第42話 勇者の序曲

 殲滅の刃……アルムの町を拠点とするEランクパーティー。その実力は、若手の中でもメキメキと頭角を表している。


 構成メンバーは三名。長兄マッシュポテト、次男ジャーマンポテト、末っ子フライドポテト、ポテト三兄弟のパーティー名はアルムの町で広がりつつある。


 いずれも弓を得意とし、弓の連携には目を見張るものがあり、三兄弟の連携から放たれる必殺のアローストリームアタックに、数多くの魔物が駆逐されてきた。


現在、パーティーメンバー募集中 (求 近接職)

 



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「「「俺達ポテト三兄弟に文句があるなら言ってみろ!」」」


「何で殲滅の刃なのに、全員弓職なんですか?」



 名乗りを挙げるポテト三兄弟に、思いっきり突っ込みを入れるヒロ……長男のマッシュポテトのドヤ顔が苦い顔に変わる。



「う、うるせえ! たまたま三人とも弓職だってだけだ! 別にクエストを受けるのに、名前なんて関係ねえだろ!」


「なら殲滅の弓でも良かったんじゃ?」 


「弓じゃ迫力が出ないんだよ! 迫力が!」


「まあ、パーティー名は良いとして……パーティーメンバー全員が弓職ってバランス悪くないですか? 近接職を仲間にしないんですか?」


『文句があるなら言ってみろ』と言われたので、ヒロはグイグイ斬り込む!


「馬鹿野郎! 弓で接近戦ができないと誰が決めやがった! コレを見やがれ!」



 そう言うと、マッシュポテトは肩に掛けていた弓をヒロに見せるため、長さ1mほどの太い弓を手に取った。

 飾りがない実用一点張りの弓は、威力を重視した作りで、弦の張力に負けぬよう、太めの弓に仕上がっている。特徴的なのは、弓本体と弦を結ぶ部分に、刃が付けられている点だった。



「たとえ俺たちの弓をかい潜って接近しても、近接戦闘もできるんだよ!」



 マッシュポテトは、弓の持ち手を変えて、刃をヒロに向けて前に突き出してきた。

 どうやら接近戦に持ち込まれても、瞬時に近接戦闘に移れるようだ。ヒロは元の世界にも、似たような武器で弭槍はずやりと呼ばれる弓があり、槍としては使われる事がほとんどなかった武器だと、ゲームの中で得た知識を思い出していた。



「槍にもなるのは分かりましたが……つまりそれで接近戦もこなせるので殲滅の刃に?」


「いや……これは近付かれた時の最終手段であって、今まで一度も使ったことはねえ!」



 正直に答えるマッシュポテトに、根はいい人なのかも知れないとヒロは思う。


 しかしポテト三兄弟……このガイヤの世界では普通の名前なのだろうが、異世界から来たヒロにはジャガイモ料理の名前以外の何物でもなかった……ある意味で、痛ネームのポテト三兄弟に親近感が湧いてきたヒロは、暖かい目で三兄弟を見る。



「な、なんだその生暖かい目は? 馬鹿にしてんのか!」


「マッシュ兄、へへ、もうやっちまおうぜ!」



 次男ジャーマンポテトも肩に掛けた弓を手に持ち、なぜか弓に取り付けられた刃を舐めながら喋り出した……ヒロは、アニメや漫画の雑魚キャラがナイフを舐めているシーンを思い出していた。

 リアルでやる人を見た事がなかったヒロは、グイグイ質問する。



「あの……その舐める行為は、なにか意味があるのですか?」


「はあ? 分からねえのか?」


「はい……なんで舐めるのかさっぱり分かりません。後学のため、教えていただけるとありがたいです」


「ちっ、仕方ねえなあ〜、教えてやるよ。こうして舐めるとよ……相手がビビるんだよ!」



 違う意味で怖いと思える行為に、なんかアホを通り越して可愛く見えてきた!



「な、なんだその微笑ましい顔は! 舐めるんじゃねえぞ!」


「待ってよ兄さん達、ふ〜、まったく困った奴だな、優しくして上げていれば、に乗ってくれるね。僕の愛弓でお仕置きしてあげるよ、チュ♪」



 末っ子フライドポテトは、自分の弓にキスしていた……金メダルリストが勝利を祝ってキスするシーンは見たことあるが、武器にキスするのも同じような理由なのか……ヒロはグイグイ聞いてみた!



