第37話 勇者と嘘つきな少女
「あんなリーシアお姉ちゃんを見るの初めてだよ」
夕飯のランナーバードを美味しく頂き、お腹を膨らませたヒロは、リーシアと仲の良い弟分であるリゲルにそう話し掛けられた。
ヒロはリゲルに案内され、孤児院にある男の子たちが集まって寝る部屋へとやって来ていた。
子供たちは、就寝までの時間を思い思いに過ごしている。
部屋の中に置かれたベッドは二段ベッドが六台置かれ、小さな子は大きな子と二人で一つのベッドを使っていてとても窮屈そうだった。
ヒロはお客様と言うこともあり、ベッドを一つ丸々貸すと言われたが、この現状を見て一人で使うには気が引けてしまった……結果、体の小さなリゲルと同じベッドで寝ることになった。
それは就寝までの間、リゲルにヒロがいろいろと質問攻めにされていた時の話だった。
「あんな?」
「うん、リーシアお姉ちゃんが、あんなに声を上げて怒るなんて初めて見たよ!」
ヒロは先程の食堂での一端を思い出していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それは孤児院の皆が食堂に集まり、ランナーバードの料理に舌鼓を打っていた時だった。
テーブルの上に置かれた大皿から、一人2枚までのルールで各々が自分のペースで焼き鳥を食べていた……ヒロは死闘を繰り広げたランナーバードの美味しさに感謝をしながら、その味を堪能していた。
引き締まった肉は歯応えがあり、脂が乗った脂肪分が深いコクを出していた。絶妙な塩加減が深いコクをさらに際立たせ、絶妙な焼き加減が肉汁を無駄なく肉の中に封じ込めている。これは料理人の美味しく料理してあげたいと言う愛がなせる賜物か⁈
噛むほどに口の中に広がる野生味溢れる味わいが、口の中を駆け抜けた時、大草原を走るランナーバードの情景がヒロの心の中に浮かび上がり、果てない草原を共に爆走していた!
ようするに……『美味いぞぉぉぉぉぉ!』
そんな風に、某料理アクションゲーム『氷のクッキングファイター零』みたいな料理解説をするヒロに、一緒に食事する子供たちは引いていた。
「ヒロ、子供たちがドン引きしていますので、静かに食事してください!」
「すみません……」
リーシアに
『氷のクッキングファイター零』は、今でこそ有名になった某有名ゲームメーカーが、ブレイクする前に発売した料理ゲームである!
ジャンルは世界初となる料理アクションゲームとして発売されたのだが、名前からは想像も出来ないほど熱い展開のパロディーが一部のファンを惹きつけて止まない。
ゲームシステム的には、動きの少ないと言うか、ほとんど動かないシナリオパートを進行し、各章の最後に鎮座するボスキャラと料理で対決するのだが、コレが話題と言うか……大問題だった!
この料理作成のアクションパートで対戦相手と戦うのがゲームのメインなのだが、調理の仕上げ作業中に相手を妨害し、タイムオーバーを狙って不戦勝を勝ち取ったり……調理が終了した対戦相手を物理的に倒せば、相手の料理を奪える奇想天外のシステムにプレイヤー達は度肝を抜かれた。
奪った料理を、自分の料理として審査員に食べさせるも事もできてしまい、対戦相手は自らが作った料理を食べ、感想を述べた上で主人公に負けを認めるという、カオスな展開も用意されていた。
料理を作るより、相手の料理を奪う方が効率の良い、料理ゲームにあるまじき禁断のシステムに組み込んできたのである。
『料理は力だ』と言う敵キャラに対して、主人公は『料理は愛だ』と語るが、勝利した料理は対戦相手から奪った料理……全てのプレイヤーは『お前が言うな!』とツッコミを入れたくなる、良い意味での馬鹿ゲーであった。
思い出したら思わずプレイしたくなってしまうのがゲーマーの
「とぉ! とぉ! はっ! セイッ! はっ! とぉ! セイッ! セイッ! 今だ! 行くぜ! 喰らいやがれ! 蒸し攻撃だああぁぁぁぁ!」
「笑止! 人は生きるために食べるのではない! 食べるために生きるのだ!」
セリフ一字一句まで暗記するほどやり込んだゲームに没頭し、ついアクションパートのキャラの掛け声や、熱いセリフをヒロは一緒に叫んでしまっていた!
