか?」


「ええ、この木のフタで良ければ」



 青く長い髪のシスターからフタを受け取ると、火からフライパンを下ろし、フタをして放置する。



「それは?」


「このまま火で焼くと肉が焦げてしまうので、余熱で中に火を通しているんです。目安は一分くらいですね」



 ちょうど一分経った所でフタを取り、フライパンからお皿へ肉を乗せると、そこにはふっくらとした肉が焼き上がっていた。

 


「試食してみましょうか」


 ヒロはそう言うと、一枚を試食用に切り分けてシスターズに食べてもらう。



「まあ! 肉汁が口の中いっぱいに溢れ出してきます」


「凄い! 柔らかくて食べ易い」


「クックックッ、確かに美味い、私たちが焼くのとは別物……」


「ひと手間入れると、屑肉でも美味しく柔らかくなりますよ」



 意外に料理ができるヒロ……それもそのはず、ゲームに全てを捧げた男は当然のように食費にお金は掛けられない……星の数ほど、発売されるゲームソフトを購入するのに日々の食事は自炊が基本!


 安い食材をいかに美味しく食べるかを日々研鑽し、外食はほぼした記憶がない。学生時代もお金が掛かるからと、友達や彼女と付き合いもせず、ボッチ生活を送るほどの筋金入りのガチゲーマーだった。


 おかげで料理スキルだけはメキメキ上がり、かなりのレベルに達していたが、ヒロ本人は自分の料理の腕に気付いていない。もはやプロレベルにまで達していることに。



「クックックッ、料理ができる男か……」


「リーシア、一体どこでこんな男を捕まえたの……チッ!」


「う、羨ましくなんてないわよ」



 ヒロは料理上手のおかげで、シスターズの中の株価を上げることに成功した!



 美味しい料理で怒りを忘れるシスターズ……ヒロの両親もよく喧嘩をした時には、食べ物でお互い機嫌を取っていたのを覚えていた。上手く共通の話題を作り、美味しい料理で怒りを忘れさせることができたみたいだ。



「さあ、ドンドン焼きますよ。四十人分ですからね」


「クックックッ、もうすぐスープもできあがるよ」


「パンを切り分けておくわね」


「肉を焼くのを手伝います」



 さっきよりも和やかな雰囲気で料理をする四人、すると肉の焼ける匂いに連れられて、呼んでもいないのに子供たちが食堂に集まって来た。


 気がつけば、孤児院の子が全員席に着いて、いまかいまかと食事の時を待ちわびていた。もう匂いで待ちきれない子供たちが騒ぎ始め、仕方なく手の空いたシスターが肉が焼けたそばから、小さい子を優先してお皿の上に置いていく。



 当然、まだ肉が食べられない子が騒ぎ始めてしまう。

 


 シスターと二人掛かりで焼いても、一度に焼ける枚数は六枚……最低でも六回以上、フライパンで焼かなくてはならず、調理場はさながら戦場のような忙しさになる。


 だが、ひたすら肉を焼き続けるヒロは、自分の作った料理を美味しいと食べてくれる子供たちを見て、不思議と忙しさがにならず楽しいと感じるのだった。




〈勇者の手によって、オーガベアーは美味しく食された〉

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