「その……なんで弓にキスするんですか?」


「なんでかって? 愚問だね、それは僕が弓を愛しているからさ! ジェニファァァァァァ! ブチュゥゥ」



 ディープなキスを始めた男を見て、ヒロと周りの野次馬も引いてしまう。むしろドン引きだ!



「ふ……そんな目で見ても、僕のジェニファーは渡さないよ!」


「フライド、大丈夫だ! 誰もお前たちの仲を引き裂けやしない」


「まったくだ、お熱いこって」


「ありがとう兄さん!」


「さあ、茶番は終わりだ! 少し痛い目に合わせてやるこら覚悟しろ!」



 そう言い放つと、三人が素早く弓矢を背中の矢筒から取り出して、ヒロに向かって構える。


 脅かすつもりで弓を引き絞る三人の動きは速かった。E級パーティーの名は伊達ではなく、本当に実力があったみたいだ。ヒロの射線の後ろにいた野次馬が一斉に逃げ出すと同時に、三人は弓矢をヒロに向かって放つ!


 だがヒロは、すでに集中することで頭の中にあるスイッチを切り替え、スローモーションの世界に没入していた。

 ヒロは長大化した時間の中で、放たれた矢の軌道を予想する。矢はヒロの体を狙っておらず、脅しのために体を避けて射られていた。


 ヒロは矢の軌道を確認すると、スローモーションの状態で体を無理やり動かす……ゆっくりとだが、ヒロの体も動き始めた。少しずつ迫る矢のタイミングを計り、右手一本で三の矢を掴み取った瞬間にスイッチを切る。



「「「何……だと……⁈」」」



 ヒロの右手には、放たれた三本の矢が収まっていた。

 ポテト三兄弟が信じられないものを見たかのように、驚愕で言葉を失っていた。


 三兄弟は、ヒロに本気で矢を当てる気はなかった……だが、脅かす意味で狙いを外した以外は、本気で矢を射っていたのだ。


 仮にもE級ランクに身を置く者の攻撃が、生半可なものでないことは誰もが知っている。それを目の前のヒロは、片手で至近距離から射られた矢を三本同時に掴み取ったのである。三兄弟の額から、冷や汗がこぼれ落ちた。



「テメー、何者だ!」



 ジャーマンポテトが刃を舐めながら聞いてくる!



「何者でもありません。順番を守ってくださいと、言っているだけです」



 だが、ヒロの返答を待たず、マッシュポテトが素早く次の矢を矢筒から引き抜き、今度は本気で急所以外に当てようと動くが……。



「Bダッシュ」



 そうつぶやいたヒロは、Bダッシュで目の前にいたマッシュポテトの懐に瞬時に入り込み、弓を持った右腕と胸ぐらを掴むと、腰を落とし体を半回転させて足を跳ね上げた。オジキをするみたいに上半身を倒すと、バランスを崩したマッシュポテトは投げ飛ばされていた!


 ヒロは数メートル離れた壁に激突して気絶したマッシュポテトを見て、『えっ?』とした顔をして目を丸くしていた。


 軽く体育の授業で習った一本背負いで足元に落とすつもりが、レベルアップと女神の祝福によるステータスUP効果で、とんでもない力を発揮してしまった。


 ヒロも大の大人を投げ飛ばすほど、ステータスが上がっているとは思ってもいなかったのだ。ヒロが唖然として動きが止まった瞬間、ジャーマンポテトとフライドポテトが同時に動いた。


 ヒロの真後ろに立つフライドポテトは、弓を二本持ち、高等技術二連射で急所を外してヒロを後ろから射る。ヒロの真正面に立つジャーマンポテトポテトは、舐め回した弓の刃を、薙刀のように左から右へ横一文字に振るう。