そんなテンションがダダ上がりのヒロの後頭部に、突如『スパーン』と衝撃が走った。
「ヒロ! いい加減にしてください! 子供たちが怯えています! 意味不明なことを叫ばずに静かに食べてください! いいですね⁈」
いつの間にかヒロの後ろにリーシアが立ち、頭を軽く叩かれていた。だがヒロは意味不明と言われた事に反論した。
「いえ、今のはですね、主人公の熱いセリフを『
顔は笑っているが、怒りのオーラが迸るリーシアのプレッシャーに負けたヒロは、最後まで無言で食事するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
食堂での出来事を思い出す二人……。
「たしかに怒る時は怒るけど、手を挙げて怒られた事なんてないよ。それといつもと雰囲気が違って、なんか……」
「なんか?」
「なんか楽しそうだった!」
「え……あれで? 怒ってましたよね? 叩かれましたよね? 笑顔で怒りオーラが出てましたよね?」
「でも、あの後のリーシアお姉ちゃん、文句を言いながらも楽しそうだったよ」
そうリゲルに言われ、リーシアの新たなる一面、S属性疑惑にヒロは直面した! ただでさえ攻撃力の高い少女が、他人に害を与えることに喜びを感じる性癖を持っていようとは……ヒロは心の中で恐怖していた。
「ヒロ兄ちゃん、リーシアお姉ちゃんは嘘がヘタなんだよ……隠しているつもりみたいだけどさ」
「隠しているつもり?」
「うん。いつも内緒でいろんなことをしているけど、バレバレなんだ」
「あー、それ俺も思う! バレバレだよな!」
リゲルとの話に、他の子供たちが参加して来た。
「この前なんて、ポマトをつまみ食いしてバレてた!」
「掃除で僕が花瓶を割った時は、リーシア姉が身代わりになってくれたけど、バレて結局二人で怒られた!」
「風邪を引いて寝込んでいた時に、キイチが食べたいって言ったら、キイチを食べさせてくれたよ。親切な人がたまたま寄付してくれたって……バレバレ!」
「僕は誕生日にお腹一杯お肉が食べてみたいって言ったら、イノーシが偶然、道端で死んでいて女神様に感謝しましょうって……バレバレでしょ!」
子供たちが次々とリーシアとのバレバレエピソードを持ち寄り、楽しそうに話しだす。その日、夜遅くまで子供たちとバレバレネタに興じるヒロは、リーシアの根底にある優しさ感じるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オーガベアーとの戦いから一人離脱するヒロ。
『足手まといが居て邪魔なんです! ヒロがいて何の役に立つのですか? 私一人でなら役立たずを守って戦わなくて良い分、まだ勝機があります! だから……役立たずはサッサと逃げてください!』
走りながらヒロは、リーシアの言葉を思い出していた。
昨晩、子供たちが話してくれたリーシアのバレバレネタを……下手クソな嘘で隠そうとする彼女の優しさを……自分だけでも逃そうと必死に嘘をつくリーシアの顔が、何度もヒロの脳裏に浮かんでは消えていく。
次第にヒロの走りは歩きへと変わり、そしていつの間にか立ち止まってしまった。
そしてヒロは何も力になれない不甲斐ない自分に、逃げ出してしまった情けない今の自分に問いかける。
『お前は本当にそれで良いのかと?』と……心の中で何かが『否』と叫んでいた。
それはヒロを叱咤する……二人で助かる道を見つけ出せと!
それはヒロに促す……助かる道は必ずあるはずだと!
それは声を上げて叫ぶ……諦める暇があるなら考えろと!
心の中に響く声に導かれ、ヒロは深い深い思考の海へとダイブする……ただ少女を助けるためだけに、彼は命を懸ける覚悟を決めた!
集中しろ!
リーシアと二人で生き残る方法を考えろ。
集中しろ!
あの熊に有効な攻撃手段が本当にないのかを考えろ。
集中しろ!
持ち得る技能、アイテム、状況、環境、ありとあらゆる物を組み合わせて考えろ。
集中しろ!
僕に出来るのはコレだけなのだから! 可能性を信じろ! 無駄だと思うことを無駄にするな! 全てを掛けて考え尽くせ! 答えはきっとあるのだから!
そして深く長い思考の果てで、ついに彼は答えにたどり着くと、
その目に恐れはすでにない……ただ少女を助けたいという純粋な気持ちが、彼を突き動かす!
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