 二人の前後からのコンビネーション攻撃がヒロに襲い掛かる。


 瞬時に頭のスイッチをオンに切り替え、再びスローモーションの世界に突入したヒロは冷静に最短最速の対処法を考え実行する。


 背中から迫る二本の矢を、何となく気配で場所を感じられるヒロは、腰のショートソードの柄に手を置きながら、真上にジャンプして回避する。


 空中で体を縦に半回転させ、天井へ逆さまにかがむヒロ! さながら漫画やアニメに出てくる忍者のように天井に足をつけていた。


 二連射の弓と槍の横一文字を上空で回避すると、ヒロがショートソードを鞘の中で走らせる。加速した剣が半円を描きながら宙に軌跡を残すと、絶妙なタイミングで真下を通る二連射された矢を叩き切っていた。


 ヒロが空中に回避する事を予測していたジャーマンポテトは、横一文字の斬撃から勢いを殺さずに、そのまま背中に回して縦の動きの斬撃へと移行する。上から下への打ち出された斬撃が空中で身動きが取れず落下するだけのヒロを襲う。


 だが、ヒロに攻撃は当たらなかった……空中で急にジャーマンポテトに向かって落ちていたヒロの落下スピードが、いきなり加速したのだ。


 謎の加速と落下による運動エネルギーを乗せたヒロの拳が、ジャーマンポテトの顔に叩き込まれる。

 攻撃のタイミングをずらされ、一撃で意識を刈り取られ気絶するジャーマンポテト! 


 ヒロは二段ジャンプの可能性を考察し、空中で発動する際、上に飛び上がるだけでなく、360度好きな方向へ軌道を変え、加速してジャンプ出来ることを南の森で検証していたのだ。


 残るは一人、ヒロは一気に畳み掛ける。



「Bダッシュ!」



 着地と同時に、呆然としているフライドポテトの顔に向かって、加速からの右ストレートが吸い込まれようにほほへと綺麗に決まり、殴り飛ばされたフライドは壁に激突して動かなくなる。



「順番は守りましょう」



 あまりにも鮮やかなで一瞬の戦いに、周りにいた者は声を出すことを忘れ唖然としていた。

 まさかEランクパーティーが、たった一人にぶちのめされるなんて、誰も予想できなかったからである。


 誰もが脅され引き下がると思っていた……だが、鮮やかに圧倒時な実力を持って、ヒロは三人にお灸を据えてしまった。



「う、うぉぉぉぉぉ! なんだよあれ!」


「スッゲェェェェェェ! 矢を片手で受け止めたぞ! 三本同時だぞ! 三本同時!」


「空中でなんで加速したんだ? 魔法か?」


「つえぇぇぇぇ! なんだ今の動き? 背中に目でもついてるのか?」


「あいつらもいい気味だ! ランクが上がってから天狗になって、態度がデカくなっていたからな、ざまあああああ」


「そうそう! いつも横入りしやがって、ムカついてたんだよ! ざまああああ!」


「殲滅の刃が殲滅されてやんの、ざまあああああ!」


「君、もしパーティーを組んでいないのなら、ウチのパーティーに来ないか?」


「うちに来てくれたら、報酬の分配は考えるぜ! どうだ?」



 興奮する冒険者たちの熱気と興奮で、カウンターの前は、ちょっとした騒ぎになってしまった。


 どうやらポテト三兄弟は、他の人にも何かしていたらしく、評判があまり良くなかったみたいだ。

 ヒロを褒め称える声や驚きの声、パーティー勧誘の誘いがそこかしこから聴こえてくる。


 あまりにも鮮烈な戦いに、その場に居合わせた人は皆がヒロに魅せられてしまい、熱狂がギルド内を駆け巡るとヒロを中心とした人垣が出来上がっていた。


 さすがに騒ぎが大きくなり過ぎ、『マズイかも』とヒロが思った時、熱狂に沸くギルド内にナイスガイな男の声が上がった。



「ちょっと何があったの? 騒がないのよ。誰か説明して頂戴!」



 その声が響くと熱狂がピタッと止まり、いきなり静寂がギルド内を支配した。


 やはりと言うか、騒ぎを聞きつけてギルド職員が来るだろと予想していたが、そこに現れたのは……。




〈黒いボンテージ衣装に身を包んだ……ギルドマスターが現れた!〉

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